2025.11.25 NEW

高市内閣の21.3兆円経済対策をどう評価するか? 積極財政と財政規律を両立 野村證券・岡崎康平

高市内閣の21.3兆円経済対策をどう評価するか? 積極財政と財政規律を両立 野村證券・岡崎康平のイメージ

撮影/タナカヨシトモ(人物)

11月21日、政府は臨時閣議を開き総合経済対策を閣議決定しました。21.3兆円の規模となった高市内閣の経済対策をどのように評価するか、野村證券チーフ・マーケット・エコノミストの岡崎康平が解説します。

高市内閣の21.3兆円経済対策をどう評価するか? 積極財政と財政規律を両立 野村證券・岡崎康平のイメージ

経済対策はバランスの取れた規模に

11月21日に、高市内閣が経済対策を閣議決定しました。一般会計では17.7兆円、減税や特別会計を含めた「国費」ベースでは21.3兆円の規模です。国費ベースで、前回の経済対策規模と比較すると、+44%の大幅増となりました。

ただ、財政規律への配慮もしっかり感じられる内容です。2025年度の新規国債発行額が前年度を下回る見込みであるほか、自民党「責任ある積極財政を推進する議員連盟」の提言(補正予算で25兆円規模)から規模は抑制されています。また、戦略17分野の投資促進策では、「賢い支出」を担保しうる「ダイナミック・スコアリング」という枠組みが導入されることになりました。

全体を俯瞰すると、積極財政スタンスと財政規律への配慮のバランスが取られた経済対策と評価できます。

経済対策は3本柱+予備費で構成されています。具体的には、物価高対策(11.7兆円)、投資促進策(7.2兆円)、安全保障(1.7兆円)、予備費(0.7兆円)です(いずれも国費ベースの計数)。それぞれの注目点を確認します。

物価高対策:標準世帯には年間11万円強の財政支援

物価高対策(11.7兆円)では、インフレに直面する家計・企業への支援策が並びます。主だった施策としては、

(A)重点支援地方交付金(2兆円)

(B)電気・ガス料金負担軽減支援事業(0.5兆円)

(C)ガソリン暫定税率の廃止(1.0兆円)

(D)子育て応援手当(0.4兆円)

(E)年収の壁見直し(1.2兆円)が挙げられます。

これら施策の合計は5.1兆円であり、マクロの家計可処分所得を1.5%ほど押し上げることが期待されます(2024年度の家計可処分所得は約338兆円)。「標準世帯」(夫婦と子供2人、有業者は1人のみの世帯)を想定すると、今後1年程度の可処分所得が11.1万円増加する計算です。2026年度に向けて個人消費の追い風になると考えられます。

投資促進策:戦略17分野の支援策はまだ財源が見えない

投資促進策(7.2兆円)には、経済安全保障、食料安全保障、エネルギー・資源安全保障、国土強靱化、未来投資の拡大が掲げられました。ただし、現時点では各項目の予算措置額は明らかではありません。具体的な支援規模については、11月28日(金)に閣議決定と目される補正予算の内容を確認する必要があるでしょう。

経済安全保障では、日本成長戦略会議で示された戦略17分野が概ねカバーされました。主だった内容を確認します。

AI・半導体では、

(1)研究開発と社会実装を促進する大胆な規制改革

(2)AIロボティクス実装拡大に向けた戦略の策定

(3)半導体・データセンター関連インフラ(道路・工業用水・電力・通信など)整備の推進

などが注目されます。

造船では、「造船業再生ロードマップ」が2025年内に策定されます。10年間の取組みに対応する基金を創設し、まずは3年分の予算を措置します。基金は、総額3,500億円規模が目指されます。なお、GX(グリーン・トランスフォーメーション)関連の取組みは別建てで並行しており、そちらを含めて官民連携による1兆円規模の投資フレームワークも策定されます。

量子技術イノベーションでは、国内開発の加速・産業化・社会実装の加速が目指されます。政府機関の情報システムのほか、金融取引における耐量子計算機暗号への円滑な移行も目指されます。

フュージョンエネルギーでは、研究開発の促進が掲げられています。本文量は少ないものの、戦略17分野として列挙される順番が上がっています(日本成長戦略会議の文書では12番目だったものが今回の経済対策では4番目に記載)。今後、予算措置を含めて政府支援の動きが活発化する可能性があります。

創薬・先進医療も、フュージョンエネルギーと同様に列挙の順番が上がりました(11番目→5番目)。革新的新薬の創出・社会実装を促進するなかで、設備投資支援が行われる見込みです。全ゲノム解析に係る事業実施組織を2025年度中に設立し、ゲノム情報基盤の整備・解析結果の利活用も進められます。

注目すべき記述としては、「AI・半導体に続き、造船、量子、重要鉱物など経済安全保障上重要な分野における危機管理投資に関し、新たな財源確保の枠組みについて検討に着手する」があります。AI・半導体分野では、2024年経済対策で定められた「AI・半導体産業基盤強化フレーム」において、政府が2030年度までに10兆円以上の支援を行う方針が財源と共に示されていました。AI・半導体フレームワークに則れば、危機管理投資についても財政投融資や財政上の余剰資金、政府資産の売却、GX経済移行債などが活用されることになります。こうした財源確保の取組みに、新機軸が加わるかが注目点です。

