2025.06.18 NEW
日米関税交渉は長期化のリスク 自動車関税が「居座る」ことは想定通り 野村證券・池田雄之輔
写真/タナカヨシトモ(人物)
2025年5月中旬以降、日経平均株価は37,000円から38,500円前後でのレンジ相場が続いています。一方、6月13日にイスラエルがイランを攻撃して以降、両国の応酬が続いており、地政学的リスクが高まっています。また、6月16日(日本時間17日)に行われた石破茂首相とトランプ大統領による日米首脳会談では、関税協議について合意に至りませんでした。このように、株式市場には複数の懸念材料が浮上しています。これらのリスクイベントや今後の日本株式市場について、どのように捉えればよいのでしょうか。野村證券市場戦略リサーチ部長の池田雄之輔が解説します。
石破・トランプ会談はわずか30分だった
カナダで開かれたG7サミット(主要7ヶ国首脳会議)の合間を縫って、日米首脳会談が行われました。事前には、赤沢亮正経済財政・再生相が6回目の閣僚級の対米関税交渉を終え、「合意の可能性を探った」とコメントしましたので、今回の石破・トランプ会談で、関税について何らかの合意があるかもしれないという淡い期待はあったかもしれません。しかし、結果は「ほとんど何も決まらず」だったと思います。なにより、協議の時間が30分しかなかったことが多くを物語っています。あえて合意した点があったとすれば「協議を継続」することでしょうか。
今回、米国側は明らかに準備不足でした。直前のタイミングでイスラエルによるイランへの大規模な空爆という緊急事態が発生し、トランプ大統領はこの問題に対処するためカナダでの日程を大幅に短縮せざるを得なくなったという事情もありました。しかし、それ以前の問題として、4つの要因が米国の対日交渉の消極姿勢をもたらしていたと思います。
米国は中国を最優先し、他国との関税交渉は急がない姿勢
第一に、米国の関税交渉相手としては、中国が断トツに重要になっていることです。中国はトランプ関税に対して強力な報復措置を講じ、とくにレアアースの輸出規制を強めたことで米国の自動車生産が一部で停止に追い込まれるという事態に至っていました。本来、2025年5月12日の「ジュネーブ合意」によって中国はレアアースの輸出再開を米国に約束したはずでしたが、実際の出荷は滞っており、6月9~11日にはロンドンでこの問題を協議する必要が生じました。「ロンドン合意」で、中国は再度、レアアースの輸出を約束しましたが、6ヶ月間という時限措置になるなど中国の渋い対応が目立ちました。対する米国側も、半導体の輸出規制やフェンタニル(合成麻薬)の管理不備を理由とした20%の追加関税を解除しておらず、歩み寄りは最小限にとどまっています。米国は対中交渉に相当のエネルギーを投入しないといけない状況が続きます。
第二に、その影響で、米国は中国以外との交渉を急がない姿勢を示し始めました。ベッセント財務長官は6月11日、4月9日から7月9日までの「90日間停止」の期間に入っている各国への相互関税措置について「誠意ある交渉をしている国・地域に対しては、誠意ある交渉を続けるために期日を延ばす」と述べました。一方、その翌日、対中関税交渉についてメディアに質問されたのに対して同長官は、5月12日にジュネーブで合意した8月12日の「停戦期限」について「そのうち分かる」と、明言を避けています。中国側は期日を延長しない強気の構えとされます。
トランプ政権は自動車産業を特別視
第三に、トランプ政権は保護すべき国内産業のなかでも特別に自動車産業を重視する姿勢が一貫しています。2024年の大統領選のキャンペーンで共和党が掲げた貿易政策の6箇条では、「中国からの戦略的独立の確保」「米国自動車産業の保護」という2項目だけが突出して具体的でした。国別では中国だけ、産業別では自動車だけをそれぞれ名指ししているのです。
