2026.03.05 NEW
イラン攻撃が金融市場に与える影響 これまでの中東紛争と何が違うのか 野村證券・山口正章
写真/タナカヨシトモ(人物)
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランを空爆しました。3月1日には、この攻撃でイランの最高指導者であるハメネイ師が死亡したと報じられました。一方、3月2日にはイラン革命防衛隊(精鋭部隊)がホルムズ海峡の封鎖を宣言しました。今回の米国とイスラエルによるイラン空爆は、これまでの中東地域の紛争と何が異なるのでしょうか。野村證券投資情報部シニア・ストラテジストの山口正章が解説します。
ホルムズ海峡はチョークポイントの一つ
海上輸送における重要な航路が集まり、代替航路がない、または代替コストが非常に大きい海峡・運河などの海運上の要衝は「チョークポイント」と呼ばれています。
(注)全てを網羅しているわけではない。地域区分は外務省による。番号は便宜上。
(出所)外務省より野村證券投資情報部作成
鉱物資源や食糧を外国に大きく依存している日本にとって、安全な海上輸送路の確保は死活問題です。本来は国連海洋法条約では国際海峡における、軍用・民間用を問わずすべての国の船舶と航空機の自由航行が認められていますが、イランは同条約を批准しておらず、紛争中の地域に果たして国際法に効力があるかも疑問視されます。
国際海峡の中でも、ペルシャ湾にあるホルムズ海峡は、世界の原油消費量の約2割、日本が輸入する原油の約9割が通過する重要な航路ですが、これまでもイランの要人が封鎖をたびたび示唆したことがありました。ホルムズ海峡が封鎖されてしまえば、中立を守る日本のタンカーも無事な航行ができるとは限りません。しかし、実際にはホルムズ海峡が全面的に封鎖されたことはありませんでした。
中東での紛争は今までとはどこが違うのか
では、今回の米軍によるイラン空爆はこれまでの中東地域での紛争と何が違うのでしょうか。もし、問題がイスラエルとイランの対立だけで済めば、アラブとイランの衝突につながりかねないホルムズ海峡の封鎖は起きにくかったと考えられます。今回、問題を大きくしてしまったのは、主要な湾岸アラブ産油国に基地を有する米軍がイランに本格的な攻撃を行ったことで、イランとの対立関係が米国とイスラエルだけにとどまらず、アラブ主要国に広がってしまったことにあります。
2020年以降、アラブ産油国が相次いでイスラエルとの国交を正常化させています。こうした国交正常化は「アブラハム合意」と呼ばれていますが、アラブ産油国は、地球温暖化対策のために化石燃料の需要が落ち込んでいくと予想される中で、「脱石油依存」が政策的に重要になってきています。中東唯一の先進国であるイスラエルと経済面での連携を深める必要があるため、イスラエルとハマスの武力衝突が起きた後も、アラブ諸国とイスラエルの武力衝突は起きませんでした。
中東戦争当時のイランとイスラエル・米国は友好国だった
そもそも、イラン(ペルシャ)はアラブと民族や言語が異なります。かつての4度の中東戦争当時は、イランは中東戦争には直接介入することなく、イスラエルと外交関係を有し、しかも関係はむしろ良好でした。
しかし、大きな転機を迎えたのは1979年に起きたイラン・イスラム革命でした。当時のパフラヴィー朝の皇帝(シャー)は農地改革、森林国有化、国営企業の民営化、婦人参政権、識字率の向上など近代化に取り組みましたが、一方で自分の意向に反対する人々を秘密警察によって弾圧し、近代化革命の名の下、イスラム勢力を弾圧してきました。その中の一人にイランから追放され、フランス・パリに亡命していた反体制派の指導者で、有力な法学者の一人であったホメイニ師がいました。イスラム革命の前年1978年にホメイニ師を中傷する記事が掲載されたことをきっかけとして、聖地ゴムで暴動が発生し、翌年のイスラム革命につながりました。
イスラム革命に伴い、イランは1979年2月にはイスラエルと断交しました。また、同年11月にはテヘランのアメリカ大使館が占拠される事件が起き、翌1980年には米国がイランに国交断絶を通告し、経済制裁を発動しました。以後、イスラエルはアメリカとともに、イランの敵国と位置づけられてきました。
(注)全ての事件・イベントを網羅しているわけではない。
(出所)各種報道および国際金融情報センターより野村證券投資情報部作成
イラン・イスラム革命はアラブとイランの対立も顕在化させた
一方で、アラブ諸国の間でもイスラム原理主義が台頭することへの懸念が強まり、イランとの関係が悪化していきました。特に、サウジアラビアを中心とする君主制の産油国ではイランへの警戒心が強いとされます。
米国のオバマ政権下にあった2015年に米国など国連安保理常任理事国5カ国とドイツがイランとの間で、イランの核プログラムを制限する代わりに国際制裁を緩和するJCPOA(包括的共同行動計画)が締結されました。しかし、トランプ政権1期目の2018年にJCPOAが破棄され、以後合意の再構築が試みられながらも実現できませんでした。
現時点ではまだ紛争の解決に向けた道筋は見えません。米国はイランの体制転換を企図しているともいわれていますが、実際にはイランの反体制派=親米とは限りません。イランに親米政権の樹立を期待するのは現実的とは思えません。
事態は、もはやイスラエル・米国とイランの対立だけでなく、イラン対アラブの対立が加わってきていることにも注意が必要です。一部の湾岸諸国がイランへの報復を検討しているとの報道もあります。
残念ながら、日本人の多くがイランをアラブと混同したり、宗教対立の問題だと誤解していることも否めません。なぜ紛争が起こったのか、どうしたら解決に向かうのかを考え、今後の世界の金融市場や日本経済を展望する上でも、我々にはイランや中東の歴史を学ぶことが必要ではないでしょうか。
- 野村證券投資情報部 シニア・ストラテジスト
山口 正章 - 神奈川県小田原市出身。1985年野村総合研究所入社。2010年に野村證券に転籍後も一貫してリサーチ畑を歩む。1990年から1993年まで香港に駐在し、日本人アジア株アナリストの草分けとしてアジア株ブームに貢献。帰国後は日本株アナリストとして日経人気アナリストランキングで3年連続首位(食品・飲料セクター、2001~2003年)となったのを機にアジア株ストラテジストに再度転身。アジア調査部長、投資調査部長などを歴任した後、2018~2022年にかけて公益財団法人国際金融情報センターに出向(調査部長兼中東部長兼中央アジア部長)し、フィンテックやカントリーリスク調査等に従事。2022年4月より現職。世界46ヶ国に訪問経験あり。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。