2025.04.17 NEW
様変わりする欧州株式市場 2025年のパフォーマンスが良い背景と今後の注目点 野村證券・引網喬子
写真/タナカヨシトモ 文/斎藤健二(金融・Fintechジャーナリスト)
これまで日本の投資家からはあまり注目されてこなかった欧州株式市場が、徐々に存在感を高めています。欧州株は、2025年に入ってからのパフォーマンスでS&P500をアウトパフォームしています。特にドイツの代表的な株価指数であるDAX指数は、3月上旬まで連日で史上最高値を更新するなど好調でした。4月に入り、トランプ大統領の関税政策発表を受けて急落する場面もありましたが、年初来では7%程度のプラスを維持しています(2025年4月16日時点)。欧州市場の変化について、野村證券投資情報部ストラテジストの引網喬子が解説します。
欧州株が米国を上回るパフォーマンスを出した背景
- まずは、欧州株式市場の最近の状況について教えてください。
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欧州株は2025年に入ってからのパフォーマンスが非常に好調でした。特にドイツの主要株価指数であるDAX指数は2025年に入ってから高騰が続き、3月上旬まで連日で史上最高値を更新してきました。年初来高値を付けた3月6日時点での年初来騰落率は17%超と、米国のS&P500や日本のTOPIXを大きく上回っていました。
4月2日にトランプ政権が相互関税を発表したことで、米国市場が急落し、欧州も株安の連鎖に巻き込まれてしまった形になります。ただ、それまでずっと上がってきたということもあり、年初来の騰落率で見ると4月16日時点でドイツのDAX指数は7%程度のプラスを維持しています。一方で米国のS&P500は10%程度のマイナスになっているので、パフォーマンスの差が出てきているのが現状です。
- これまで欧州経済は苦戦していたようですが、その背景とはなんでしょうか。
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欧州経済が低空飛行を続けてきた要因としては、欧州最大の経済大国であるドイツが足を引っ張っていたことが大きいと思います。ドイツ産業はロシアからの安価なエネルギーに大きく依存していましたが、コロナショックからの回復過程でウクライナ情勢が緊迫化し、このエネルギー供給がストップしてしまいました。その結果インフレが深刻になり、経済への打撃が大きくなりました。ドイツ経済は直近2年間マイナス成長という状況だったことが、欧州全体の足かせになっていたのです。
金融緩和と財政拡張でドイツが変貌
- では、最近になって欧州株が上昇した背景には、どのような要因があるのでしょうか。
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欧州株が上昇した背景には大きく二つの要因があると考えています。まず一つ目は、ECB(欧州中央銀行)に対する金融緩和期待の高まりです。ECBは2024年6月に利下げを開始し、2024年9月以降は会合毎に利下げ、2025年3月には6回目となる利下げを決定し、政策金利(中銀預金金利)を2.5%としました。累計の金利引き下げ幅としては1.5%となりました。
一方、米国のFRB(連邦準備理事会)は2024年9月のFOMC(連邦公開市場委員会)から3会合連続で利下げしたものの、それ以降は政策金利を据え置いており、今の政策金利は4.25~4.5%です。金融政策のスタンスという点では両者の乖離が広がってきています。この金融緩和期待が欧州の株価を押し上げてきた側面は強いと言えるでしょう。
二つ目は財政政策の転換です。ウクライナ情勢の緊迫化に加えて、欧州の安全保障を強化したいという動きが広がる中、2025年3月にドイツとEU(欧州連合)がそれぞれ財政拡張策を打ち出しました。これが大きなきっかけになったと思います。それまでは景気悪化が続く中での株高だったので、不況下の株高、いわゆる金融相場的な動きが強かったのですが、財政拡張策が出たことで景気拡大への期待が生まれ、企業業績の拡大期待も強まってきました。株高の背景にあるストーリーが変わってきたということが言えるでしょう。
- ECBはなぜ米国より早く利下げに踏み切れたのでしょうか。
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利下げを進めざるを得なかったという側面が大きいと思います。米国は過去2年ほど潜在成長率(年率1.8%程度)を上回る成長が続いていたのに対し、欧州、特にユーロ圏の経済はリセッション(景気後退)入りする瀬戸際を推移していました。インフレについては、消費者物価の前年比上昇率は、2022年10月に約11%でピークをつけ、2024年6月には2%台半ばまで鈍化していました。サービス価格は高止まりしていますが、それを押し上げてきた賃金上昇率も落ち着きつつあります。ECBとしては、インフレよりも景気悪化の方が懸念事項となり、利下げという判断をしやすい環境が整っていたと言えるでしょう。
ドイツが厳格な財政規律からの大転換を果たした理由
- もうひとつの背景、ドイツの財政拡張とはどういう意味があったのでしょうか。