第四に、分野別の高関税政策で米国への投資を喚起する、という戦略に、トランプ政権は自信を深めている可能性があります。日本製鉄(5401)のUSスチール買収をめぐっては、トランプ大統領は買収承認に先立って鉄鋼・アルミ関税を50%に「倍増」させ、一方で日本製鉄の米国内での巨額の設備投資計画(2028年までに総額で約110億ドル)を引き出しています。国内外のメーカーの米国での設備投資を呼び込むことを狙って、自動車関税がさらに引き上げられるリスクも払しょくできないのが実情です。実際、トランプ大統領は6月12日、「この関税をそう遠くない将来に上げるかもしれない」「上げれば上げるほど(自動車メーカーは)ここに工場を建てる可能性が高くなる」と述べています。
自動車関税が「居座る」ことは想定通り
以上のような理由から、日米関税交渉は進捗が遅れ、とくに自動車関税の引き下げは難易度が高いことが明らかになってきています。参院選の投開票は7月20日が有力視されていますが、それまでに自動車関税の引き下げが決まる可能性は低そうです。日本側の事情としては、選挙前は様々な利害調整(例えば米国からの農産品の輸入拡大)が通常以上に難しくなります。また、対米輸出台数の多い日本と韓国は、ある程度の共同歩調をとる調整が必要になるかもしれません。
では、これは株安材料かというと、それはまた別問題です。野村は、日本株見通しの前提となる企業業績について、2025年度は3%の減益、2026年度は5%の増益を見込んでいます。そこでは、自動車関税が25%のまま居座るというシナリオを想定しています。したがって、自動車関税は「下がればポジティブ、上がればネガティブ、据え置きなら中立」と考えられます。
イスラエル・イラン情勢のリスクは限定的とみる理由
関税以外の要因として、中東情勢と日米景気についても簡単に触れておきます。まず、イスラエル・イラン情勢については、追加的な原油高のリスクは限られるというのが基本観です。(1)世界の原油生産に占めるイランのシェアは4%に過ぎない、(2)軍幹部や重要施設を失ったイランは反撃能力が大きく低下し、停戦交渉を優先、(3)ホルムズ海峡封鎖という強硬手段は原油価格に敏感なトランプ大統領の「参戦」リスクを高めるため非現実的、といった理由が挙げられます。
日米景気については、これまでのところトランプ関税の影響がほとんど表れていない状況です。あえて言えば、米国の雇用統計がやや低調ですが、これはコロナショック以降の季節調整の乱れの影響を受けており「実体はそこまで悪化していない」という見方があります。アトランタ連銀が算出しているナウキャストでは、4-6月期の実質GDP(国内総生産)は前期比年率+3.5%ペース、という好調ぶりです。一方、日本の鉱工業生産統計では、5・6月の生産計画が電子部品・デバイスや機械などで強気になっています。また、非製造業の企業マインドも足下にかけて堅調に推移しています。
日米景気は堅調の見通し、日経平均は42,000円への上昇軌道にのっているか
もちろん、関税の悪影響として今後、6月以降の米国のインフレ上昇と消費の減速、7-9月期の日本景気への波及といった展開には注意が必要です。一方で、足下までの景気指標については「警戒したほどトランプ関税の悪影響は出ていない」という状況です。また、2025年度の設備投資計画についても、6月12日に公表された「法人企業景気予測調査」(内閣府・財務省)では、前年比+7.3%というまずまずのプラスの伸びになっています。日経平均株価は2年後(2027年6月)に42,000円という上昇軌道にのっていると見ています。先行き、「関税の悪影響が想定よりも小さい」という追加情報が続けば、ターゲットを前倒しで達成する可能性も出てくるでしょう。

- 野村證券 市場戦略リサーチ部長 池田 雄之輔
- 1995年野村総合研究所入社、2008年に野村證券転籍。一貫してマクロ経済調査を担当し、為替、株式のチーフストラテジストを歴任、2024年より現職。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。現在、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」に出演中。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。