エネルギー・資源安全保障の強化では、原子力・地熱・ペロブスカイト太陽電池・洋上風力をはじめとする国産エネルギーの利活用が掲げられました。原子力発電については、柏崎刈羽原発の再稼働の重要性を明記するなど、再稼働に向けた意思が感じられます。GX関連施策では、電動車の購入促進が掲げられました。

国土強靱化では、2025年6月に決定された新たな「中期計画」(=5ヶ年計画)の着実な推進が謳われました。ただし「労務費や資材価格の高騰の影響等を考慮しながら、初年度(=2025年度)については令和7年度補正予算から必要かつ十分な額を措置する」とも記載されており、補正予算でやや大きめの予算が措置される可能性があります(引用文中のカッコ内は野村が追加しました)。

未来投資の拡大では、研究開発税制のインセンティブ強化、政府・大企業によるスタートアップ製品・サービスの調達促進、コンテンツ産業における国際流通機能の強化、第一類医薬品の販売区分見直しの仕組み化、社会保障制度改革の着実な実行(OTC類似薬の自己負担に係る制度設計と実施、医療費窓口負担に係る金融所得の反映)、働き方改革の実態把握などが掲げられました。

また、資産運用立国では、「地域金融力強化プラン」を包含した戦略のほか、中長期の企業価値向上を後押しする「成長投資促進ガイダンス(仮称)」が策定されます。後者では、大胆な設備投資を促進する税制の創設が目指されるようです。コーポレートガバナンス・コードの改訂(2026年夏めど)や、有価証券報告書における人的資本の情報開示充実も掲げられました。

安全保障:防衛費増額と防衛産業活性化に向けた意欲

安全保障(1.7兆円)には、防衛費の積増しと米国関税への対応が含まれます。防衛費の積増しには1.1兆円が措置される模様です。現行計画では2027年度に達成される予定だった年間11兆円の防衛関連予算が、高市首相の宣言通り、2年前倒しで実現されることになります。ドローン対処機材の早期導入や、各駐屯地・基地等の通信網、電気・水道設備投資の整備などが行われる方針です。

また、経済対策には「デュアルユースに係る開発・生産の強化に資する事業環境の改善」とも記されており、防衛産業の活性化に向けた取組みも含まれるでしょう。政府は2025年中に新たな「防衛産業戦略」を策定する構えであるほか、自民党は2026年4月にも次期「戦略三文書」(新たな防衛費増額目標や、装備品移転ルールの緩和が主な焦点)に係る提言を取りまとめる予定です(11月20日付時事通信)。2026年春にかけて、改めて防衛政策が金融市場でも注目を集めそうです。

米国関税への対応では、日米戦略的投資イニシアティブ(5,500億ドル)の着実な履行に向けて、JBIC(国際協力銀行)やNEXI(日本貿易保険)に対する財政措置が含まれるほか、関税の影響を受ける中小・小規模事業者への資金繰り支援策が含まれます。

予備費:更なる景気浮揚策の伏線か

予備費には0.7兆円が措置されました。自然災害、更なる物価高、クマ被害への対応などが想定されています。もともとの予備費残額が0.3兆円弱であることから、補正予算が成立すれば予備費は年度末までで1兆円程度確保されます。当初予算で措置される予備費が毎年1兆円程度であることを踏まえると、これはかなり規模が大きいです。2026年1-3月期中に追加の家計・企業支援策が講じられる展開や、(2025年度の使い残しが剰余金となることで)2026年度補正予算の財源に回される展開も想定されます。

経済対策には野党提案も反映された

今回の経済対策に特徴的なことは、野党による提案が一部反映されたことです。立憲民主党は重点支援地方交付金、公明党は子育て応援手当、国民民主党は自賠責保険に係る資金返済などの施策が、経済対策に反映されました。少数与党下で補正予算を成立させることと、高市内閣が目指す「責任ある積極財政」を両立する内容と言えるでしょう。政府は11月28日(金)にも補正予算を閣議決定し、12月にも国会審議に移ると見られます。国会審議の行方は予断を許さないものの、経済対策が野党にも配慮された内容になった点は予算のスムーズな成立に向けた期待を高めるものだと考えられます。 もっとも、年末に向けて税制改正大綱の取りまとめが待ち構えています。国民民主党が主張する「年収の壁」の更なる引上げなど、与野党が政策を巡って対立するリスクは残されている点に注意が必要です。

高市内閣の21.3兆円経済対策をどう評価するか? 積極財政と財政規律を両立 野村證券・岡崎康平のイメージ
チーフ・マーケット・エコノミスト
岡崎康平
2009年に野村證券入社。シカゴ大学ハリス公共政策大学院に留学し、Master of Public Policyの学位を取得(2016年)。日本経済担当エコノミスト、内閣府出向、日本経済調査グループ・グループリーダーなどを経て、2024年8月から、市場戦略リサーチ部マクロ・ストラテジーグループにて、チーフ・マーケット・エコノミスト(現職)を務める。日本株投資への含意を念頭に置きながら、日本経済・世界経済の分析を幅広く担当。共著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞社)がある。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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