50~60代が「好き」を仕事にするために必要なこと

2019年11月27日

犬の散歩で食っていけるわけがない――。友人知人、家族や親せき、誰もが反対し、成功を信じる者はいなかった。だが、古田弘二さんは、そうした周囲の反応を物ともせず、自身の直感に従って思い描いたビジネス「愛犬のお散歩屋さん」を成功させた。

開業から25年の間に関わった犬は、トータルで1,300頭以上。ピーク時は1日28頭と散歩をし、77歳を迎えた現在も、朝の3時に起床して1日4~5頭の散歩をこなす毎日だ。「会社員時代は眠れない日もあったけど、事業を始めてからは心身ともにどんどん健康になって、いまは毎晩ぐっすり」と笑う古田さんに、成功の秘訣について聞いてみた。

退職金ではじめた事業から1年で撤退。甘くはなかった第二の人生のスタート

――大手化粧品会社に31年間務められた後に早期退職をされています。退職を考えるにあたっては、何かきっかけがあったのでしょうか。

40代の頃、社内研修に来てくださったジャーナリストの竹村健一さんが「そろそろ年金だけじゃ食っていけない時代になる。自分の生き方は自分で考えないといけません」とおっしゃった。それを聞いたときに、自分の中で第二の人生に対するイメージが作られはじめた気がします。

「あの時は怒りましたよ」と語る古田さん

とはいえ、当時はモーレツ社員そのものの生活で、サラリーマンとしては順調。支店長時代には業務の改革・改善に奮闘したりもして、そのことを深く考えていたわけではないんです。ところが……。あるとき、本部から不本意な転勤命令を突きつけられて、否応なく“自分の生き方”と向き合うことになってしまった。結果、「やってらんねぇ!」という気持ちも手伝って、早期退職をすることにしました。53歳の時です。

――退職後、すぐに現在のビジネスをスタートされたのですか?

最初は退職金で保険事業を始めました。「交通違反で切符を切られたら罰金を補償します」という、ありそうでなかった自動車保険です。営業力には自信があったので、見込み通り加入者を集めることができました。でも、想定外だったのは違反者があまりにも多かったこと。すぐに「これは続かないな」と判断しました。といっても、保険金をいただいている以上1年間は補償しないといけない。なので、新規の加入者の獲得をやめてからは、収入ゼロのまま貯金を切り崩して反則金を支払い続けていました。

――相当な資金をつぎ込みながら、1年で撤退。思い切りましたね。

切り替えの早さが私のいいところです(笑)。「やるぞ!」と思ったらすぐにやるし、「やめる!」と決めたらスパッとやめる。ビジネスをする上で、決断の早さはとても大事です。まあ、退職金はすべて使い果たしてしまったので、そこからの半年間は、それまでの人生で経験したことのない「どん底」でしたけど(笑)。でも、「落ち込んでいるヒマがあったら行動しよう!」というタイプなので、BS放送契約の勧誘や新聞配達など、とにかくやれることをやっていました。

「儲かりそうか」ではなく「必要とされているか」が発想のポイント

――犬の散歩代行を仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょう。

おとなしくインタビューに同席する、愛犬のくーちゃん

ある日、いつものように愛犬の散歩をしていたら、一人の女性が話しかけてきたんですよ。おとなしく座って信号待ちする私の犬に感心したようで、「よく訓練されていますね、訓練士さんですか? 旅行で家を空けるので、うちの犬の世話をお願いできないでしょうか?」と。

その時に「この仕事は必要とされている!」とピンときました。それが犬の散歩代行の仕事のスタートです。最初のうちは、口コミで少しずつ依頼者が増えていくような状況だったのですが、新聞に紹介されたことがきっかけで、一気に顧客が増えました。

――偶然の出会いから事業がスタートしたんですね。そこから、フランチャイズ(FC)展開をするに至った経緯を教えてください。

メディアで私のことを知った全国のシニアの方々から、「私もやってみたい」「ぜひノウハウを教えて欲しい」と連絡がくるようになったんです。最初の頃は、3日ほどかけて自宅で研修的なことを行なっていたのですが、だんだんと対応しきれなくなって……。FC展開を思いついたんです。化粧品会社時代に、会員である化粧品店にノウハウを伝授して管理指導する仕事をしていたので、それを応用しました。

――その後は、順調に事業が拡大していきました。成功の理由はどこにあるのでしょうか?

書籍も出版するなど、多くの反響を集めている「愛犬のお散歩屋さん」

自分の中では、「事業が成功した」とは思っていないんですよ。子どもの頃から動物が好きで、大切な愛犬の世話をしていたら、困っている人に出会い、その要望に応えたら、いろいろな人から助けを求められるようになった。ただ、それだけなんです。

事務所の壁には、古田さんがこれまで携わってきた多くの犬の写真が飾られている

でも、あえてコツを挙げるとすれば、「好きなことをする」「事業を大きくしすぎない」「自分と相手を裏切らない」の3つでしょうか。1つめに関しては……。やはり、儲け主義だとどこかで限界がきます。お金だけで人はがんばれませんからね。

好きなことをやっている今は、お金のために働いていた会社員時代よりもいただくお歳暮がずっと多いんですよ。しかも、社交辞令ではなく本当に感謝の気持ちで渡される(笑)。こんなに嬉しいことはありません。

2つめ3つめについては、数が増えすぎると質が落ちるからです。「愛犬のお散歩屋さん」も、ピーク時にはFC加盟店が100店舗にまで及びましたが、事故を起こしたり、お客さんに迷惑をかける人が出てきてしまったりした。信用第一の仕事ですから、現在はFCを40店のみにして、真面目にコツコツと長く続けられる人たちとだけ続けていこうと思っています。新規加入も受け付けていません。

目の前のことに一生懸命になってみる。会社員時代の経験を活かす

――古田さんの生い立ちについても少し聞かせてください。どんなご家庭で育ったのですか?

