2025.11.07 NEW

DeepSeekはなぜ強いのか、10年ぶり高値をけん引する中国AI関連銘柄 野村東方国際証券

DeepSeekはなぜ強いのか、10年ぶり高値をけん引する中国AI関連銘柄 野村東方国際証券のイメージ

中国株式市場に投資家の資金が向かっています。中国を代表する株価指数である上海総合指数は10月29日に約10年3ヶ月ぶりの高値を付けました。2025年の年初来上昇率は約18%(10月31日時点)と、米国のS&P500(約16%、同日時点)を上回っています。中国本土の2市場に上場する有力企業300社で構成するCSI300指数も高値水準にあります。DeepSeek(ディープシーク)をはじめとする中国AI関連企業の発展が目覚ましく、テクノロジー業種の株価上昇が市場のけん引役となっています。DeepSeekが誕生した背景や中国AI関連企業の強みなどについて、野村東方国際証券の電子・自動車セクターチーフアナリストの戴潔、A株(中国本土株)ストラテジーアナリストの宋勁が解説します。野村東方国際証券は中国を拠点にビジネスを展開する、野村グループの総合証券会社です。

中国株高をけん引するAI関連企業の成長

中国株式市場の上昇トレンドが続いています。背景には何があるのでしょうか。

中国の金融緩和政策の影響が大きいと考えています。中国人民銀行(中央銀行)は2024年9月に金融市場への大規模な資金供給や政策金利の引き下げなどを発表して以降、緩和的な金融政策を続けており、投資家の心理改善につながっています。また、米中間の貿易交渉の進展やFRB(米連邦準備制度理事会)による利下げ継続への期待感の高まりなども、支援材料になっています。

どのようなセクターが株価の上昇をけん引しているのでしょうか。

上海証券取引所、深セン証券取引所に上場している主要企業300銘柄で構成するCSI300指数は2025年に入り約18%上昇しています(10月31日時点)。上昇が目立つセクターは非鉄金属や通信、電子部品です。非鉄金属は資源価格の上昇による影響を受けているとみられます。通信、電子部品についてはAI関連産業の成長が追い風になっています。中国内需が力強さを欠き食料品、石油化学、石炭といった高配当銘柄への関心が後退しており、多くの投資家はAI関連産業を中心としたテクノロジー関連銘柄に注目しています。

DeepSeekはなぜ生まれたのか

中国でAIと言えば、DeepSeek(ディープシーク)を思い浮かべる人も多いかもしれません。

DeepSeekは、2023年7月にクオンツ(数量分析)に優れたヘッジファンドである幻方量化(High Flyer Quantitative、以下ハイフライヤー)の創業メンバーだった梁文鋒氏らが中国・杭州で設立した、AI開発会社です。同社は迅速な商用化よりも技術革新を優先し、大規模な資金調達を行わず、オープンソースのLLM(大規模言語モデル)の開発に専念しています(注)。

(注)オープンソースとは利用者にソースコード(プログラムの設計図)が公開され、自由な改変、再配布を許可した開発モデルやソフトウェアのこと。

DeepSeekが生まれた背景には、3つの要素があると考えています。

1点目は国策です。中国政府は第14次5ヶ年計画(十四五計画)で2025年までの経済・社会の運用方針を定め、2017年策定の「新一代人工知能発展計画」では「2030年までに中国をAIの世界的なリーダーにする」という目標を掲げています。その中でAIを戦略分野と位置付け、オープンソースLLMの開発とコア技術の国産化を重点支援しており、最高で数千万元にのぼる資金援助や税制優遇を提供しています。ハイフライヤーはこの国策に沿って政策支援を受けつつ、AIの先端分野に進出するために、DeepSeekを立ち上げました。

2点目としては豊富なリソースです。ハイフライヤーにはそもそも数学や機械学習に強いエンジニアが多数在籍しており、大規模なデータを処理できるサーバー設備なども整っていました。高度な技術力とインフラが備わっていたため、大規模な資金調達がない中でもスムーズにAI開発を進めることができました。

3点目は市場ニーズの高まりです。2023年ごろの中国のAI市場では、海外で開発されたモデルが中国語に対応していなかったり、セキュリティーに課題があったりしました。中国語に最適化されたモデルを利用したいという国内のニーズの高まりも、DeepSeekの誕生を後押ししました。商用化を優先した他社製品との差別化も、同社の存在感を高めるのに一役買ったと考えています。

