2025.05.30 NEW

トランプ関税に司法の壁 差し止め判決をエコノミストが詳しく解説 野村證券・岡崎康平

トランプ関税に司法の壁 差し止め判決をエコノミストが詳しく解説 野村證券・岡崎康平のイメージ

写真/タナカヨシトモ

2025年5月28日(日本時間29日)、米国際貿易裁判所は、トランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき発動した関税について、差し止めの判決を言い渡しました。これを受け、トランプ政権は即日で控訴し、二審にあたる米連邦巡回区控訴裁判所は判決の効力を一時的に停止することを命じました。

株式市場の初期反応を見ると、第一報が報じられた29日の日本株式市場では、日経平均株価が前日比+710.58円と大きく上昇しました。一方で、同日の米国株式市場はそれほど大きな動きを見せず、NYダウは前日比+117.03ドルと小幅な上昇に留まりました。相互関税の発表以降、不安定な動きが続いていた株式市場ですが、今回の司法判断はゲームチェンジャーになる可能性があるのでしょうか。野村證券チーフ・マーケット・エコノミストの岡崎康平が解説します。

関税政策は「完全に封じられた」とは言えない

トランプ関税について無効とする判決が出たということで、市場はこの動きを好感するのでしょうか。

トランプ第二次政権は、第一次政権と比較して、非常に速いスピードで関税政策を進めてきました。1月20日に大統領に返り咲いた後、トランプ大統領は2月には中国・カナダ・メキシコを相手とした追加関税を発動しましたし、4月2日には相互関税を公表・発動しました。4月9日には、相互関税のうち上乗せ部分(基本税率の10%を超えて、国ごとに定められた関税率)の適用を90日間停止することを決め、現在は各国との関税交渉に取り組んでいるところです。

こうした「トランプ流交渉術」に対して、今回の司法判断は「待った」を掛けました。世界の株式市場が関税政策で動揺したことを踏まえると、これは前向きなニュースです。しかし、この司法判断があっても、関税政策が「完全に封じられた」とは言えなさそうです。関税は、トランプ政権の主要な政策手段として残るでしょう。

実際、国際貿易裁判所の判断に対して、トランプ政権は即日控訴しました。米連邦控訴裁は「関税の差し止めの一時停止」、つまり関税の一時的な継続を許しています。この期限はいったん6月9日に設定されていますが、米通商代表部(USTR)からは近日中に判決への反応が出てくる可能性があります。また、トランプ政権が連邦最高裁に本件を持ちこむ展開も有りえます。司法判断の最終形がいつ確定するか、現時点では不透明です。

とはいえ、今回の判決が全く無意味というわけでもないでしょう。国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税賦課が大統領権限を逸脱しているという判決ですから、今後、展開によっては、トランプ政権の関税政策が手続き面で修正を余儀なくされ、関税政策のスピード感が落ちる可能性があります。

日本にとって重要な自動車関税は今回の判決とは無関係

そもそも、IEEPAに基づく関税とそれ以外では何が違うのでしょうか。

通常、米国の関税は通商法や通商拡大法などの法律に基づき決定されます。決定の根拠として貿易に関する実態調査等が必要であり、相応の時間がかかります。

今回トランプ政権が行ったように、関税政策を突然発表してすぐに発動するようなことがなぜできたかというと、IEEPAを法的根拠としているからです。IEEPAは、異例かつ重大な脅威のもとで米国の安全保障や経済が緊急事態にある時は、大統領権限で各国との取引等を制限できるという法律です。実はこの法律に、「大統領が関税を課すことができる」と明示的には書かれていません。

書かれていないことについて「大統領の裁量がある」と見るのか、「書かれていないから無効」と見るのか、解釈の余地があります。今回は事業者などから起こされた集団訴訟に対して、「関税を課すのは無効」という判決が下されたということになります。トランプ政権による関税政策は、様々な法律を根拠に課されていますが、そのうちIEEPAを根拠とした関税は無効だ、というのが今回の判決でした。

参考記事:
日経平均株価が再び急落 トランプ関税を巡る次の論点は 野村證券・吉本元 | NOMURA ウェルスタイル – 野村の投資&マネーライフ

つまり、IEEPA以外の法律を根拠とした自動車関税などは、今回の判決から影響を受けないということですね。

はい。日本の交渉の中で重視されている自動車税など品目別関税については1962年通商拡大法第232条に基づいて発動されています。これは、特定の産品の輸入が米国の国家安全保障を損なう恐れがある場合に、関税の引き上げ等を発動できるという法律です。

今回の判決も念頭に置きながら、トランプ政権は品目別関税に力を入れてくる可能性もあります。品目別関税を含め、関税全般の引下げを目指す日本政府としては難しい展開になることもあり得るでしょう。米国に提示した交渉材料のメリットをしっかりと示したうえで、今まで以上に毅然とした態度で関税交渉に臨む必要があると思います。

関税の種類ごとの状況
主な関税の種類 根拠となる法律 税率 現在の状況 差し止め判決の有無
相互関税 世界一律 IEEPA 10% 4月3日、全世界一律10%の関税が発動済 5月29日に国際貿易裁判所が差し止め判決
国別の相互関税上乗せ分 IEEPA 国によって個別設定 4月2日に国ごとの関税上乗せを設定。4月9日から90日間一時停止。中国向けは5月12日から90日間一時停止 5月29日に国際貿易裁判所が差し止め判決
対中追加関税 IEEPA 20% 2月1日に大統領令署名。2月4日に10%の追加関税発動。3月3日に追加の大統領令に署名、3月4日に10%の追加関税発動 5月29日に国際貿易裁判所が差し止め判決
カナダ・メキシコ向け関税 IEEPA 25% 2月1日に大統領署名。2月3日に1ヶ月発動を先送り。3月4日に発動されたが、USMCA準拠製品は除外されている 5月29日に国際貿易裁判所が差し止め判決
自動車関税 貿易拡張法第232条 25% 4月3日発動済(一部の自動車部品を除く) 変更なし
鉄鋼・アルミニウム関税 貿易拡張法第232条 25% 3月12日発動済 変更なし

(注)全てを網羅している訳ではない。
(出所)ブルームバーグなどより野村證券投資情報部作成

石破首相は、5月23日に急遽トランプ大統領からの提案で電話首脳会談を行いましたが、その後、5月29日には石破首相からの呼びかけでもう一度電話首脳会談を行っています。5月30日にも、赤沢亮正経済再生相がベッセント財務長官らと会談を行う予定です。

トップ同士のコミュニケーション頻度を高めて、6月15-17日のG7での日米首脳会談に向けて検討が続いていると見られます。

前回の首脳会談の内容について参考:
対EU50%関税案、日米交渉直前の首脳電話会談 トランプ大統領の狙いは 野村證券・岡崎康平 | NOMURA ウェルスタイル – 野村の投資&マネーライフ

日本の投資家としては、関税についての不透明感はぬぐえないものの、過度に楽観も悲観もせずに投資スタンスを継続するのが良いと思われます。

チーフ・マーケット・エコノミスト
岡崎康平
2009年に野村證券入社。シカゴ大学ハリス公共政策大学院に留学し、Master of Public Policyの学位を取得(2016年)。日本経済担当エコノミスト、内閣府出向、日本経済調査グループ・グループリーダーなどを経て、2024年8月から、市場戦略リサーチ部マクロ・ストラテジーグループにて、チーフ・マーケット・エコノミスト(現職)を務める。日本株投資への含意を念頭に置きながら、日本経済・世界経済の分析を幅広く担当。共著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞社)がある。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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