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2020.02.20 NEW

僕らはソレを「家族」と呼んでいた―実践する哲学者・小川仁志が語る、21世紀の家族

僕らはソレを「家族」と呼んでいた―実践する哲学者・小川仁志が語る、21世紀の家族のイメージ

拡張家族や、疑似家族――。さまざまな家族のあり方の必要性が叫ばれ、模索されるなか、けっして避けて通れないのが「そもそも家族とはなにか」という哲学的議論だ。

距離の壁を超えて家族をつなぐサービス「まごチャンネル」を提供する株式会社チカクCEO梶原健司が、多様化する日本の「家族」が幸せに暮らすためのヒントを探る連載企画「再考、家族のカタチ」

今回のゲストは教壇に立つ傍ら、地域で「哲学カフェ」を主宰し、テレビなどのメディアでも活躍する山口大学国際総合科学部教授の小川仁志氏。その実践的な教えからビジネスパーソンにも高い人気を誇る小川氏に、現代日本の抱える家族の課題について聞いた。

ヘーゲルの考える、「愛の共同体」としての「家族」

梶原:小川さんは山口大学で公共哲学を教える一方で、さまざまなメディアに出演し、哲学の巨人たちの考えを個人の悩みや社会問題を解決するための処方箋として紹介されています。たとえば夫婦関係の悩みにはプラトンの哲学、子どものいじめ問題にはニーチェの哲学、といったふうに。

今日、いろいろなお話をうかがう前にまず聞きたかったのですが、古今東西の哲学者のなかで、「家族」をテーマにした哲学で知られる人といえばだれなんでしょう?

小川 仁志、梶原 健司のイメージ

小川:古くはアリストテレスからカントまで、さまざまな哲学者が「家族」を論じています。近代の家族観を確立したのはヘーゲルで、ヘーゲルは家族を「愛の共同体」と呼びました

梶原:ヘーゲルって弁証法の?

小川:そう、そのヘーゲルです。ヘーゲルが生きていた時代、18世紀までの「家」といえば家長と世襲財産を中心とする世界で、愛はかならずしも優先されるものではなかった。しかし近代になって、家族に愛という概念が持ち込まれます。

ヘーゲルによると、夫婦の愛が「家族」という共同体の基礎になり、子どもが生まれることで「愛の共同体」が完成する。そして、やがて子どもが独立していくと、家族は解体する。ヘーゲルはそう言っています。

梶原:解体しちゃうんですか!

小川:「子育て」という共同体の使命が成就すれば、解体するんだと。梶原さんはお子さんはいらっしゃいますか?

梶原:男の子がふたりいます。

小川:自分はなんのために子どもを育てるのかとかって考えたりします?

梶原:どうやったら子どもが将来ひとりで生きていけるように育つのか、そういうことはやっぱり考えますね。

小川:ふつうはそうですよね。子どもに自立してほしいとか、幸せになってほしいとか。でも、ヘーゲルの考えは少し違う。家族の役割は、子どもが市民社会を支える一員となり、さらには国家を支える一員になるために育てること。そのような、自立し、自由な人格をもつ人間を育むことは、愛と信頼が得られる「家族」という共同体にしかなしえないと考えたんですね。

梶原:子どもを社会の成員にするために育てる――その視点はなかったですね。

梶原 健司のイメージ

小川:私もたまたま自分が子育てをはじめる頃にヘーゲルの家族論を知り、ハッとしました。子どもを社会の成員にするために、どういう教育をするか。そのベースになるのが「愛」。最近は教育と愛が切り離されてしまい、それゆえにさまざまな問題が起こっている気がするんです

梶原:どういうことでしょうか?

