2025.10.31 NEW

日銀決定会合、政策金利据え置きは妥当なのか 利上げの決め手を解説 野村證券・美和卓

日銀決定会合、政策金利据え置きは妥当なのか 利上げの決め手を解説 野村證券・美和卓のイメージ

撮影/タナカヨシトモ(人物)

日本銀行は2025年10月29~30日に開いた金融政策決定会合で、政策金利を据え置きました。金融市場では次回(12月18~19日)やその次の回(2026年1月22~23日)の決定会合での利上げ観測が強まっていますが、一方で外部環境の先行き不透明感も根強く残ります。利上げの決め手となる要素は何でしょうか。植田和男総裁の記者会見を踏まえ、野村證券金融経済研究所エグゼクティブ・エコノミストの美和卓が詳しく解説します。

日銀決定会合、政策金利据え置きは妥当なのか 利上げの決め手を解説 野村證券・美和卓のイメージ

高市政権発足後も変わらない日銀の姿勢

植田総裁の記者会見の印象はどうでしょうか。

高市早苗政権発足後に初めて開かれた決定会合と総裁会見でしたが、コミュニケーション(情報発信)のあり方も大きく変わっていないように見えます。経済・物価の見通しが想定通りに推移すれば政策金利を引き上げる、という方向性はこれまでと同じで、「高市政権が誕生したから利上げを遅らせなければならない」というニュアンスも、植田総裁の会見の中ではありませんでした。

決定会合では、政策金利の据え置きに対して2人の審議委員が反対し、利上げを提案しました。ただ、その根拠も前回(9月17~18日)とまったく同じで、他の審議委員の考え方が変わってきている雰囲気も、今のところはありません。

株高は利上げの根拠として不十分

日経平均株価が連日で史上最高値を更新するなど、日本の株式市場は大きく値上がりしています。利上げに踏み切る理由にはならなかったのでしょうか。

日銀が30日に発表した「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」では、株価や不動産価格の過熱感を示唆するコメントがありました。しかし、金融システムの全体観については「安定性を維持している」とし、すぐに不安定化にはつながらないと評価しています。もちろん株価の動向には注意を払う必要があるものの、株価や不動産市況の過熱が実体経済に影響しているのでなければ、利上げの根拠としては不十分です。

足元の円安は輸入インフレに影響していない

外国為替市場では円安・米ドル高も進んでいます。

円安が過度に進む(進みそうな)場合は、利上げの理由になります。1ドル=161円台まで円安・ドル高が進んだ2024年7月は財務省が為替介入し、日銀も政策金利を0.25%引き上げました。ただし、当時利上げをしたのは、円安によって輸入インフレが高進し、その結果、インフレ目標である2%を超えて上昇しすぎるリスクがあったためです。

日銀が発表する企業の輸入物価指数を見ると、当時と今の違いがはっきりしています。2024年6月から7月にかけて、円ベースでの輸入物価指数は前年比でおよそ10%上昇していました。一方、2025年9月の速報値は同マイナス0.8%と、ほぼ横ばいです。つまり、円安によって輸入物価が上がっている兆候はなく、国内の基調的なインフレ動向には影響を及ぼしておらず、利上げをする理由にはなりにくいと考えています。

本当に来年もインフレが続く?

総務省が発表した9月の消費者物価指数(生鮮食品除く)は前年同月比2.9%上昇でした。輸入インフレが進んでいないとはいえ、やはりインフレ高進は沈静化させる必要があるのではないでしょうか。

日銀が重視しているのは足元のインフレではなく、インフレの持続性です。物価が上がると家計は消費を抑えるため、その後インフレが鎮静化していくことも考えられます。すでにコメを中心とした食料品価格の上昇によって家計の消費が減速しており、物価の下押し圧力を高めています。一方で、食料品価格の上昇が一服すれば、2026年の消費者物価指数は、前年比で伸びが緩やかになり、家計消費の再加速や基調的なインフレの持ち直しにつながる可能性があります。

こうしたデータが見え始めるのは、2026年の中頃でしょう。それまで利上げを待ち、消費の回復度合いや賃金の伸びを見極めるという選択肢もあり得ると考えています。しかし、記者会見で植田総裁はそうした点に触れていませんでした。「利上げに慎重」と受け止められるのを避けるために、意図的に説明しないのかもしれません。

賃上げの実現性に注目

では、利上げに踏み切る根拠として植田総裁が注目している指標は何でしょうか。

植田総裁は記者会見で賃金動向について繰り返し言及し、2026年の春季労使交渉(春闘)に向けた労使の対応方針を見極める姿勢を示しました。ただ、3月の交渉妥結まで待つのではなく、「初動のモメンタム」を注視するとも語りました。

例年、春闘は1月ごろにかけて大まかな方向性が見えます。日銀が前回0.5%への利上げをしたのも2025年1月でした。春闘は強い結果になると見ており、1月に利上げに踏み切る可能性は高いと考えています。

外部環境の先行き不透明感が根強い中、賃上げは本当に実現するのでしょうか。

確かに、植田総裁も春闘については「自動車関係は注意深くみていきたい」などと述べていました。トランプ関税など米国の通商政策を取り巻く不確実性は残っています。関税コストの上乗せ分を価格転嫁していない企業もあるとみられ、そうした状況でも賃上げが実現するのか、注視する必要があります。

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野村證券 金融経済研究所 エグゼクティブ・エコノミスト
美和 卓
1990年野村総合研究所入社。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。2004年野村證券に転籍。2024年4月より現職。国内・海外のプロの投資家に対して、日本と世界の経済に関する分析、見通しを提供する一方、一般向けに経済、金融の仕組みを分かりやすく解説。著書に『金利「超」入門』(日本経済新聞出版社)など。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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