2025.07.11 NEW
8月1日からの新関税率が新興国に与える影響 対ブラジルは50%を表明 野村證券・岡本佳佑
写真/タナカヨシトモ
7月7日と9日(ともに米国時間)、トランプ政権は8月1日から計22ヶ国に対して新しい関税率を適用すると公表しました。当初は7月9日を交渉期限としていましたが、事実上の延期を意味します。トランプ関税による新興国のマーケットや経済に与える影響について、投資情報部シニア・ストラテジストの岡本佳佑が解説します。
米国がブラジルに50%の関税を表明
- トランプ大統領は7月7日の14ヶ国に続き、7月9日には新たに8ヶ国の新しい関税率を表明しました。ここまでの動向をどのように見ていますか。
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まずこちらが新たな関税率の一覧です。
(出所)ホワイトハウス、通商代表部、国際貿易委員会(USITC)より米国野村證券作成
新興国に対する8月1日からの新しい関税率の多くは30%前後で、4月2日時点から大きな変化はありませんでした。ただ、大きく景色が変わったのはブラジルです。当初の5倍となる50%の関税率を適用されると表明されました。
- なぜブラジルに突然高い関税率を表明したのでしょうか。これまでブラジルは世界の中でも関税の影響を受けにくいと思われていました。(参考記事:相互関税が新興国株式・経済に与える影響を整理 特に打撃を受ける国は)
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米国にとって貿易黒字国であるブラジルに対して高い関税率を課すことは、日本や韓国などとは異なる理由のように見えます。トランプ大統領は自身と親しいブラジルのボルソナロ前大統領が同国で裁判にかけられていることなどを問題視した模様です。ブラジル政府は反発の声を出しており、報復関税をかける可能性もあります。さらなる関係悪化には注意が必要です。
- ブラジル経済にもネガティブな影響がありますよね。
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ブラジルにとって米国は中国に次ぐ貿易相手国で、輸出の規模も全体の約10%を占めるため、多少なりとも影響が出てくる可能性はあると考えています。ただしブラジル経済は内需主導型で、輸出に依存している国に比べると大きなダメージにはならないのではないかと見ています。
引き続き、8月1日の交渉期限までの各国の関税交渉の行方に注目が集まります。米国との関税交渉が最も進んでいるトップランナーとみられているインドネシアやインドは、8月1日までに合意に至る可能性もあります。一方、高い関税率を通告され、急速に米国との関係が悪化しているブラジルは期限内の合意は厳しいかもしれません。南アフリカは、トランプ大統領が首脳会談で南アフリカで白人が迫害を受けていると主張するなど、関係が悪化しています。タイも政情不安を抱えており、こうした国々は期限までの合意が難しい可能性があります。
ベトナムの関税率20%が交渉の目標に
- 新興国では、ベトナムがいち早く関税交渉で合意に至りました。ベトナムの関税交渉の結果は、他国にどう影響するでしょうか。
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東南アジア諸国にとっては、他国に先んじてアメリカと20%の関税率で合意を結んだベトナムが今後の関税交渉において基準になってくると考えています。タイやカンボジアの関税率は36%、バングラデシュも35%と、アジアの一部の国は30%台と高い数字になっています。これらの国は、ベトナムの20%の関税率までの引き下げを目指し、交渉を進めるのではないかと見ています。
- 第三国からベトナムを経由した輸出については、40%の関税率が適用されることになりました。これはどのような意味でしょうか。
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第一次トランプ政権が中国に対して関税を課したことを機に、中国からベトナムに製造拠点がシフトする動きがみられました。40%の関税は、主に中国からベトナムを経由した輸入品に対する関税を強化するという狙いがあると思われますが、「第三国からベトナムを経由した輸入品」が何を指しているか現時点では明確ではありません。つまり、中国で作った完成品をベトナムで積み替えて米国が輸入した製品のみを指すのか、あるいは中国から輸入したものをベトナム国内でさらに加工して米国が輸入した製品も含むのかなど、どのようなケースが40%の関税の対象となるかが不透明です。
- 他の東南アジアの国々に対しても、このような迂回輸出に関する関税強化は課されることになるでしょうか。
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可能性はあります。しかしラオス、カンボジアなどは、製品を加工する能力が乏しいため、影響度としてはベトナムのほうが大きいのではないかと思います。
新興国株は金融緩和が追い風になる可能性
- 第二次トランプ政権以降、不透明感から米ドル離れを指摘する見方もあります。新興国通貨への影響はどう整理すべきでしょうか。
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米ドル離れの資金の受け皿になっているのは、主にユーロやスイスフランなどの先進国通貨ですが、一部はメキシコペソやブラジルレアルなどにもにじみ出ていました。政治が比較的安定していて、金利が高く、さらにトランプ関税の影響も受けにくいという点から、中南米の通貨が買われていました。
しかし、今回、ブラジルに50%の関税が課されると公表された後、ブラジルレアルは対ドルで下落しています。
(注)データは1分足で、直近値は2025年7月10日00時00分~7月11日5時58分まで。
(出所)ブルームバーグより野村證券投資情報部作成
2025年に入り、ブラジルレアルは対米ドルで上昇してきましたが、高関税の発表は短期的に嫌気される可能性も考えられます。対照的に、東南アジアや東欧の新興国の通貨の注目度が高まることになるかもしれません。
- 新興国の株式市場についての見通しはどう見ていますか。
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金融緩和は株価にとって追い風です。メキシコでは政策金利の引き下げに伴って株価も上昇傾向にあります。メキシコ、インドは先行きも利下げする方向にあり、ブラジルは利上げ打ち止めの局面を迎えています。また、この先FRB(米連邦準備制度理事会)が利下げを再開すれば、通貨安を警戒して思い切った利下げに踏み切れなかった中銀は利下げを決定しやすくなります。したがって、新興国株を見る上では米国の利下げタイミングも注目ポイントになるとみています。

- 野村證券投資情報部 シニア・ストラテジスト
岡本 佳佑 - 日本経済のエコノミスト、米国株、欧州株ストラテジストなどを歴任。2024年12月より投資情報部に在籍し、ブラジル、メキシコ、トルコの政治・経済情報などを提供。個人投資家を対象に、分かりやすい情報提供を心掛ける。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。