2024.08.20 NEW
中野晴啓さん「NISAで長期積立投資 乱高下する相場を乗り越えて資産を育てる」
文/竹下順子 撮影/藤井洋平
新しいNISAが始まって半年以上が過ぎました。人生100年時代と言われる中、NISA制度を活用して長期積立投資をする個人投資家は、何を重視して投資先を選べばよいのでしょうか。投資信託協会の立場から新しいNISAの制度設計にも関わった、前セゾン投信会長CEOで、なかのアセットマネジメント社長の中野晴啓さんに聞きました。(取材日:7月5日)
長期投資の本質は理解されているか
- 新しいNISA制度がスタートして半年以上過ぎた今の状況をどう見ていますか。
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NISAは一定のブームになり、認知度も一気に上がりました。セミナーなどでは、新しく参加する現役世代、特に若い世代が多いことを肌で感じます。ただ、私の今の印象では、NISAで買われる銘柄はオールカントリーと称される世界株式インデックスや、S&P500という指数に連動する投資結果を目指す特定のインデックスファンドに集中しているように思います。YouTubeやSNSの影響も大きいと思いますが、「よく分からないけど、とりあえず世界株式に」いった表層的な理解にとどまっている人も多い印象です。
インデックスファンドはマーケットが調整局面に入ると指数に連動して下落します。そうなったときに、表層的理解で参入した人たちが、忍耐強く長期投資を続けられるのか。マーケットの流れが変わったとき、ショックを受けて「もう我慢できない」「騙された」「とにかく手放さなくては」と思い始めるのではないでしょうか。
このような調整は歴史上、何度もあったことですが、長期投資の意義をよく理解してほしいと思います。非課税保有期間が無期限である理由は、エンドレスに長期投資をしようということだと私は解釈しています。株価の上がり下がりの波を乗り越え、自分が元気で生きている限り投資を続けることで、お金が育ち続けるわけです。この基本的な理解が普及しないと、脱落する人たちが出る可能性はありますね。
60代でも積立投資が心の安定装置になる
- 中野さんは“つみたて王子”と呼ばれていますが、積立投資はどの世代でも有効でしょうか。
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何歳からでも、資産状況に応じた積立投資のメリットがあります。例えば、退職金をもらった60代の方が2000万円を一気に投資すると、翌日からマーケットの動きに一喜一憂するようになり、心穏やかではいられません。
毎月100万円ずつ投資していけば、時間分散の効果が期待できます。積立投資が心の安定装置になるのです。重要なのは、定年後も「(資産を)育てながら、使う」という考え方。収入が年金だけになればなかなか追加投資はしにくいでしょうが、少なくとも今まで積み上げたものは保有を継続したほうがいい。「資産寿命を長期化させよう」というのがNISAの大事なメッセージです。
一方、若い人であれば人生プランに即した計画的な投資ができます。20代のうちは毎月積立額が少なくても、30代、40代で収入が増えることを想定してNISAをフル活用した積立プランを立て、計画的な長期投資の導入をしてほしいと思います。ゴールが遠くにあれば、暴落をしてもあせる必要がない。株価が下がったときに買い手側に回れるのが積立投資家の最大の強みです。
- 海外では長期積立投資は定着していますか。
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米国では1978年に確定拠出型企業年金制度(401kプラン)が導入されたことにより、長期積立投資が普及しました。企業側が給与から天引きするため、本人が意識せずとも長期積立投資が続きやすくなる仕組みです。
米国の401kは基本的に投資信託で運用されていますから、20年、30年続けることで資産が大きく育つわけです。制度の導入初期に加入した世代は、会社を辞めるときに知らない間に億万長者になっていた、という人も多かった。大げさな表現ではなく、米国では確定拠出年金のおかげで億万長者になった人が中間層にも山ほどいます。
これは長期積立投資の一つの成功モデルです。われわれ金融業界の人間は、こうした欧米の成功事例をきちんとアピールする必要があります。NISAという制度の目的は、一人ひとりがより豊かな人生を自ら実現するための資産形成です。参加した人が長期投資の意義に立ち返れるよう、何度もメッセージを送ることが必要です。
自分がお金に意思を込めて、いい企業を支えていく
- 中野さんが考えるNISAの意義とは何ですか。
