2025.12.23 NEW
「米ドル離れ」のもうひとつの脅威、デジタル通貨とは? 野村證券・春井真也
撮影/タナカヨシトモ(人物)
2025年はトランプ政権の影響により「米ドル離れ」が意識されました。今後、長期視点で基軸通貨としてのドルの地位を脅かす要因として、CBDC(中央銀行デジタル通貨)が注目されています。野村證券市場戦略リサーチ部外国為替アナリスト/シニアエコノミストの春井真也が、詳しく解説します。

CBDCはドルの基軸通貨としての地位を脅かす?
- 2025年の為替市場では「米ドル離れ」懸念が台頭しました。前回の記事「米ドル離れへの思惑の追い風を受ける新興国市場 好調の背景を解説」では、米ドル離れの思惑の追い風を受ける新興国市場や金市場について論じてもらいました。他に、今後米ドルにとって脅威となりうるものはありますか。
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現時点では、米ドルの基軸通貨としての位置づけが大きく揺らぐような事態にはなっていません。しかし、その地位を脅かす可能性があるとして注目されているのが「CBDC(中央銀行デジタル通貨)」です。
CBDCとは、日本銀行によれば
(1)デジタル化されていること
(2)円などの法定通貨建てであること
(3)中央銀行の債務として発行されること
を満たすものとして定義されています。さらにCBDCには金融機関間の大口の資金決済に利用することを目的としたホールセール型、個人や一般企業を含む幅広い主体の利用を想定したリテール型の2つの形態があります。
BIS(国際決済銀行)の調査によれば、2024年においてCBDCを検討している中央銀行の割合は91%となっており、多くの中銀がCBDCへの関心を強めています。
(出所)BISより野村證券市場戦略リサーチ部作成
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CBDC発行の必要性に関しては、先進国、新興国ともに決済の効率化や安全性が重視されています。特にホールセールCBDCでは決済の効率化(クロスボーダー)への期待が高く、将来的に米ドルの一極体制や金融制裁の効果に影響をもたらす可能性があります。
新興国では2021年から中国、香港、タイ、UAE、サウジアラビア(2024年6月参加)が「プロジェクト・エムブリッジ」と呼ばれる国際決済プラットフォームの構築に向けて、ホールセール型CBDCでの協力を進めています。
また、CBDC発行後のクロスボーダー決済において、BISは統合台帳(Unified ledger)構想を提案しています。各国の中央銀行マネー、民間銀行マネーなどをトークン化(資産をデジタル形式で表章して分散型台帳上に置くプロセス)したうえで、共通プラットフォームで決済し、効率性を高める構想です。統合台帳構想が国際決済手段として実用化されれば、各国デジタル通貨間で直接かつリアルタイムの決済が可能となります。
(注)1.トークン化は資産をデジタル形式で表章して分散型台帳上に置くプロセス、2.暗号資産はインターネット上でやりとりできる財産的価値であり、「資金決済に関する法律」では次の性質をもつものと定義されている。(1)不特定の者に対して代金の支払い等に使用でき、かつ、法定通貨(日本円や米ドル等)と相互に交換できる、(2)電子的に記録されて移転できる、(3)法定通貨または法定通貨建ての資産(プリペイドカード等)ではない、3.スマートコントラクトは事前に明示された条件が満たされた場合に一定の動作を自動実行できるプログラム、4.プログラマブルはソフトウェアプログラムによって動作や設定を後から自由に変更できること、5.図表の作成において下田知行(2024)『図解ポケット 中央銀行デジタル通貨(CBDC)がよくわかる本』秀和システムを参考にした。
(出所)BISより野村證券市場戦略リサーチ部作成
- なぜCBDCによる決済の効率化が、米ドルに影響を及ぼすのでしょうか。
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例えば、ある日本企業が、タイ企業に対して多額の決済を行う必要があるとします。現時点では日本円とタイバーツ間で決済するには、日本円を一度米ドルにしたうえで、タイバーツで決済するのが通常です。日本円とタイバーツ間では流動性が高くないため、このような方法がとられます。つまり、タイバーツのような新興国通貨との間で素早く決済をしたいという企業は、米ドルをある程度保有しておくことになります。米ドルは媒介通貨としての必要性が高いことが、基軸通貨といわれる理由です。
それが、各国の中央銀行間でリアルタイム決済できるデジタル通貨が普及すると、米ドルを介する必要がなくなります。そのため、米ドルにとって脅威と言われるのです。
