2025.05.26 NEW
対EU50%関税案、日米交渉直前の首脳電話会談 トランプ大統領の狙いは 野村證券・岡崎康平
写真/タナカヨシトモ
トランプ関税政策については、5月中旬に米中が90日間の関税引き下げに合意したことを受け、市場では楽観的な見方が広がっていました。しかし、5月23日にトランプ大統領が「6月1日からEU(欧州連合)に対して50%の関税を課す」と発言したことで、懸念が再燃しました。その後、5月25日にはEUのフォン・デア・ライエン欧州委員長とトランプ大統領が電話で協議を行い、関税発動を7月9日まで延期することが発表されるなど、事態は流動的となっています。一方、5月23日には3回目の日米交渉が実施されました。トランプ関税政策の交渉の行方について、野村證券チーフ・マーケット・エコノミストの岡崎康平が解説します。
トランプ政権は関税を使って様々な交渉をする構えがある
- EUに対して50%の関税を課すという発言が出たということは何を意味していると思いますか。
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トランプ関税について、米中の関税の一時引き下げが決定してから市場では楽観的な見方が出てきており、NYダウなど米国の主要株価指数は4月初旬を底に上昇しました。しかし、対EUで強硬姿勢が出てきたことで、トランプ政権が関税政策を放棄するわけではなく、今後も関税を使って様々な交渉をする構えがあることがわかりました。
ただ、欧州市場はほぼ反応しておらず、「50%関税が実際に課される」との悲観視は強くなさそうです。トランプ大統領の発言を「交渉のための脅し」と見ている市場関係者が多いのでしょう。EUはもともと複数国の意思決定に時間が必要で、中国経済との繋がりも強く、合意形成に時間がかかると思われていました。そこに対して、トランプ大統領は活を入れたかったのだと思います。
- 5月23日に、第3回目の日米関税交渉が実施されました。日米交渉はどのように進んでいる印象ですか。
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今回は、日本からは赤澤亮正経済再生担当大臣、米国からはラトニック商務長官とグリア通商代表部(USTR)代表が交渉に臨んでいます。米国側の交渉統括役であるベッセント財務長官は参加しておらず、前回の交渉から大きな変化があったとはいえません。赤澤大臣による「前回以上に率直かつ突っ込んだやりとりができた」とのコメントは前回交渉時の延長線上に留まる表現でした。日本が自動車、鉄鋼・アルミニウム、「相互関税」すべての関税撤廃を求めている点も不変です。
急遽行われた日米首脳会談の5つの内容
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より関心を引くのは、赤澤大臣らによる関税交渉の直前に、米国側の呼びかけでトランプ大統領と石破茂首相の首脳会談(電話会談)が行われたことです。電話会談は、赤澤大臣が渡米中の23日昼頃(日本時間)に行われました。第1回目の日米交渉でトランプ大統領が突如参加することが決定したときと似ています。
各種報道をまとめると、会談内容は主に5つありました。
(A)6月15~17日のG7サミットで日米首脳会談を行うこと
(B)関税協議、なかでも経済安全保障に関連する話題に触れられたこと
(C)トランプ大統領による中東訪問の成果が報告されたこと
(D)米国の新型戦闘機について日本に購入の関心があるか確認されたこと
(E)レアアース確保・代替技術に関する協力が議論されたこと(注)首相官邸(5月23日付)、ブルームバーグ(5月23日付)、テレ朝news(5月25日付)より
このうち(B)経済安全保障については、5月8日に公表された米英協定(経済繁栄協定)の内容でも目立っていました。通商拡大法232条に基づく品目別関税(自動車や鉄・アルミニウム関税が含まれる)が、米国の国家安全保障への影響に基づいて課されることを踏まえると、日米関税交渉でも経済安全保障が相応の存在感を持つことは自然です。
トランプ大統領はこれが一番言いたかったのではないかと思うのが、(C)中東訪問の成果についてです。トランプ大統領は5月13~16日にわたって中東諸国を訪問し、合計2兆ドル規模の対米投資を確保しました(ホワイトハウス 5月15日)。トランプ大統領がこの点を石破首相に伝えたということは、日本からの対米投資拡大を促されたと解釈できます。トランプ大統領は、米国内の製造業活動活性化を度々主張してきました。日本は既に巨額の対米直接投資を行ってきましたが、更なる拡大が見込まれます。
日米関税の合意のタイミングとしては、G7サミット(6月15~17日)と合わせて実施する予定の日米首脳会談が意識されています。それに向けて日本政府は引き続き米国と交渉の機会を持とうとするでしょう。両国の主張が平行線を辿っているという報道もあるなど、交渉の行方は予断を許しません。日本がEUと同様の立場に置かれる可能性はさすがに限定的と見られますが、緊張感をもって動向を把握しておきたいところです。
日本経済は、7月の参院選に向けた各党の主張の変化に注目
- 日本経済の最近の注目点はなんでしょうか。
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足元で日本の超長期金利が上昇し、海外の投資家からも注目を集めています。日本は、政府債務残高対GDP比という「ストック(=状態)」で見ると確かに財政状況の厳しさが目立つのですが、「フロー(=年々の変化)」でみると2010年ごろから税収が大きく増加しており、改善に向かっている点が重要です。財政危機や、それを起点とした通貨安が迫っている状況とは言えません。この超長期金利の上昇を「日本版トラスショック」と悲観視するのは行き過ぎでしょう。
超長期金利上昇が意味することは、金利が存在する世界に戻り、マーケットの規律が働く環境になったと理解すべきです。7月の参院選に向けて各党が景気刺激的な施策を打ち出す可能性がありますが、今回の金利上昇を受けて、各党の主張に変化が見られるか注目したいと思います。
- 今、市場の不確実性が高まって、投資判断がしづらいという個人投資家がいると思います。次に注目するのはどのようなイベントでしょうか。
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先日の米中関税引き下げの合意により、米国の景気後退懸念は緩和方向にあると思います。注目しておきたいのは、5月30日に発表される米国個人消費支出(PCE)など、4月、5月の関税の影響が反映された統計です。景気が腰折れしていない状況を確認できる、またはいったん悪材料が出尽くして市場への織り込みが進むと、不確実性が改善されてくると思います。

- チーフ・マーケット・エコノミスト
岡崎康平 - 2009年に野村證券入社。シカゴ大学ハリス公共政策大学院に留学し、Master of Public Policyの学位を取得(2016年)。日本経済担当エコノミスト、内閣府出向、日本経済調査グループ・グループリーダーなどを経て、2024年8月から、市場戦略リサーチ部マクロ・ストラテジーグループにて、チーフ・マーケット・エコノミスト(現職)を務める。日本株投資への含意を念頭に置きながら、日本経済・世界経済の分析を幅広く担当。共著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞社)がある。
※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。