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NISAは日本社会の資産所得を倍増し、高度な金融立国に仕上げていくためのいわば国家戦略です。
長期投資を実践する上で重要なのは、投資行動の本質的な意義を理解すること。「NISA=世界株式インデックス」という記号だけで捉えると、投資本来の意味を見失ってしまいます。
株式投資の本質は企業に産業資本を提供することです。その産業資本を受けて、企業は時間をかけて社会に付加価値を生むビジネスをつくり、それが多くの人に支持されて利益を生む。この富を生む力こそが、その企業の価値なのです。その価値に対して長期的に株価が上がる。だから長期投資で株価が値上がりするのは、極めて合理的な理由があります。
日本経済を停滞させた要因の一つは、ゼロ金利と金融緩和政策によって価値のない“ゾンビ企業”を生み出したことです。努力せず、過去の遺産だけで生きる上場企業は山ほどあるでしょう。株式投資による新陳代謝が起きることで、新しい産業が生まれ、経済のダイナミズムが喚起されます。長期投資によって、価値のある企業とダメな企業が選別され、よりよい企業にお金が回っていくのです。
過去数十年をみると世界経済はプラス成長していますから、世界全体に投資するという意味で世界株式インデックスは合理的な投資対象であるとは思います。ただ、もう1つ大事な視点は、自分がお金に意思を込めて、いい企業を支えていくということ。とりわけ、自分たちがよって立つ日本社会の未来をどう描くのか。より豊かで、より強い経済を再起し、もう一度、素敵な日本にして次の世代にバトンをつなげていきたいと願っています。
投資信託の運用を行うファンドマネジャーは千差万別ですし、企業選別のフィロソフィーもそれぞれ違います。アクティブファンドを選ぶとき、そのファンドのメッセージを知ることは大事だと思います。
- 企業側にもファンドの思いが伝わるという実感はありますか。
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本格的なアクティブ運用をする上で大事なのは、企業へのエンゲージメントです。真面目に、情熱と愛情を込めて企業と対話をしていくことが、リターンの源泉につながる。少し前まではファンドとの対話を受けつけない会社もありましたが、今は僕らみたいな小さなファンドにも耳を傾けてもらえます。我々のリサーチから生まれる気付きを、投資した企業に提案し、よい意味で変化してもらうことに意味があります。
還暦で起業、「人生100年時代」の新たな挑戦
- 中野さんのようなプロフェッショナルでも、還暦を迎えて投資に対する心境が変わりましたか。
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還暦になる直前で前の会社(セゾン投信)のCEOを退任しました。そのときに考えたのは、還暦という節目をどう捉えるかということ。正直に言うと「これからは楽な仕事をしよう」という気持ちに全くならなかった訳ではありません。
しかしながら、この節目である種の試練が与えられたのは、もう一度、自分の役割を果たせという使命なのだと感じました。独りよがりではなく、周りの多くの方々からもお声がけをいただき、期待していただきました。同世代が定年を迎える中で、「早く新しいファンドを作ってください」と周囲から励まされるのは、本当に恵まれた人生だと思いました。
そう思い直し、新たな資産運用会社を立ち上げました。一生かけて、自分の役割をやり遂げようと思っています。そういう意味で還暦は本当に自分の人生の節目になりました。だからコーポレートカラーも(ちゃんちゃんこの)赤です。
私は、「人生100年時代」とアピールしてきた側なので、これから自分自身がどれだけ長く働けるかが挑戦です。意思のあるお金で日本の社会の未来に投資し、資産運用業界を尊敬される産業にしていきたいと思っています。

- なかのアセットマネジメント 代表取締役社長
中野 晴啓(なかの・はるひろ) - セゾングループの金融子会社にて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、2006年セゾン投信を設立。2007年に代表取締役社長、2020年代表取締役会長CEOに就任。2023年6月に退任後、なかのアセットマネジメントを設立。公益社団法人経済同友会幹事他、金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。著書に『誠実な投資』(徳間書店)など。
※本コラムで取り上げられた投資に関する基本的な考え方などについては、あくまで個人の見解によるものであり、野村證券の意見を代表するものではございません。