DeepSeekとオープンAIの違いとは

米国には対話型AIの「ChatGPT」で有名になったオープンAIがあります。DeepSeekとの違いはどこにあるのでしょうか。

DeepSeekは課題解決や多段階推論(注)に強みを持ち、数学やプログラミングコードなどが他の AI モデルよりも優れているとみなされています。また教育分野の問題解決、金融データ分析、文献整理などの分野でも、高い能力を発揮しています。

(注)AIにおける推論とは、あるモデルが新しいデータを入力された際に、学習した知識を応用して予測し、結論を導き出すプロセス。プロセスをより細かく実行するのが多段階推論で、より精緻な結論を求めることができる。

その背景にあるのがアーキテクチャ(構造)の違いです。DeepSeekはMoE、MLA、MTP(注1)といった複数の技術を組み合わせています。オープンAIは「GPT-4」以前のバージョンはすべてTransformer(注2)を採用しており、GPT-4はMoEを採用しています。

(注1)MoE=複数のエキスパート(専門知識)を組み合わせる技術、MLA=情報の質を維持しつつ処理速度を高める技術、MTP=複数のトークン(テキスト処理の基本単位)を予測する技術
(注2)Transformer=文章や文脈を理解する技術

コスト面でも優れており、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の費用はオープンAIを下回っているとされています。さらに、DeepSeekはモデルをオープンソースで提供しており、世界中の技術者が開発に参加することでシステムの最適化や性能向上につなげています。もっとも、AIは日進月歩の技術であり、他社がDeepSeekにすぐに追いついたとしても、不思議ではありません。

DeepSeekだけではない中国のAI関連企業

DeepSeek以外にもAI技術に優れた中国企業はあるのでしょうか。

インターネット検索エンジンを手掛けるバイドゥやEC(電子商取引)大手のアリババなどは、テキストや画像、動画、音声など複数のデータを統合処理できる「LMM(大規模マルチモーダルモデル)」の高度化を進めています。画像を基にした技術文書の作成や国際会議での通訳など、さまざまな分野に応用できるよう研究を進めています。

また、製造業や医療分野でもAIの活用が広がっています。大手IT企業であるファーウェイの子会社、ファーウェイ・クラウドが開発した「パングー・ラージ・モデル」は部品の小さな欠陥も高精度で検出できるほか、AIで設備故障を事前に察知して工場停止期間を短縮するなど、製造現場で活用されています。医療系AI企業のインファービジョンが開発した「胸部CT AI診断システム」は、医師よりも速く肺がんを見つけて迅速な治療につなげることができるとされています。

このほか、AI関連のビジネスを手掛けている企業はいくつもあり、サービス開発だけではなくAI技術に欠かせない部品などを製造している企業もたくさんあります。以下はそうした事業を展開する上場企業の一例です。

中国の株式市場に上場するAI関連製造業
サーバー用部品(AI半導体) カンブリコン・テクノロジーズ(中科寒武紀科技)
サーバー用部品(AI半導体) ハイゴン・インフォメーション・テクノロジー(海光信息技術)
サーバー用部品(メモリー) ギガデバイス・セミコンダクター(兆易創新科技集団)
サーバー用部品(メモリー) モンタージュ・テクノロジー(瀾起科技)
サーバー用部品(CPO、注1) ヂョンジー・イノライト(中際旭創)
サーバー用部品(CPO) イオプトリンク・テクノロジー(成都新易盛通信技術)
サーバー用部品(PCB&CCL、注2) ビクトリー・ジャイアント・テクノロジー(勝宏科技)
サーバー用部品(PCB&CCL) グァンドン・シェンイー・サイ・テック(広東生益科技)
サーバー用部品(コネクター) フォックスコン・インダストリアル・インターネット(富士康工業互聯網)
サーバーODM ドーニング・インフォメーション・インダストリー(曙光信息産業)

(注1)CPO=光学部品と半導体チップをパッケージ化する技術
(注2)PCB&CCL=プリント回路基板(PCB)、銅張積層板(CCL)
(出所)野村東方国際証券作成

