2024.01.15 NEW

宋美玄医師が丸の内に女性クリニックを開業した理由【プロフェッショナルのマネー観】

宋美玄医師が丸の内に女性クリニックを開業した理由【プロフェッショナルのマネー観】のイメージ

撮影/齋藤大輔、EL BORDE編集部

宋美玄(そん・みひょん)さんの名前を聞き、シリーズ累計70万部突破のベストセラー『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(2010年出版、ブックマン社)をイメージする人もいるでしょう。現在も執筆活動を続けながら、普段は東京・丸の内で開業した「丸の内の森レディースクリニック」で産婦人科医として多忙な日々を過ごしています。医師として経営者として第一線で活躍する宋さんに、マネー観を中心に診療所開業の心構えを聞きました。

子育てしながら長く働くために、働く場所を自分で確保

宋さんは2001年に医師免許を取得し、産婦人科の勤務医として従事したのち、2017年に診療所を開業しています。自分の診療所を経営する中でライフスタイルやお金との向き合い方にも変化があったかとも思いますが、そもそも開業を志したのはどんなきっかけでしたか。

宋:2011年に地元の関西を離れて東京に来たというのがまず一つです。父も勤務医でしたし、私も地元にいたら何も考えずに勤務医として働いていたと思います。環境が変わり、自分がどういう仕事をしたいのかを改めて考えた時に、やっぱり責任を持って一人ひとりの患者さんを自分の施設で見届けたい、自分のやりたいことを自分の施設で実現したいと思うようになりました。

2012年と2015年に出産したことで、ワークライフバランスを意識するようになったのも理由です。勤務医には泊まり勤務もありますが、育児をしていると泊まり勤務が難しいのが実状であり、周りには非常勤医師として働きながら育児をしている女性もいます。加えて、内科や整形外科などであれば高齢者の患者さんもいますが、産婦人科や小児科などではどうしても患者さんの年齢層が人口の少ない年代に限られてしまいます。「医師免許さえあれば一生安泰」などと私は思っていません。だから自分の施設を自分で育て、働く場所を自分で確保した方がいいのではと考え、2017年に「丸の内の森レディースクリニック」を開業しました。

開業に当たり「お金は借りられるだけ借りた方がいい」

開業するにはまとまったお金も必要だったと思いますが、計画的に貯蓄をしていたのでしょうか。

宋:貯蓄ができていたら良かったのですが、2度の出産に加えて2009年にはイギリス・ロンドン大学病院の胎児超音波部門に留学していたこともあり、収入がゼロになる時期が長期にわたってありました。一般的に開業資金の相場は5,000万円からと言われていますが、私の周りを見てみると貯蓄をして自己資金だけで開業する人は少なく、銀行から融資を受けている開業医が多いようでした。開業医の中には「お金は借りられるだけ借りた方がいい」というフィロソフィーを持つ人もおり、私も先に開業した後輩に銀行を紹介してもらって融資を受けました。

これまで宋さんご自身は投資をしたことがありますか。

宋:3~4社の新規公開株式を買ったことがある程度です。多くは医療系でした。それ以外だとiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)には取り組んでいます。学資保険も一時加入していましたが、途中で返戻率が高い別の貯蓄型保険に切り替えました。2人の子どもにお金がかかることを考えると貯蓄や投資に回す割合は低めになってしまいがちです。

居抜き物件で内装費150万円からのスタート

診療所の場所を丸の内にしたのはどんな狙いがあったのでしょうか。
宋:丸の内という街自体がすごく好きでしたし、これだけ人が働いている街なのに当時は診療所が内科ぐらいしかなく、産婦人科があっても不妊治療や妊婦検診などが中心で、生理痛や更年期障害などの診療をする場所はほとんどないのが不思議でした。他の医師にもなぜ丸の内にレディースクリニックがないのかを質問したことがありましたが、そもそも物件がないという事情があるようでした。そこへ元内科の居抜き物件が丸の内にあるから入らないか、という話をいただけたことは本当にラッキーでした。2017年の開業時は東京駅からもアクセスしやすい新丸ビルの中に診療所があり、就業者がランチのついでに立ち寄れるような好立地でした。実際、東京都外からの患者さんも多かったです。
自分の診療所を開業するに当たり、どのようにマーケティングをしていましたか。

