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2026.03.26 NEW

原油高による円安リスクを検証 2022年ウクライナ紛争開始時との比較 野村證券・後藤祐二朗

原油高による円安リスクを検証 2022年ウクライナ紛争開始時との比較 野村證券・後藤祐二朗のイメージ

写真/タナカヨシトモ(人物)

米国・イスラエルのイラン攻撃を受けた地政学リスクの高まりと原油価格の上昇を背景に、2026年3月の外国為替市場では米ドルが全面高の展開となっています。野村證券チーフ為替ストラテジストの後藤祐二朗は、今後の米ドル円相場を見通すうえで、ロシアがウクライナ侵攻を始めた2022年との経済・金融環境の違いに注目しています。詳しく解説します。

目先は米ドル円に上振れ圧力

2026年2月28日の米国及びイスラエルによるイラン攻撃を受け、3月に入ってからの為替市場では米ドルが全面高の展開となっています。安全資産としての需要に加え、1月半ば以降に蓄積されてきた米ドルショートポジションが巻き戻され、米ドル買い戻しが急速に進んだと言えます。米ドル円も一時158円台後半まで上昇しましたが、対円での米ドル高は相対的に限定的となっています。リスクオフでの円高圧力に加え、レバレッジドファンドが円ショートを積み上げていたこともあり、ポジション調整に伴う米ドル高の影響が限られたと言えます。もっとも、原油高を伴うリスク心理の悪化局面では、円は安全通貨として機能しにくくなる傾向が見られるため、目先の米ドル円には上振れ圧力が掛かりやすいでしょう。今後の最大の焦点は、中東情勢悪化とそれによる原油高に歯止めが掛かるかどうかです。

2022年のエネルギー価格上昇時との比較①:インフレ上振れへの警戒が必要に

米ドル円相場の目先の上振れ余地を判断する上では、エネルギー価格上昇に対する日本銀行の対応も焦点となります。2022年のウクライナ紛争時のエネルギー価格高騰に際しては、米国や欧州で急ピッチの利上げが行われる中、日銀はYCC(イールドカーブコントロール)の下での緩和姿勢を基本的に維持、金利差の急速な拡大が円安圧力を強めました。2022年初の日本のインフレ率はエネルギーを除くとデフレ状態にあり日銀の利上げは遅れましたが、足下ではインフレ目標の実現が視野に入る状況です。2022年対比では、海外中央銀行と同様にインフレ上振れへの警戒が必要な環境に変化したと言えるでしょう。

日銀は3月会合の声明文で「原油価格上昇が基調的な物価上昇率の見通しに及ぼす影響についても、留意が必要」と指摘するなど、全体的に原油高によるインフレ警戒が目立ちました。植田和男総裁の記者会見でも、基調的物価の方向性について「短期間でもわかる可能性はある」と言及するなど、4月会合で金融政策が変更される可能性も示唆されました。特に、金利差と円相場の相関に回復の兆しもみられる中、原油高に対する日銀の姿勢の重要度は高いでしょう。

米日5年金利差(米-日)と米ドル円相場

米日5年金利差(米-日)と米ドル円相場のイメージ (出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成

2022年のエネルギー価格上昇時との比較②:日米当局は円安牽制を強めるか

本邦金融当局による為替介入に向けた動きも注目しています。片山さつき財務相は2026年3月16日に「断固たる措置」を含めた姿勢でいると発言し、ファンダメンタルズに沿わない動きが続いているとの認識を示すなど、口先介入を強めています。「断固たる措置」は事実上、為替介入を意味する表現と言え、強い口先介入だと言えます。ニューヨーク連銀によるレートチェックも行われるなど、足下でも日米当局が円安への警戒感を再び高めている可能性が意識されます。

2022年においても円安圧力の高まりに対し、本邦当局は円買い介入に踏み切っていました。当時は日本側の単独での円安抑止に向けた介入でしたが、今局面では米国側の支援が得やすい可能性もあります。2026年1月半ばと比較すると日本の債券市場の不安定化は回避されていますが、仮に不安定感が高まる場合、米国側の介入への賛同も得やすくなる可能性があるでしょう。原油高圧力が長期化する場合、円相場に加えて日米債券市場の動向と当局者の発言に注目が必要になります。

