2025.09.08 NEW
石破首相、辞任表明 マーケットへの影響は? 日経平均株価は一時最高値上回る 野村證券・岡崎康平
撮影/タナカヨシトモ(人物)
石破茂首相が7日に自民党総裁の辞任を表明し、8日の東京株式市場では日経平均株価が一時4万3838円まで上昇して8月18日に付けた過去最高値(4万3714円:引け値ベース)を上回る場面がありました。気になるのは次の総裁選び。すでにメディアでは複数の候補者の名前も挙がっていますが、今後控える自民党総裁選や政治動向は日本株式にどう影響するのでしょうか。野村證券チーフ・マーケット・エコノミストの岡崎康平が解説します。なお、野村證券では選挙結果そのものについての予想は一切行っていません。
高まる財政拡張期待
- 石破首相の辞任表明を受けて株価は大きく値上がりしました。なぜでしょう。
次の総裁による財政拡張への期待が高まったからでしょう。メディアで挙げられた候補者の顔ぶれを見ると、強烈な財政緊縮志向を持つ候補は見当たりません。石破総裁は首相として経済を重視しつつも、財政規律への配慮も端々に見られていました。例えば、当初想定していた2025年度補正予算では、財政支出の規模を税収の上振れ分の範囲内にとどめ、赤字国債に頼らない方針を示していました。財政拡張への積極性が増し得る展開になったことが株価を押し上げていると考えられます。
- 株式市場の関心は総裁選に移っています。何に注目していますか。
総裁選での注目ポイントは3つあります。①総裁選がいつ・どのように実施されるか、②誰が立候補するか、③経済政策にどのような影響があるか、です。
各メディアの報道によると、①については全国の党員などによる投票も行う「フルスペック方式」が採用される可能性があります。党員投票を省略する「簡易型」と比べて手続きに時間がかかる方式であり、次期総裁が決まるのは早くとも10月上旬になりそうです。
②の候補者については、前回の総裁選で立候補した面々の名前が挙がっています。メディアの報道を見る限り、前回決選投票で敗れた前経済安全保障相の高市早苗氏、1回目の投票で3位だった現農林水産相の小泉進次郎氏に市場の注目が集まりやすいでしょう。③に関しては、全体観として財政政策に前向きな候補者ばかりですが、中でも高市氏は特に財政拡張色が強い印象があります。
新政権に求められる経済対策
- 自民党は少数与党です。新総裁の下での政権運営にはどんな課題がありますか。
今すぐにではないにせよ、新総裁の下で早期に衆院解散・総選挙に踏み切る可能性は少しずつ高まっていくでしょう。ここ数回の選挙では、積極財政を掲げる野党の一角が急速に存在感を増してきました。新総裁就任後の連立政権の枠組みがどうなるかは不透明ですが、少数与党として結果を残し、次期衆院選につなげるためには、経済対策で有権者の関心に応えなければなりません。
- 具体的にどんな経済対策が求められるでしょうか。
石破政権が公約に掲げていた政策は、参院選で自民党が敗北したことを踏まえると実現可能性が低下したと考えています。世論調査を見る限り、全国民に一律で給付金を支給する政策も賛否両論です。こうした現状を踏まえて、自民党が新機軸の政策を打ち出せるかがポイントになるでしょう。
特に重視すべきだと考えているのは、供給力の強化です。日本は、国内で開発されたITサービスなどを海外の人に利用してもらう以上に、日本人が海外のITサービスなどを利用する「デジタル赤字」が続いています。こうした構造を変えるためには、成長分野を中心とした設備投資の増加、研究開発の促進、人的資本の蓄積などに資する政策が欠かせません。
内閣府が8日発表した4~6月期のGDP改定値は、速報値と比べ個人消費が上方修正され内需回復への確度が高まった一方で、設備投資は下方修正されました。設備投資の鈍さが景気回復の足かせとならないためにも、供給力強化は喫緊の課題です。
もちろん、物価高対策も必要なので、需要をサポートする政策も想定されます。厳しい政権運営が求められる新政権下では、野党が訴える所得税や消費税の減税、ガソリンの暫定税率廃止などが考えられます。野党の主張とどのように折り合いをつけるのか、注目しています。
日銀の利上げ時期後ずれも
- 総裁選は日銀の金融政策にも影響がありそうですか。
新政権のもと、財政拡張的な経済対策が策定されるならば、経済・物価見通しには上振れリスクが生じます。しかし、日銀がいま警戒しているのは、米国の関税政策による景気下押し効果です。それを見極めたい日銀の基本姿勢は、総裁選実施を受けても変わらないでしょう。
また、現在の国際環境を考えると、新総裁の誕生が新たな波乱を生むリスクも考慮する必要があります。石破政権のもと、日本は7月23日に貿易合意に到達しました。9月4日(米国時間)には、懸案だった関税引き下げ時期についても大統領令の発出を確かなものにするなど、石破政権とトランプ政権の間で関税交渉は一定の進展を見たわけです。総裁選後の新政権が、このいったん落ち着いた貿易交渉の状態を維持できるかどうかも、日銀としては見極めたいかもしれません。
日銀にとって経済政策や政治の動向を確かめるのは意味ある対応です。誰が新総裁に就任したとしても、9月や10月のタイミングでの利上げを予想する向きは減る可能性があります。野村證券では2025年1月と予想していますが、さらにずれ込む可能性もありそうです。
今後の注目点
- 個人投資家は今後、どんな点に注目すれば良いでしょうか。
総裁選では財政拡張志向の候補者が並びそうであるうえ、個人消費の高まりを背景に国内景気は回復に向けた道筋をたどり、かつ日銀の利上げもしばらくは見込みにくいという状況です。国内要因に限定すれば、株式市場には複数の追い風が吹いていると言えるでしょう。今後の注目点は、やはり新総裁が考える経済対策の中身、そして米国の景気動向でしょう。経済対策について言えば、新機軸の政策が打ち出されるか否かで、今後の政策運営に対する金融市場の見方も変化していくと思います。しっかりと内容を見極める必要があるでしょう。

- チーフ・マーケット・エコノミスト
岡崎康平 - 2009年に野村證券入社。シカゴ大学ハリス公共政策大学院に留学し、Master of Public Policyの学位を取得(2016年)。日本経済担当エコノミスト、内閣府出向、日本経済調査グループ・グループリーダーなどを経て、2024年8月から、市場戦略リサーチ部マクロ・ストラテジーグループにて、チーフ・マーケット・エコノミスト(現職)を務める。日本株投資への含意を念頭に置きながら、日本経済・世界経済の分析を幅広く担当。共著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞社)がある。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。