中国のAI関連企業の強みは何でしょうか。

中国はインターネットの利用者が10億人を超え、約40万社の製造業を抱える、世界有数の巨大市場です。AIの実用化に向けて必要なデータや想定される利用シーンも豊富にあります。そうした市場のニーズに中国語で速やかに応えられるため、増大する国内需要を収益に結びつけやすいと言えます。

また、中国のAI企業はファーウェイやテンセントといった大手IT企業などと緊密に連携し、技術開発から企業への導入、データのフィードバックのサイクルを加速させており、米国企業よりも技術の実用化や収益化が早い特徴があります。

さらに、中国のAI企業は米国企業と比べ人件費やインフラのコストが低く抑えられており、外資の類似サービスと比べて安価で利用できるため、導入側のメリットも大きいです。バイドゥやDeepSeekなどはオープンソースを推進し、開発者コミュニティを拡大しています。そのためユーザーの粘着性が高く、技術公開が限られているとされる米国企業と比べて、優位にあると考えています。

中国のAI技術はどこまで進化するのでしょうか。

中国のLMM技術は、今後5~10年かけてテキストや画像、動画、音声に加えて環境データ(温度や振動)、物理操作データまで統合する方向に進んでいくと考えています。例えば工場でAIを活用するシーンでは、AIによる設備異常のリアルタイム検知、原因分析、修理方法の提案、ロボットへの操作指示という一連の流れを、すべて自律的に処理できるようになるかもしれません。

また、政府系研究機関は2035年までの「AGI(汎用人工知能)の基礎技術確立」を目標に、脳科学とAIの融合(ヒトの脳を模倣するニューラルネットワーク)に資金を集中投下し、LMMの能力を一段と高めようとしています。各産業においても、従来の表面的な効率改善を目指すのではなく、全工程の自動化や高付加価値化が進められています。

中国政府はこうしたAI技術の進化を後押しするため、コア技術の海外依存リスクの解消に向けて動いています。AI向け半導体チップの自主開発・生産を戦略的に重要な分野に位置づけ、半導体ファンドを設立しました。数千億元の資金を投じ、「半導体サプライチェーン」の自立化を推進しています。

大型テクノロジー株を中心に、中国株式市場への資金流入は続く見込み

中国株式市場の見通しについて教えてください。

米国と中国は貿易交渉を継続的に進めており、米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席は10月30日に韓国で会談しました。中国のレアアース輸出規制の一時停止、米国の対中追加関税率の引き下げなどで合意しました。中国と米国の関税問題は解決に向けて進展しているとはいえ、道筋はなお不透明で、短期的には貿易交渉を巡り一喜一憂する展開が見込まれます。その分、株式市場の値動きも大きくなる可能性があります。

ただし、中長期的には、理財商品(投資信託に似た金融商品)や保険資金などの機関投資家による継続的な資金流入が期待でき、株式相場の下支えにつながるでしょう。AI技術が進化する中、高い成長力が期待できる大型テクノロジー株などが引き続き株式市場の中心になると考えています。

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野村東方国際証券 電子・自動車セクターチーフアナリスト
戴潔(ダイ・ジェ)
2020年9月に野村東方国際証券に入社し、電子・自動車セクターのチーフアナリストを務める。主に中国の電子部品業界で、2021年下半期以降は自動車の自動運転、水素エネルギー、炭素繊維分野の投資チャンスを深掘りしている。以前は日本のゴールドマン・サックスに2年間在職し、日本の電子部品セクターを担当するとともに、ゴールドマン・サックスのアジア太平洋地域のテクノロジー部門における共同リサーチに深く関与した。日本のSMBC日興証券では6年間在職し、日本の自動車および電子部品セクターをカバーした。日本と中国の製造業に関するリサーチ業務に計8年間従事しており、中日比較や国際的なサプライチェーン研究に独自の視点を持つ。
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野村東方国際証券 A株(中国本土株)ストラテジーアナリスト
宋勁(ソン・ジン)
2019年12月に野村東方国際証券に入社し、現在までA株(中国本土株)ストラテジーアナリストを務める。以前は申港証券でA株ストラテジーのチーフアナリストおよび消費財セクターのアナリストを務めていた。申港証券入社前は、東興証券と元大証券でそれぞれアナリストおよびリサーチアシスタントを務めていた。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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