小川:子どものことを愛しているのに、すごく無理をさせてしまう。たとえば毎日夜遅くまで塾に通わせ、土日も遊べない生活を強いる、といったことですね。「子どもに成功してもらいたい」という気持ちがあったりして、親の愛ってどちらかといえば主観的になりがち。他方、ヘーゲルのいう愛はもっと客観的です。

梶原:あー、なるほど。僕もふだん、子どものために「ここは心を鬼にして厳しくしないといけない」と思うことはありますが、よくよく考えてみると、それは単に自分のエゴなんじゃないかという気もします……。

小川:これは自分の経験からもいえることで、じつは私は子どもの頃に両親が離婚して、母と祖父母と一緒に暮らしていたんです。たいへんなおばあちゃん子だったのですが、祖父母って孫を溺愛しながらも、どこか客観的なんですよね。

梶原:わかります。僕も祖父母、両親と弟の三世帯で育ったおじいちゃん子だったので。

小川 仁志、梶原 健司のイメージ

小川:うちの祖母は教育熱心な一面もあったけれど、あまり無茶はさせない。だから私はおばあちゃんの言う「勉強しなさい」には愛を感じたし、いつのまにか「勉強しなさい」と言われなくても勉強する人間になっていました。相手が祖母ではなく親だったら、おそらく反発していたと思います。

梶原:じいちゃん、ばあちゃんには自分を全肯定してくれる感じがあって、それが伝わるんですよね。自分も親として、まずは子どもをいったん全面的に受け入れたうえで色んなことを伝えていくべきなんでしょうが、ついこちらの考えを先にぶつけちゃう。

小川:おじいちゃん、おばあちゃんはそれを意識してやっているわけではなくて、孫との関係性で自然とそうなる。それがわかったのなら、親もおじいちゃん、おばあちゃんの愛し方を学べばいいんだけれど、いまは核家族化が進んでなかなかそれができない。だからむずかしいんですよね。

新しい家族の定義は「同じ目的をもつ共同体」

梶原:僕が運営している「まごチャンネル」は、まさに核家族化が進む現代において、テクノロジーを使って「小さな子どもを持つ親子」と「祖父母」をつなぐサービスです。ただ、最近は核家族化にとどまらず、血縁関係のない拡張家族など、家族のあり方がどんどん多様化してきています。

そこで、家族のカタチを再考しようというのが本連載の主旨なわけですが、家族のあり方について考えるたびに「家族とはなにか」という哲学的な問いに行き当たってしまう。哲学がご専門の小川さんにぜひうかがいたいのですが、いまの多様な家族のあり方をどうご覧になっていますか?

小川:拡張家族や疑似家族、あるいはシェアハウスに住む人びとを「家族」と呼べるか。私はどれも家族なのだろうと思います。また哲学を引き合いに出すと、『風土』などの著作で知られる和辻哲郎という哲学者は、同じ竈(かまど)でご飯を食べることに家族の特徴を見出し、「竈をめぐる生活」と表現しました

小川 仁志、梶原 健司のイメージ

たとえば昔の農村に住む人びとにとっては、ご飯を食べることが生活の最大の目的だったわけです。みんなでご飯を食べる──生きていくために、ある人は柴刈りへ出かけ、ある人は田んぼを耕し、ある人は料理する。そうやって、ご飯を食べるという目的のために役割分担をしていた。それが和辻の考えた家族でいる理由です。

梶原:なるほど。

小川:つまり、家族には共通の目的が必要なのですが、逆にいえば、共通の目的さえあれば家族になれるということでもある。べつにご飯を一緒に食べない家族でもいいじゃないですか。シェアハウスに住んでいる人たちが、お互いの存在を確認しあって安心する、それが共通の目的になっているのであれば、家族と呼んでいいと思います。

あるいは、AIやアンドロイドとの生活。どこか特定の場に所属するようプログラミングされたアンドロイドがいて、かたや、アンドロイドが生活に必要だと考える人がいたとする。彼らが一緒に住めば、それが共通の目的になりますよね。

梶原:では、小川さんの考える新しい家族の定義は「同じ目的をもつ共同体」ということになるのでしょうか?

