2025.06.10 NEW

「先行き不透明だから投資しない」に潜む現状維持バイアス 合理的な行動とは? 野村證券・大庭昭彦

「先行き不透明だから投資しない」に潜む現状維持バイアス 合理的な行動とは? 野村證券・大庭昭彦のイメージ

写真/タナカヨシトモ

トランプ政権の関税政策により、特に2025年4月は日米ともに株式市場が乱高下しました。トランプ政権は関税について宣言したことをすぐに撤回するといった変更が度重なり、相場の方向感が定まらない状態が続いています。市場の不確実性が高いなかで「今は投資を控える」という投資家もいるでしょう。それは行動経済学から見るとどのような心理が働いているのでしょうか。野村證券金融工学研究センターの大庭昭彦が解説します。

「市場が落ち着くまで投資はしない」は合理的か

トランプ政権の「朝令暮改」ともいえる政策に、疲れてしまいました……。ニュースでもよく「先行きの不透明感がある」「市場の不確実性が高まった」と言っているので、こういうときは投資行動そのものをやめようと思う人も多そうです。積立投資をいったん止めるとか、退職金で投資を始めようとしていたけど市場が落ち着くまでやめておこうなど、今の状況なら何もしないのも合理的ですよね。

「何もしない」が合理的かどうかは、その理由によりますね。

持っている株をあわてて投げ売りしたくなる、または、過度に投機的な投資行動をしたくなる、そういった不合理な投資行動をとりたくなるようなら、「トランプ政権の方向性が定まらないうちは何もしない」と決めるほうがいいかもしれませんね。

でも、長期分散投資で老後資金を作る目的で始めたはずの積立投資をストップするのは、合理的とはいえません。積立は、相場がいい時も悪いときも続けることで、時々訪れる株価上昇の恩恵も得られるわけですから、一時的にでもストップしてしまうと資産を増やす機会をも逃す可能性があります。

退職金の投資にしても、大事な退職金を使って投機的な投資を考えている人は少ないでしょう。リスクを分散しながら長期で資産を増やすことを目的に投資を検討しているなら、今始めるタイミングを遅らせる合理的な理由は本来ありません。トランプ政権の影響で短期的に市場の不確実性が高まっているからといって、長期的にみて世界経済全体がマイナスになる、とは思わないでしょう?

現状維持バイアスを後押しする「曖昧さ回避」

そうですよね。退職金は10年後くらいまで使わないお金として投資して資産を安定的に増やそうという人が多いと思います。長期で資産を増やせればいいと思っているはずなのに、何か変化が起きているときに、判断するのをやめたくなるのはなぜでしょうか。

人が不合理な意思決定をしてしまう代表的なバイアスのひとつ、「現状維持バイアス」が関係していると思います。合理的に考えると変化を選択したほうがいい場合も現状維持を選んでしまうというバイアスです。

例えば、大きな労力や費用を投じて進めていたプロジェクトが、途中でこれを続けていても実現しないことが判明したとします。そのまま進めても無駄だとわかっているのに、「ここまで投じてきた労力を考えると、今更中止できない」とプロジェクトを継続し、さらに無駄な労力や費用をかけ続けてしまうという話があります。こういうときに決断を避けてしまうのが現状維持バイアスです。

想像つきます。今回のトランプ相場でいうと、「こんなときに投資を始めて後悔したくない、今は何もしなくていい」と思ってしまうんですよね。

はい。現状維持バイアスを後押しする要素として、「結果がわからない」「確率がわからない」ものがあるときにそれを避けようとする「曖昧さ回避」といえる行動があります。経済学者ダニエル・エルスバーグが発見した「エルスバーグのパラドックス」が有名です。

例えば、赤玉と白玉が入った壺があり、あなたはそこからひとつ取り出します。白玉をとったときに何か景品がもらえます。左の壺には赤玉が10個、白玉が10個入っています。右の壺には赤玉と白玉が入っていること以外は、何個ずつ入っているかはわかりません。あなたはどちらの壺から玉を取りたいですか?

エルスバーグのパラドックスのイメージ

エルスバーグのパラドックスのイメージのイメージ (注)画像はイメージ。
(出所)野村證券投資情報部作成

1/2の確率で当たりが入っている左の壺からとりたくなりますね。

そうですよね。しかし、右の壺はもしかしたら当たりばかりはいっているのかもしれませんよ。それなのに、人は確率が1/2とわかっているほうを好みます。条件がわからないときに、「もしかしたら当たりが全然入っていないかもしれない」という最悪のケースを想定してしまうんですね。

これを今の相場に当てはめてみると、トランプ大統領はどのような決断をするかわからない。もしかすると各国との交渉は決裂し、関税率がどんどん引き上げられ、米国はインフレが深刻になって景気後退に陥り、世界の株式市場がこれまでにないくらい暴落する……そういった最悪ケースを想定して、リスク資産への投資をやめておこうと思ってしまうわけです。

しかし、あなたがリスク資産への投資をやめてキャッシュを大量に持っておいたからといって、トランプ大統領が何を言うか誰よりも先に察知できる可能性はゼロです。

そうですね、今のトランプリスクを避けたといっても、じゃあ、いつ投資を開始すればいいのかもわからないです。

はい。そもそも何のために投資をするかというと、資産を日本円のキャッシュだけで持っているよりも、全世界のリスク資産に分散して持つほうが長期的には世界経済の拡大の恩恵を得られる可能性が高いとわかっているからです。それなのに、察知できないリスクのほうが怖くなってやめてしまうのは不合理な行動といえます。

他人に投資を任せるほうがうまくいく理由

こうしたバイアスから逃れるにはどうしたらいいでしょうか。

個人にとって、自分の資産を前もって決めておいたルール通りに売買するのが難しいと思われるのは自然です。投資に慣れている人でもそうです。

例えば国内株式、外国株式、国内債券、外国債券を1/4ずつ持つと決めているとしましょう。株式が上昇したら売って債券を買い、また1/4ずつのバランスに戻すのが合理的であるのに、実際に株価が上がるとそれを売るのは惜しくなってしまいます。現状維持バイアスが働き、バランスが崩れたまま運用してしまって、株価の暴落が起きたときに痛手をこうむることになります。

一方で、プロの機関投資家ならあらかじめ決めておいたルール通りに運用するのは、普通のことです。顧客のお金を預かった上で、仕事として売買しているからですね。この「自分のお金でなければうまくできる」というのはポイントで、適切に投資を続けるには第三者に仕事として任せるほうがうまくいくこともあります。

個人投資家も事前に決めたルールで運用してくれる一任投資契約などを積極的に活用するといいと思います。より簡単なのは、決められた配分での運用を継続するバランスファンドに投資を継続するということでしょう。トランプ相場を機に、自分の判断だけで合理的な運用を続けるのは難しいと認識して、一任サービスや投資信託を検討してみるのも手だと思います。

野村證券 金融工学研究センター エグゼクティブ・ディレクター
大庭 昭彦
CMA(日本証券アナリスト協会認定アナリスト)、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。1991年、野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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