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執筆者:池田 琢磨(いけだ たくま)
出張のひそかな楽しみ 最近はとんと機会が減ってしまいましたが、私は、仕事柄海外出張をすることが多く、空港まで車で送迎してくれるサービスをよく利用していました。空港までの小一時間、運転手さんの身の上話を聞くというのが私の密かな楽しみでした。というのは、彼らは多くの場合、米国に移民してきた第一世代や出稼ぎで、仕事上のつきあいのある人々や近所の恵まれた米国人から聞くのとは、また違った話が聞けたからです。忙しい都会生活で、自分とは境遇も違うであろう見ず知らずの人の話を、差しで小一時間も聞けるというのは、他にはなかなかない興味深い体験です。 米国は移民の国とよく言われます。世界経済の中心地である米国には私のような本国から派遣されてきた駐在員も住んでいますが、この場合はビザや職場など生活基盤は会社がお膳立てしてくれます。しかし、たとえば2000年から6年間で765万人と推計されている移民の場合は、皆が皆そういうわけではないでしょう。 移民してきた運転手さんたちから見て、アメリカとはどういう国なのか、彼らはなぜ母国を捨てて出てきたのか、アメリカは彼らの夢を叶えてくれたのか。米国社会の中で決して恵まれているとはいえない彼らが、いかに這い上がっていくのか。今回は、彼ら運転手さんから聞いた身の上話をいくつか紹介してみましょう。 少ない所得、不安定な生活
さて、彼らが1日8時間、月に20日間働くとすると、年収は3万1,500ドル程度、米国では共稼ぎも一般的ですから全米平均所帯年収4万6,326ドルと比較しても、豊かではないにせよまずまずではないでしょうか。もっとも彼らの生活が安定しているわけでもなさそうです。たとえば、多くのタクシーの場合、ガソリン代は会社ではなく運転手さんが払わなければなりません。運賃を変えることはできませんから、ガソリンが高騰すると彼らの実入りが減ることになると、マンハッタンで利用したタクシー運転手が憤慨しながら教えてくれました。また、タクシーやリムジン会社が従業員や契約社員である彼らに医療保険を買うこともないようです。国民皆保険の日本とは異なり、米国では医療保険を買えない所得の少ない人は、おちおち風邪も引けないといわれます。 「でも米国には働く機会がある」 さて、このように必ずしも恵まれているとばかりはいえない移民してきた運転手さんたちですが、その身の上話には共通したパターンがあるように思えます。 韓国から移民してきたという運転手さんは、韓国がまだ軍事政権下にあったときに移民してきたといいます。「自分は、米国に移民していた親類を頼って来た。母国では大学を卒業し建築士の資格も持っていたので、資格を生かした就職をしたかったが、言葉の壁が厚くリムジンの運転手になった。所得のほとんどは子供の教育に当ててきた。一人娘は、学業優秀な上にスポーツでも全米指折りの成績を収め、世界的に有名な大学を卒業、今は大学院に進学して医者になるべく学問に励んでいる。特待生の資格も得られたので、学費が浮いて生活が楽になった。娘が晴れて医者になるのが楽しみ」と語ってくれました。 「自分は犠牲になってもいい、子供に教育を施す」 私の印象では、アジア系の運転手さんから、「自分は苦労して働いてきたが、そのお金を子供教育につぎ込んできた」という話を聞く機会が多いように思います。よくよく話を聞いていると、彼ら自身も母国ではエンジニアや大学の教授をやっていたなどという話も聞きます。 マレーシアから移民してきた中国系の運転手さんも、「子供の教育に投資すべきだ。移民一代目の自分では無理だが、この国で高等教育を受ければ成功も望める。幸い、自分の娘は期待によく応え、一流大学で学んでいる。一族の成功を考えれば、自分が犠牲になるのもいとわない」といいます。彼になぜ国を出たのかと聞きますと、「母国ではマレー人優遇政策のために、中国系である自分はたとえ才能があってもいい職はまわってこないし成功もおぼつかない。だから国を出たんだ。