2022年のエネルギー価格上昇時との比較③:貿易収支悪化圧力を警戒

原油高は日本の輸入増や貿易赤字拡大に直結します。2025年の日本の鉱物性燃料の輸入金額は22.1兆円に上りました。エネルギー価格が10%上昇・定着すれば、2兆円以上の輸入金額増加と貿易収支の悪化につながる計算です。原油高による景気減速圧力が強まる場合、輸入数量の減少により貿易収支悪化圧力は一部相殺されると考えていますが、2兆円の円需給悪化は年間で2%程度の円安・米ドル高圧力となり得ます。アラブ軽質原油の年初来上昇率は2026年3月23日時点で50%前後に上っており、仮に定着する場合は年間で10%程度、15円程度の円安・米ドル高インパクトをもたらす可能性も否定できません。

2022年と比較すると、エネルギー以外の貿易収支が改善しており、コロナショックの影響で激減していたインバウンド消費回復によるサービス収支改善も見られます。2022年のように経常収支赤字を警戒する必要性は低いとはいえ、原油価格高止まりの長期化は2026年も円安リスクとして強い警戒が必要でしょう。

円建て原油価格と日本のエネルギー関連貿易収支

円建て原油価格と日本のエネルギー関連貿易収支のイメージ (注)原油価格はアラブ軽質原油。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成

2022年のエネルギー価格上昇時との比較④:米金融政策は利下げ継続へ

2022年には歴史的なペースでFRB(米連邦準備理事会)が利上げを行ったのに対し、今局面でのFRBのタカ派化は限定的となりそうです。FRBは2026年3月のFOMC(米連邦公開市場委員会、17-18日)で政策金利を3.50-3.75%で据え置きました。経済見通しは全般的に上方修正され、コアPCEデフレータ(個人消費支出価格指数)見通しも2026-2027年について上方修正されていますが、ドッツ(FOMC参加者の政策金利見通し)の変化は比較的限定的であり、2026年及び2027年の25bpずつの利下げが中央値として維持されています。

パウエルFRB議長は記者会見において、「エネルギー価格高騰は全体のインフレ押上げ」と発言、影響の一部は「コアインフレに表れる」との懸念を示しました。「関税によるインフレが減退するとの確信を若干強める」との発言も見られましたが、「インフレ面での進展がなければ利下げはない」と、原油価格高騰下での利下げを急がない姿勢を示唆しました。

ただし、次回政策の基本シナリオとしては「大多数が利上げを想定せず」としました。ドッツでも示されたように、FRBのバイアスは依然として利下げ方向にあると考えています。中東情勢次第でFRBが一段とタカ派化する可能性は否定できませんが、ウォーシュ議長就任後の6月会合での追加利下げの公算が大きい状況と言え、2026年中2回の利下げが予想されます。金利差面での米ドル安圧力は根強く残存する公算が大きいでしょう。

米ドル指数と5年金利差(米-海外)

米ドル指数と5年金利差(米-海外)のイメージ (注)海外金利は米ドル指数採用通貨の金利を指数ウェイトで加重平均。
(出所)ブルームバーグより野村證券市場戦略リサーチ部作成

結論:原油高の長期化による円需給悪化を警戒

中東情勢にまつわる不確実性の高まりと原油高圧力により、目先の米ドル円は上振れ(円安・米ドル高)リスクが大きくなったと判断されますが、為替介入への警戒もある中、160円超での上値余地は限定との見方を維持します。金利差と米ドル円相場の関係正常化の兆しもみられる中、中東情勢の悪化に歯止めが掛かれば、2026年後半に向けて米ドル円への調整圧力が強まるでしょう。イラン攻撃を受け、米トランプ政権下での米政策運営の不確実性は一段と高まった感もあり、底流としての緩やかな米ドル離れの動きも継続しやすいと考えています。

ただし、100米ドル前後の原油価格が定着する場合、需給面での円安圧力が長期化するリスクが高まります。市場期待通りに数ヶ月程度での停戦となるか、想定以上に円安圧力が高まるリスクを占う上で注視する必要があるでしょう。

野村證券 市場戦略リサーチ部 チーフ為替ストラテジスト
後藤 祐二朗
為替相場のリサーチ・ストラテジーを担当。8年半にわたるニューヨーク・ロンドン駐在時には海外ヘッジファンド向けを中心としたドル円ストラテジー、日米欧の資本フロー分析、日本及び欧州の金融政策及びマクロ分析を担う。2002年に野村総合研究所に入社、2004年に野村證券への転籍を経て、2011年以降は海外拠点にて外国人投資家向けの情報提供を中心に活動。2019年8月より現職。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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