宋:恥ずかしい話ですが、開業当時はちゃんと計算ができていませんでした。もし今、開業するなら、保険診療と自費診療(自由診療)の割合は何割か、1日に何人の患者さんを診るかなどをしっかり計算しますが、当時はやってみないと分からないなと考えていました。

元々、居抜き物件だったため、内装費は150万円ぐらいしかかかりませんでした。高価な機材も買いましたが、リース機材の方が割合として大きかったですし、物件自体も広くはなかったのでスタッフは受付と医師だけで固定費も浮きました。狙ったわけではありませんが、スモールスタートで始められたことは結果として良かったようです。2017年9月に開業し、翌10月には保険診療を始め、年末には予約が取れないほどになっていたので、開業から3カ月と早いタイミングで何とか軌道に乗りました。

もちろん、不安はありました。2020年に新型コロナウイルスで初めて緊急事態宣言が出た時は丸の内のどの店舗も閉まり、人がおらず、患者さんも減り、これからどうなるんだろうと思っていました。でもしばらくしたら患者さんは戻り、2023年3月には今の丸の内北口ビル内に診療所を移転し、施設を拡張しました。移転後は診られる患者さんが増え、自由診療のメニューも増やせました。その分、スタッフや家賃も増えているので、一層頑張らないといけません。

診療所経営には売り上げのバランスとリソース管理が大事

診療所の経営方針についてうかがいます。診療内容は大きく分けて保険診療と自費診療の2種類があると思いますが、経営をする上で宋さんはどうバランスをとっていますか。

宋:婦人科の場合、レデイースドックと避妊、月経移動以外はほとんどの有効な治療が保険収載されているため、保険診療がメインになります。一方、産科のほとんどは自費診療です。少しですが皮膚科美容皮膚科も導入し、そちらは自費診療がメインになっていますが、ありがちな美容点滴などのエビデンスのない自費診療を取り入れるつもりはありません。当院では総じて、何か一つのものに頼りすぎない経営を心がけており、保険診療と自費診療の割合は半々になるようにしています。

経営をする上で固定費をどう考えるかという視点もあるかと思われますが、スタッフなどの人件費、増床や機材導入の設備費などという設備投資はどう考えていますか。

宋:本来なら固定費は売上の半分くらいに抑えたいところですが、当院の保険診療は院内処方が主なので、どうしても利益率が下がってしまいます。そのため自費診療のプロモーションにより力を入れることで、売り上げのバランスを取るようにしています。また、人事にリソースを割かなくて済むよう、人件費は相場より高くしています。その意味では、固定費を抑えるというよりは、売り上げが立つように考えてそこに注力しています。

最後に宋さん自身は、産婦人科医として今後のキャリアをどう考えていますか。

宋:最大の目標として、やっぱり女性のセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)を浸透させ、生理や妊娠・出産、ホルモンバランス、ガンなどで女性たちが人生を左右されない社会にしていきたいです。そのためには色々な段階があると思っていますが、産婦人科医として一人ひとりの女性に伴走し、SRHRのプロバイダーとして成功事例のモデルになり、うちに来たらそういう診療が受けられるということを広めていきたいです。

ありがたいことに執筆やメディア出演の依頼を受ける機会は今も多いのですが、「診療95%、メディア露出5%」の割合で働き、少しでも多くの時間を患者さんと向き合っていきたいと考えています。子どもの年齢を考えると、75歳ぐらいまで現役医師として頑張りたいです。

宋美玄(そん・みひょん)
兵庫県神戸市生まれ。2001年に大阪大学医学部医学科卒業後、同年に医師免許を取得。2009年にはロンドン大学病院の胎児超音波部門に留学。国内の病院にて産婦人科医として従事する傍ら、『女医が教える本当に気持ちいいセックス』(ブックマン社)を上梓するなど、セックスや女性の性、妊娠など様々な女性の悩みについて積極的な啓蒙活動を行ってきた。2012年と2015年とで2度の出産を経て、2017年に「丸の内の森レディースクリニック」を開業。産婦人科医として一人ひとりに向き合った診療を心掛けている。

本コラムで取り上げられた投資に関する基本的な考え方などについては、あくまで個人の見解によるものであり、野村證券の意見を代表するものではございません。

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