米国はドル建てのステーブルコインの発行拡大でドルの安定を図る
- 新興国や日本などの先進国にとってCBDCが使えるようになるのは意義深いですね。では、米国はこの流れに対してどのような立場でしょうか。
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トランプ政権はCBDCの創設に否定的であり、それを代替するものとして米ドル建てのステーブルコインの発行拡大を目指しています。ステーブルコインとは法定通貨や国債など裏付けとなる資産を担保に発行し、価格が大きく変動しないように設計された民間発行によるデジタル通貨です。
GENIUS法が2025年7月に成立して、ステーブルコインには現金や米国債など流動性の高い資産での裏付けが義務づけられるなど、規制枠組みの整備がステーブルコインの利用を一段と活発化させています。ステーブルコインのほとんどは米ドル建てで発行されており、その発行拡大はドルの基軸通貨としての安定につながる可能性があります。
主要ステーブルコインの時価総額は2025年12月2日時点で2,619億米ドルの規模となっています。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成
- では、CBDCよりステーブルコインが中央銀行間の決済に使われるようになるほうが早いのでしょうか。
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実はBISは2025年6月発行のレポートにおいて、ステーブルコインが通貨システムの主流となる要件を満たしていないとしています。その理由として、ステーブルコインが発行者の信頼性によって価格が変動すること(単一性の欠如)、発行に裏付け資産が必要なために供給を柔軟に調整することができないこと(弾力性の欠如)、民間発行ではマネーロンダリングなどへの対策が十分に実施されない恐れがあること(健全性の欠如)、などを挙げています。
また、ECB(欧州中央銀行)は2025年11月発行の金融安定報告書において、ステーブルコインで取り付けが発生すれば、世界の金融システムが不安定化する恐れがあると警告しました。ステーブルコインの発行者は前述のように裏付け資産として大規模に米国債を購入しており、ステーブルコインからの資金流出が起きれば、米国債市場に影響が出る恐れがあります。
一方で、CBDCにも懸念点があり、もし預金をすべてCBDCに置き換えてしまおうという流れが起きるとしたら、金融システムの不安定化につながってしまうという恐れもあります。
- 今後の動向を注視したいところですね。CBDCについて大きな動きが出そうなのはどのような点でしょうか。
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欧州で議論が進んでいます。ECBは2025年10月、CBDCについての「準備フェーズ」が終了し、発行に向けて次の段階に移ることを表明しました。2026年にデジタルユーロの創設に関する法律が制定されて、2027年にパイロット演習や初期取引といった試験運用が開始されるとしたら、2029年にもデジタルユーロが発行される可能性があります。なお、ECBは2025年10月に個人のデジタルユーロ発行額を3,000ユーロに制限すると、銀行からの預金流出リスクを抑えられるとの試算をまとめています。
CBDCは銀行預金の流出不安、法制面での整備、技術的な問題など課題を抱えているものの、各国がCBDCの導入を進めていけば、基軸通貨としての米ドルの役割は従来に比べて低下する可能性はあります。まだ先の話と感じるかもしれませんが、こうした革新的な技術変化が起きるときに、当たり前だったシステムががらりと変わる可能性はあります。今後、CBDCが国際通貨システムに変化をもたらす可能性に注目したいと思います。
- 野村證券市場戦略リサーチ部 外国為替アナリスト/シニアエコノミスト
春井 真也 - 新興国(インド、ブラジル、ロシア、ラテンアメリカ、ASEAN、トルコ、南アフリカ、東欧)のマクロ経済、為替分析を担当。景気、金融政策といったファンダメンタルズの分析に加え、地域横断的なアプローチを重視。2024年10月から政策研究大学院大学の政策研究院リサーチ・フェロー。2023年3月まではユーロ圏や英国のマクロ経済、為替分析を担当。2015年8月から2019年4月までロンドン駐在(欧州担当エコノミスト)。2004年3月一橋大学商学部卒(国際金融専攻)、2005年3月一橋大学大学院商学研究科経営学修士取得(国際金融専攻)。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。