2025.01.21 NEW
トランプ大統領就任演説 重要なのは控えめだった関税政策 野村證券・池田雄之輔
2025年1月20日(日本時間21日)、ドナルド・トランプ氏が米国の第47代大統領に就任し、就任演説が行われました。約30分間のスピーチから何を読み取るか。日本のマーケットへの影響について3つのポイントを、野村證券 市場戦略リサーチ部長の池田雄之輔が解説します。
ポイント1:大統領就任初日の関税発動回避
トランプ氏は30分間のスピーチのなかで、米国の復活が始まると強く訴えました。不法移民の停止・強制送還や「インフレ危機」に際してエネルギー政策を大きく転換させる政策について踏み込んで言及したことが目立っています。
しかし、マーケットにとって最も重要なポイントは、具体策について“語らなかった”ことにあります。つまり、追加関税については一部で警戒されていた「全世界に対しての一律関税」については演説内で言及せず、どちらかというとおとなしい印象にとどまったということです。その後、トランプ大統領は一連の大統領令に署名するとともに、カナダとメキシコに対する25%の関税を2月1日に発動する意向を示しました。これは11月の感謝祭直前にトランプ氏が打ち上げていた関税プランと一致しており、大きなサプライズではありません。そして一律関税については「準備はまだできていない」とも述べていますが、市場にとっての最悪シナリオは回避されたと見ていいと思います。
これにより為替市場はドルがほぼ全面安となり、ドル円相場は1ドル=155円台半ば(日本時間21日午前11時時点)と円高方向に進みました。
財務長官のスコット・ベッセント氏は関税政策は「不公正な貿易の是正、米国政府の歳入増加、相手国との交渉」という3つの側面があるとしています。中国に対しては米国農産品の輸入を、カナダ・メキシコに対しては国境管理の強化を迫る構えです。この路線がある程度トランプ氏と共有されていることは、マーケットにとって想定内と言え、安心材料だと思います。
ポイント2:日銀は利上げに動きやすい環境が整った
2つ目のポイントは、大統領就任によりマーケットのセンチメントが崩れなかったことです。米国株式市場は20日は休場でしたが、就任直後の指数先物は前日比プラス圏内で推移しました。これは、日本の金融政策に重要な意味を持ちます。
今週は、1月23日、24日に日銀金融政策決定会合が控えており、日銀は利上げの決定に向けた地ならしを行ってきました。
もし、トランプ大統領就任直後に市場が大きく混乱した場合、日銀は利上げを決定しづらくなることも考えられました。しかし、そういう事態にはなりませんでした。日銀は今週利上げを決定し、その際に植田総裁が発するメッセージとして、その後の利上げも示唆できるような、安定的な市場環境が整ってきたといえます。
1つ目と2つ目のポイントは、いずれも為替市場が円高に動きやすくなったことを示唆しています。つまり、トランプ氏が自国ファーストで強力な関税政策を打ち出し、貿易収支を大きく改善させればドル高に作用すると考えられますが、その構図はやや弱まったということです。そして、円サイドからも、日銀が利上げを進めやすくなったことで、円高圧力がかかりやすくなったといえます。
円高になるというと、株安を心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、円高には2種類あると思います。ひとつは株安が起点となって大きなポジション調整が起きる、いわゆる「リスクオフの円高」。円高が急激に進みやすく、円高・株安がスパイラル的に進んでしまいます。今回はそうではなく、もうひとつの、株価にとって「良い円高」でしょう。米国景気はソフトランディングし、グローバルな株高基調は継続。一方、日本は金利を上げて緩やかな円高をもたらすというシナリオです。
ポイント3:日本株にとっては円高株高シナリオ
トランプ氏は20日の段階で、追加関税の相手としては中国、メキシコ、カナダについてしか言及しませんでした。やはり貿易の重要相手国は、この3ヶ国であることが再確認されたと言えます。日本が関税政策で狙い撃ちされる可能性は高くなさそうです。このことは、日本株の上昇を支える要因になるでしょう。
注意点としては、自動車セクターです。メキシコ、カナダに対する関税政策が発動されれば、両国に対米輸出の拠点を持つ日本の自動車産業も巻き込まれるリスクがあります。
共和党が2024年の選挙で掲げていた貿易政策の6つの柱のなかでは、国としては中国、産業としては自動車が名指しされていました。具体的には、中国からの戦略的独立の確保という目標と、米国自動車産業の保護がうたわれており、目立ったキーワードとなっています。中国景気に強く依存する企業や自動車関連企業は引き続き要注意であると思われます。
今後の注目点は大統領支持率と日米首脳会談
今後の注目点は、大統領の支持率です。支持率が下がってくると回復させるためにやや強硬な政策を出してくるリスクがあります。高めの支持率を維持できるほうが穏当な関税政策に留まる可能性が高いと見ています。
日本株にかかわる次の焦点は2月にセットされると見込まれる日米首脳会談です。トランプ氏は、各国首脳との相性の良しあしが外交政策にも影響を与えていたというのが定説です。石破首相がトランプ氏とどれだけ信頼関係を築けるかは、非常に重要です。

- 野村證券 市場戦略リサーチ部長
池田 雄之輔 - 1995年野村総合研究所入社、2008年に野村證券転籍。一貫してマクロ経済調査を担当し、為替、株式のチーフストラテジストを歴任、2024年より現職。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。現在、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」に出演中。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。
※本コラムで取り上げられたマーケットや投資に関する考え方などについては、あくまで個人の見解によるものであり、野村證券の意見を代表するものではございません。