親は歯科医をやっていて、5人兄弟の真ん中として生まれました。動物好きな父のおかげで猫、犬、ニワトリなど、いろいろな動物に囲まれて育ちましたね。そんな環境だったので、私も自然に動物が好きになり、そのことは間違いなく今の仕事に役立っています。初対面の犬ともすぐに仲良くなれますから。兄弟の中には、父親と同じく歯科医になった者もいますが、私は高校生の時から一人暮らしをしたりして、貧乏も経験しました。失敗してもくじけない不屈の精神は、その頃に培われたんだと思います(笑)。

――会社員時代の経験で、今の仕事に生かされていることはありますか?

ご自身で運用しているというホームページ

モーレツ社員でしたから、課されたノルマは達成するまで絶対に諦めませんでした。もちろん、そのための努力や工夫も怠らなかったですね。その経験が、現在の顧客台帳管理やそれぞれの犬専用ノート(「古田ノート」と呼ばれているとか)づくりに役立っています。昔から企画するのが好きだったので、ホームページやチラシを作るのも自分でやっているんですよ。それから……。どんな仕事を成功させるにも「準備」「実行」「反省」が大事ですが、その点も会社員時代の経験が生きていると思います。

――古田さんのように「好き」を仕事にできたら、と憧れる人は多いと思います。うまくいく人といかない人、続く人と続かない人の違いはなんでしょう。

月並みですが、ハングリー精神です。明確な目標を決めて、それを確実に実行するかどうか。私も保険事業を始める時に「1年は絶対にやる」と決めて、それを守りました。ただし、やみくもに続けのるが良いわけではなく、自分自身で期限や目標をはっきりと決めることが重要です。そのうえで、今やれることを一生懸命やること。どんなことに対しても全力で努力できる人は、何をしても成功しますよ。

仕事は85歳まで。その後はこれまでの人生を想いながらゆっくりと旅したい

――古田さんの仕事に対するスピリットは、どなたかの影響ですか?

カレンダーには予定がみっちり

大学時代に銀座の老舗菓子店でアルバイトをしていたんですが、その会社はナイトクラブも経営していて、夜はそっちでも働いていたんですよ。その時、クラブの店長から「働くことの何たるか」を一から教えてもらいました。相手は一流のお客さんばかりですから、それはもう勉強になりましたね。そんなことがあったせいで、化粧品会社の面接で「学生時代のクラブは?」と聞かれた時、「銀座のクラブで働いていました」と答えてしまいました(笑)。

ちなみに、クラブの休業日には立川の米軍基地で英字新聞の配達もしていて、おかげで英会話も身についた。とにかく無為に時を過ごすのが嫌いなので、振り返るとヒマさえあれば働いていましたね。

――いまでも十分充実した人生だと思いますが、今後の夢はありますか?

この仕事はシニアにとって最高の仕事ですよ。なんとなく過ごしがちなコマ切れ時間を有意義に使えて、健康になれて、喜んでいただけるんですから。夫婦でできるのもいいところです。そうそう、会社員時代より夫婦仲も良くなりましたよ。犬の顔を見ていれば、喧嘩する気にもなりませんから(笑)。

なので、85歳まではこの仕事をがんばろうと思っています。その後は、かつての赴任地や思い出の場所を訪ねたり、お世話になった人たちに再会したりしてみたいですね。そのためにも、事故や病気には気をつけなくちゃね。

――最後に、読者へ何かひとことお願いいたします。

仕事じゃなくとも、人に求められる「自分の好き」を見つけることができれば、充実した生活が送れると思います。自分では気がつかなくとも、きっとどこかにあるはずです。それが見つかるように、好きなことには遠慮せずにどんどん取り組むとよいんじゃないでしょうか。

【夢の値段】

  • 開業費用:ほぼなし

「動物を扱う仕事なので、専門的な知識を学ぶ必要がある」との思いから、開業後、武蔵野地域の5大学が連携して生涯学習を提供する「武蔵野地域自由大学」に入学。15年ほどかけて日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科の公開科目をほぼすべて履修し、そこで学んだ知識を業務や研修に活用している。ちなみに、同大学における大学正規科目の1科目あたりの聴講費は15,000円(半期科目)。自宅を事業所として活用し、チラシやホームページも自分で作っているので、そのほかの費用は「ほとんどかかっていない」という。

古田さんの事業に興味を持ち、「愛犬のお散歩屋さん」にFC加盟した場合、加盟料は36万円(現在は募集を停止)。加盟すると、定期的に開催される研修を通して、運営のノウハウや税務知識、犬・猫の栄養学など専門知識を学べる仕組みだったとか。人生100年時代、やりたいことや学びたいことが沢山ある人は少なくないはず。ただ、古田さんのように「自分の好き」を仕事にするのであれば、経済的な余裕があった方が安心だろう。そのためにも、今からご自身の資産状況や運用方針を見直してみてはいかがだろうか。


プロフィール

古田弘二(ふるた こうじ)

1942年生まれ。岐阜県出身。化粧品会社を53歳で早期退職し、保険事業などを経てペットシッター業「愛犬のお散歩屋さん」を開始。現在、全国に40店のFC加盟店を持つ。