梶原 健司のイメージ

小川:そう言っていいと思います。21世紀における家族にとって、血縁や地縁はかならずしも重要ではない。場合によっては家族のメンバーを交換することだってあるかもしれない。目的を共有していた一時期だけ家族だった、というように。

梶原:21世紀においては。

小川:21世紀においてはと言いつつ、じつはそれが家族の本質だったのではないかとも思います。これまでは人が生きていくのに血縁や地縁による助け合いが必要だったから、それを家族と呼んできた。しかし世の中の仕組みが変われば、それに合わせて家族のカタチも変化させる必要があるはずです。

にもかかわらず、まだまだ古い家族のカタチにこだわる人が多い。それゆえに、家族崩壊などの問題が顕在化してきているのではないでしょうか。

小川 仁志のイメージ

梶原:たしかに、昔は生まれた土地で仕事を見つけ、お見合い結婚をするのが当たり前で、生き方の選択なんてほとんどできなかったわけですからね。でも、いまは人生の節目節目にいろいろな選択肢があって、自分の意思で選び取れる。

小川:なのに、なんだか家族だけが選べないものとして残っている感があります。そこで「じゃあもう家族なんてやめてしまおう」というのではなく、家族をアップデートしていく。その発想のひとつとして拡張家族や疑似家族があり、是非が議論されている。それが家族のあり方をめぐる現状だと思いますね。

哲学は生きづらさから逃れるためのツール

梶原:ご自身の生育環境も関係しているのかもしれませんが、小川さんの家族論ってけっこう大胆ですよね。そういった発想は昔からですか?

小川:いやいや、そんなことはありません。私はどちらかといえば受動的に生きてきた人間で、みんなが「世の中はこういうものだ」と言えば、それに従うタイプでした。「良い大学に合格して、有名な会社に入れば成功する」と言われれば、挫折してもその考えを改められないし、家族だって「この家族でがまんしなさい」と言われれば「はい」とがまんする。そのせいでつらい経験もしてきました。

小川 仁志のイメージ

そんな自分を変えることができたのは、30歳のときに哲学に出会ってからです。哲学をすると、世の中で当たり前だとされていることを疑うようになりますから。「それは本当なのか?」と。

梶原:哲学書を読むことで、固定されていた思考の枠組みが外れたわけですね。

小川:本を読むだけではだめなんです。自分で哲学をするようにならないと。

梶原:哲学をする?

小川:はい。みなさん「哲学」と聞けば、「勉強」や「研究」をイメージするのではないかと思います。しかも、なにやらものすごく難解な本を読んでいるイメージ。

梶原:岩波文庫の古典とか?

小川:そう、そういう本を10ページくらい読んで挫折する、みたいな(笑)。でも、それは哲学書を読んでいるだけであって、哲学ではありません。そもそも哲学とは考える営みです。実際、私は哲学を「する」ようになってはじめて人生が変わりました。ものの見方が変わり、生き方が変わったことで、ようやく楽になることができた。

小川 仁志のイメージ

では、哲学をするにはどうすればいいか。じつはすごく簡単で、まず思い込みや常識を疑って、さまざまな違う視点で見てみる。そして、自分が「こうだ」と納得できる言葉で、もう一度その対象を捉え直す。それだけのことです。

たとえば家族を哲学するなら、既存の家族のカタチを疑うことからはじめる。いろいろな視点で見て、人と対話しながら自分の考えを再構成し、納得できるものを家族だと決めるんです。みんなが家族を哲学した結果、人によって家族の本質が違ってくる可能性もありますが、それはそれでいい。自分が「これだ」と思う価値観を共有できる人と一緒に生きていけばいいんです。

梶原:まず問いを立て、違う視点で見て、人と対話して自分の考えを再構築する、と。

小川:私の知るかぎり、無意識に哲学している人もいて、新しいプロダクトやサービスをつくって成功している経営者にはそのタイプが多い。梶原さんはなぜ「まごチャンネル」をつくったのですか?