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ドイツが財政拡張に踏み切るというのは、かなりインパクトのある話です。ドイツはこれまで財政規律を非常に厳格に守ってきた国でした。EU加盟国には財政赤字をGDP(国内総生産)比3%以内、政府債務残高を60%以内に収める財政ルールがありますが、ドイツはさらに厳しい「債務ブレーキ条項」を2009年に導入し、財政赤字の上限をGDP比0.35%に抑える制約を憲法レベルで設けていました。このような国が財政拡張に舵を切ったことは、非常に大きな変化です。
ドイツは5,000億ユーロ(約80兆円)のインフラ投資基金を設立することを発表し、さらに防衛費の増額も加わる予定です。その規模はドイツのGDPの約12%に相当し、防衛費を含めるとGDPの20%程度になる可能性があります。
- なぜそのような転換を行ったのでしょうか。
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二つの要因があります。一つは、工場設備やインフラの老朽化など、ドイツ産業が抱える構造的な問題です。エネルギーコスト高騰と人件費の高さが相まって産業空洞化の懸念が高まっており、この機会に産業基盤を刷新する狙いがあります。
もう一つは安全保障環境の変化です。トランプ政権が誕生し、NATO(北大西洋条約機構)離脱の可能性が現実味を帯びる中、欧州全体で独自の防衛力強化が急務となっています。EUでも「欧州再軍備計画」として8,000億ユーロ(約130兆円)規模の防衛強化計画が承認されており、欧州全体で安全保障態勢の見直しが進んでいます。
イベント面ではドイツの新政権発足に注目
- 投資家が欧州株を投資対象とする際に、どのような指数やイベントに注目すべきでしょうか。
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欧州株を見る際には、ドイツの代表的指数であるDAX指数と、より幅広い欧州企業を対象とするSTOXX欧州600の2つを見ておくとよいでしょう。DAX指数は米国株との相関が強い傾向がありますが、2025年に入ってからは独自の上昇トレンドを示していました。STOXX欧州600はより多くの国と企業を含んでおり、欧州全体の動向を把握するのに役立ちます。
イベント面では、まず目先はドイツの新政権発足が注目されます。次期首相の指名選挙が5月6日に行われる予定で、第1党のCDU・CSU(キリスト教民主・社会同盟)と第3党のSPD(社会民主党)は連立政権の樹立を決めています。CDUのメルツ党首を首相に選出して新政権が発足します。その後は、予算審議の進捗状況を確認していくことが重要です。
また、EU加盟国は毎年10月15日までに欧州委員会に翌年度の予算案を提出する必要があります。各国が自国だけで予算を決められるわけではなく、欧州委員会のチェックを受ける必要があるのです。特に南欧諸国の予算案が問題視されることが多く、秋頃は予算の話題が注目されやすい時期です。今回の大規模な再軍備計画を踏まえて、各国が2026年度予算にどう軍事関連予算を組み込んでくるのか、そしてそれがECBの金利政策にどう影響するかも見極めるポイントになるでしょう。
- 欧米間の関税問題や為替動向についてはどのようにみていますか?
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米国が発表した対EU関税については、各国との個別交渉が今後どう進展するかが焦点です。欧州の中でも米国との関係性には温度差があり、イタリアなど一部の国はトランプ政権と個別に対話を模索する動きを見せています。
こうした交渉の過程では、欧州が推進する軍備拡充計画が交渉材料になる可能性もあります。欧州は域内での調達比率を高める目標を掲げていますが、戦闘機などを米国から調達するといった選択肢も、関税交渉の材料として浮上する可能性があります。
為替については、足元でユーロは上昇傾向にあります。背景には財政拡張への期待やドル安の影響があります。今後の見通しとしては、金利差の動向が重要です。野村證券の見通しでは、ドイツの10年国債利回りは2%台前半から上昇傾向、米国の長期金利は4%台前半でほぼ横ばいと予想しており、金利差は縮小していく方向を見ています。これは、ユーロ高への圧力となりえます。
- 欧州域内の各国経済への影響はどうなるでしょうか?
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財政拡張の恩恵は欧州全体に広がる可能性があります。欧州では域内貿易の比率が非常に高く、国同士の経済的な結びつきが強いため、ドイツの経済成長は他国にも波及効果をもたらすでしょう。
特に防衛関連では、すでにEUレベルで域内調達比率を2035年までに60%に高める目標が掲げられています。これまで増額された防衛予算の大部分は米国など域外への発注に回っていましたが、今後は域内の防衛産業育成にも力が入れられるでしょう。フランスはすでに軍需産業が充実しており、原子力や戦闘機開発の蓄積もあるため、ドイツの防衛費拡大による恩恵を受ける可能性が高いと思われます。
このように、財政拡張政策がもたらす経済効果は単にドイツ一国だけではなく、欧州域内の相互作用を通じて広がっていくことが期待されます。これまで欧州株を投資対象にしていなかった投資家も、欧州株をポートフォリオに組み入れるのは一案だと思います。

- 野村證券投資情報部 ストラテジスト
引網 喬子 - 2023年10月より投資情報部に在籍。米国株の調査業務を経験後、各国経済・為替に関する投資情報の発信を担当。個人投資家を対象に、わかりやすい情報提供を心掛ける。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。