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毎月7万円の一律支給は現実的? 「ベーシックインカム」入門

毎月7万円の一律支給は現実的? 「ベーシックインカム」入門のイメージ

コロナ禍で生活困窮者が増えたことを機に、一部の政治家や著名人が提唱する「ベーシックインカム」(以下、BI)が注目されるようになった。BIとは「政府がすべての人に、一定の現金を定期的に支給する」制度だ。

一見すると夢のような制度だが、実現には社会保障制度の廃止や増税も考えられる。ところが、BIの研究で知られる経済学者の井上智洋(いのうえ ともひろ)さんは、「BIはただお金を配る制度ではありません。社会全体が豊かになり、すべての人が生きやすくなるための制度です」と話す。今回は、井上さんにBIの概要や財源案、個人への影響を伺った。

BIが注目を集めている背景

実は私たちは既に、一時的なBIと位置付けできるものを経験している。コロナ禍の緊急経済対策として国民全員に一律10万円が支給された、2020年の特別定額給付金だ。当初は貧困世帯だけに30万円の給付金案で進められていたが、世論を優先した結果、より簡素で迅速に給付できる一律10万円を国民全員に給付する形で着地した。

井上さんによると、BIに関する議論は2016年の人工知能(以下、AI)ブームから高まり始めていたが、パンデミックがそれに拍車をかけたという。

「2020年の特別定額給付金は一時的なものとはいえ、BIのシンプルな良さが実感できるきっかけとなったのではないでしょうか。私は多くの人がBIの必要性を実感するようになるのは2030年頃と予想していましたが、パンデミックが議論を10年早めたと感じています

これまでは、AIの登場により多くの人が仕事を失う可能性が取り沙汰され、雇用が不安定な社会こそBIが必要だと論じられてきました。しかし、AIが人間の仕事を奪うより先に、コロナ禍で社会全体の雇用が不安定になり、てっとり早く国民全員に配ったほうが良いという考えが広く受け入れられました」

BIのメリット・デメリット

BIの最大のメリットは、「あらゆる人をもれなく救済できるシンプルな仕組み」だと井上さんは話す。

「既存の社会保障制度は、基本的に申請主義です。制度に関する資料を読み解いたり、窓口に問い合わせたりすることにも一定のハードルがあるため、申請すること自体が困難な人が多くいます。『困っている人だけにお金を配ればよい』という考え方もありますが、そもそも1億2,000万人以上いる国民の中から“本当に困っている人”を画一的に定義しようとすること自体に無理があるのです。

たとえばマイナンバーと銀行口座を紐付けて、申請なしですべての人に一律でお金を配るほうが取りこぼしもなく、自治体の行政コストも少なくて済みます。景気を活性化させる効果も見込めますし、0歳の子どもから配ることで少子化対策の一助になるでしょう」

一方、BI導入による主なデメリットは、「一律給付で労働意欲が失われ、労働者不足になる可能性」と「過剰消費が起こり、供給者が不足する可能性」の2点だ。どちらも物価上昇(以下、インフレ)につながる要因だが、これらは程度問題として捉えるべきだと井上さんは指摘する。

BIの副作用は総じてインフレという形で現れます。つまり、インフレを起こさない程度の給付額であれば、BIは持続可能です。また、インフレの可能性は、長らくデフレ不況に悩まされているいまの日本にとって、むしろデフレから脱却する突破口になるかもしれません。日銀は2013年からインフレ率2%の目標を掲げていますが、コロナ禍の影響もあり、いまだに到達できていません。BIで直接お金を配ることでしか、長引く不況から脱却する方法はないのではないでしょうか」

最低限の暮らしを支えるためのBIの現実的な案として、井上さんを含めて多くの論者は「毎月7万円」という金額を出すことが多い。たとえば毎月30万円の支給額だと仕事を続ける人は大きく減るかもしれないが、毎月7万円なら給付金に頼り仕事を辞めるという人は少ないだろう。また、働いて得た収入に応じて給付額が減る生活保護と比較すると、BIは働く意欲を消耗させにくい制度といえるのではないだろうか。

財源や社会保障制度の扱いはどうなる?