梶原:僕はアップルという会社を辞めてチカクを立ち上げたのですが、辞めたときは何か新しいことをやろうと決めつつも、具体的になにをするかをはっきり決めていなかったんです。ただし行動規範だけは決めていて、いままでやらずに後悔していたことを全部やる、そして、おもしろそうだと感じたことには片っ端から飛びつく。この2つをひたすら実行しようと思っていました。

梶原 健司のイメージ

ただ、それがけっこう大変で。やりたいことを模索して、なにかをやっては失敗する、の繰り返し。あれこれ試行錯誤した末、「自分の親と子どもをもっと会わせてあげたい」という昔からの想いを事業化しようと決めて、「まごチャンネル」を開発したんです。

小川:つまり、梶原さんはなんらかの理由で自分の生き方に疑問を感じ、違う生き方もあるのではないかと考えた。そして会社を辞め、次の道をいろいろな視点で模索したうえで、最終的に自分が「これだ」と思う「まごチャンネル」という新しいサービスをつくりあげた。

梶原:そうですね。

小川:その、「まごチャンネル」という名付けが重要です。人間は「言葉」がないと思考することができません。だから、先の「竈をめぐる生活」もそうですが、思考の結果は名付けに現れる。その意味で「まごチャンネル」という名前は、家族について梶原さんが色々と考えてこられた哲学の成果ともいえる。これまで経験したことが重なって身についた思考法なのでしょうが、梶原さんもれっきとした哲学者ですよ。

梶原:僕が哲学者! ありがとうございます(笑)。これまでにも何度か哲学者の方とお話しさせてもらったことがありましたが、哲学を「する」なんてことを言う先生ははじめてです。

小川 仁志、梶原 健司のイメージ

小川:おそらく梶原さんが過去に会ってきたのは、研究者としての側面が強い哲学者の方だったのではないでしょうか。私も研究者のひとりですが、それ以上に哲学の実践家でいたいと思っています。「哲学する」とはどういうことなのかを研究し、広く伝える人でありたい。

本来、私たちはさまざまな家族のあり方、生き方、働き方を選べるはずなのに、世の中には「これがふつうですよ」というマニュアルが存在し、マニュアルに合わない人はつらい思いをする。そこから逃れるためのツールが哲学なんです

梶原:その感覚はよくわかります。僕らも人をサポートするためのツールとしてテクノロジーを使っているので。

小川:私の専門である公共哲学は、自分が共同体にどう関わり、貢献していくかを考える哲学です。これからの家族が共通の目的によって支えられる共同体になるならば、ただ家族の一員として存在しているだけではだめで、自分は家族という枠組みのなかでなにができるのかを考えないといけない。当然、テクノロジーを使って貢献する人もいるはずです。家族のあり方が多様化するにつれ、公共哲学とテクノロジーの重要性はより増していくでしょうね。

梶原:なるほど。僕も家族のあり方が多様化していくなかで、テクノロジーが果たせる役割を哲学していきたいと思います。本日はありがとうございました。

EL BORDEでは梶原氏のビジョンを受け、「再考、家族のカタチ」と称した連載企画をスタート。梶原氏をホストに、各回さまざまなゲストを迎えながら「家族のカタチ」にまつわる議論を展開していく。

まごチャンネル×EL BORDE presents 再考、家族のカタチのイメージまごチャンネル×EL BORDE presents 再考、家族のカタチのイメージ

小川 仁志(おがわ ひとし)
1970年、京都府出身。商社(伊藤忠商事)、地方自治体(名古屋市役所)、フリーターを経て、現在は大学で教鞭をとる異色の哲学者。主宰する「哲学カフェ」で市民のための哲学を実践するほか、各種メディアでも活躍。『公共性主義とは何か』(教育評論社)、『人生100年時代の覚悟の決め方』(方丈社)など、著書多数。
梶原 健司(かじわら けんじ)
1976年、兵庫県淡路島出身。新卒でアップルの日本法人に入社し、マネージャー職まで務めた後に独立。2014年に株式会社チカクを創業し、祖父母世代がテレビで孫の写真や動画を見られるサービス「まごチャンネル」の提供を開始。二男の父。

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