米国には母国のような人種による機会の差別がない。確かに米国は完璧じゃあないし、貧困も多い。でも、それは努力していない奴らの言いぐさだろ。この国では、少なくとも機会は公平だ。米国には能力次第で有利な職に就ける機会があり、豊かな生活も望める。国に帰るのは親戚に会いに行くときだけで、自分の生活の場を戻すなんて考えられないね」といいます。 たまたま私が出会った運転手さんたちのお子さんたちが進んだ大学というのは、どれも世界的な大学ばかり。まあ、それだからこそ自慢したい気持ちもあって喜んで話してくれるのかもしれません。それでも誤解を恐れずに書きますと、移民してきた運転手さんのお子さんたちが、超名門校に進学していくことに、私は驚いたのです。それは彼らがいかに教育を重視しているか、米国では学力次第で高等教育を受け、有利な職に就く機会があると考えられていること、さらに残念ながら彼らの母国では必ずしも十分な機会があるとは考えられていないことを表しているようであります。 フィリピンからの移民だという運転手さんも同じように、「母国ではあまりに所得格差が大きい上に、金持ちは国内に金を落とさず、貧乏人はいつまでも貧しいままだ。米国には働く機会がある。努力次第では豊かな生活も望める」といいます。そして私にも、「おまえにも子供がいるのなら、是非グリーンカード(永住権)を取得して、子供を米国で育てるべきだ」と熱心に勧めてくれました。 「成功なんて簡単さ、住宅に投資をすればいいんだ」 ロシアのシベリアから15年前に移住してきたという運転手さんも、今の生活は苦しいながらも、将来への希望を話してくれました。彼がロシアを出国したときには、出国を許可する代わりに、財産のごくわずかしか持ち出しを認められなかったそうです。「おかしな話さ、国を出て行きたければ、金を払えってわけさ」。彼は米国に来て、幸せだといいます。
彼に将来の計画を聞いてみると、「今、妻が理学療法士の資格を取るために大学に通っているんだが、資格が取れたらフロリダで引退したお年寄り向けのビジネスを始めるつもりだ」といいます。この話を聞いたのは3年ほど前なのですが、エコノミストとして「住宅価格が必ず値上がりするような時期は、終わりが近いかもしれないよ」と彼に自分の意見を述べたものの、くよくよしている私なんぞよりもよほど明るい展望と行動力を持っているようで脱帽でした。 「母国に帰りたいかって?とんでもない」 彼らの口からは、米国での生活の苦しさ、医療保険もない不安定さ、文句も聞かされるのですが、では母国に帰りたいと思うことはあるかと聞くと、異口同音に「とんでもない」と答えが返ってきます。「この国には少なくとも機会が公平にあり、努力や能力次第で豊かになれる」というのが、彼らの共通した答えです。そして成功する移民とそうでない移民がいるといい、その違いは、自分の技能や子供の教育に投資しているかどうかだと言います。 私が出会った運転手さんたちの中で、ただ一人、国に帰りたいと言っていた人がいましたので、最後にその話を紹介しましょう。彼は、エクアドルからの移民二世です。彼は、移民一世である彼の父とニューヨークで、レストランを経営していましたが、2001年の同時テロ以降客足が遠のき、店をたたんだそうです。「金のために自分は一人ニューヨークに残り、働いているが、騒々しいニューヨークを離れ、早くエクアドルに帰りたい」。彼は同時テロ以降、それなりに成功していたらしい彼らのレストランに何が起こったのか、言葉少なにしか語ってくれませんでした。 多様な米国を束ねる、夢への公平な機会 このコラムでも書いてきたように、米国は多種多様な人々からなる国です。人種だけではありません。貧富の差も日本人の私には驚くべき大きさで、近年は格差拡大に拍車がかかっています。
「いつかは俺もあそこに行ってやる」、そういう決意が雑然としたこの街角にも潜んでいる気がしたものです。すべての人が、機会の公平や夢を信じているかどうかは、また別の話ですが。 <執筆者>池田 琢磨(いけだ たくま)
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