BIの導入には、財源や既存の社会保障制度をどうするのかといった議論がつきまとう。考えられる案は論者によってさまざまあり、井上さんは以下のように大別している。

財源案
固定BI 主に税金を財源とし、固定額を支給
変動BI 貨幣発行益を財源とし、景気の変動に伴い支給額も変動
既存の社会保障の取り扱い案
代替型 既存の社会保障制度をすべてBIに置き換える案
追加型 既存の社会保障制度を残しつつ、BIで追加給付する案
中間型 既存の社会保障制度をある部分は残し、他の部分はBIに置き換える案

井上さんがBI導入の初期段階として提唱するのは、税金ではなく国債発行を財源とする「固定BI」と、既存の社会保障制度に上乗せする「追加型」を組み合わせる方法だ。そして、固定BIの財源を徐々に税金に置き換えていく。ゆくゆくは「固定BI」と「変動BI」の二階建ての運用にし、既存の社会保障を整理して「中間型」を目指すべきだと言う。

「固定BIの目的は再分配で、変動BIの目的は景気対策と言えるでしょう。固定BIだけでは、中間層から高所得者にとって得はないかもしれませんが、変動BIと組み合わせることで経済全体が活性化することにつながります」

国債=国の借金と考え、国債を財源にすることを不安に思う人もいるかもしれない。しかし、経済学においては自国通貨建ての債券を返せなくなり、財政破綻することはないという意見もある。自国通貨がある国は、最終的に中央銀行が国債を買い上げることができるからだ。
そのため、国債を発行しすぎて財政破綻する心配はないというのが井上さんの意見だ。

「現在、景気対策の一環として日銀は国債だけではなく企業のETF(上場投資信託)を買っています。否定するわけではありませんが、日銀という公的機関が民間の金融市場に踏み込んでしまっているのは、ある意味で貨幣制度全体のゆがみと言えます。それなら、シンプルに国民全員にお金を配りましょうというのが私のいう変動BIです。日銀が直接国民にお金を配って景気とインフレ率をコントロールするのです。このように貨幣制度のゆがみまで含め、トータル的に制度を考えていくのが、私の提唱するBIの在り方です」

BIは、すべての人の幸せにつながる

とはいえ、「固定BIが導入されて増税になれば、結局は中間層以上にしわ寄せがくるのでは」という懸念を抱く人もいるだろう。しかし井上さんは、マクロ視点で考えるとそういった心配はないと話す。

「『みんながみんな得をする政策があるのか?』と疑問を持つ方もいると思いますが、経済学者として私がはっきり言いたいのは『ある』ということです。固定BIでも変動BIでも、トータルでは景気を活性化することにつながります

BIの導入によって、子育て世帯は安心して子を産み育てられるようになります。若者はリスクをとって冒険できるようになります。社会人は転職しやすくなるため、つらい仕事を無理に続ける必要もなくなります。給付による心の余裕が社会全体の閉塞感をなくし、すべての人の幸せにつながると考えています

一時的にBI導入をした実験調査では、離婚率が1.5%から0.9%へと減少したと言う。男性は残業時間を減らして家族との時間を増やし、女性は衣類やアクセサリーなど嗜好品の購入に充てるという傾向が見られたようだ。一定額の給付によって気持ちに余裕が生まれたことが、個々の幸せの形につながった例ではないだろうか。

BIの是非について、まだわからないと思う人もいるだろう。しかし、社会全体でお金の在り方や使い方を見直すことは、ひいては一人一人の幸せにつながるはずだ。この機会に日本の社会保障制度や社会のお金の流れを見つめ直してみてはどうだろうか。

【お話をお伺いした方】
井上 智洋(いのうえ ともひろ)
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