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原理原則を押さえた金融教育を! 18歳成年で変わる家庭科、手作りATMでセンスを磨く

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大阪教育大学健康安全教育系・鈴木真由子教授は海外にも多くの学びがあると言います。

「家庭科では衣食住という三文字の言葉が思い浮かぶかと思いますが、クリティカルに意思決定できる消費者市民を育てようというのが、今、家庭科全体で目指している方向性です」

大阪教育大学健康安全教育系・鈴木真由子教授は2023年7月に行われた「2023年度 先生のための金融教育セミナー」(金融広報中央委員会主催)でまず、家庭科教育が目指すところを示しました。金融教育をどのように家庭科のカリキュラムの中で実践できるか、海外の事例も含めて紹介します。

生活を科学的に捉え、科学として認識する

大妻女子大学家政学部・澤井陽介教授の講演  でも言及があったように、金融教育は様々な教科の中に入れ込んで学ぶことが現実的と言えるでしょう。家庭科独自の視点で見ると、鈴木教授は「現象を現象として捉えることも大事ですが、生活を科学的に捉え、今、何が起きているのかを科学として認識する、生活認識することがとても大事です。ただし、それだけで終わらないのが家庭科です」と言います。金融経済に結び付けた表現をするなら、「経済的な生活実践力を身に着ける」ことが家庭科では重要なカギになっています。

例えば、必須アミノ酸などの栄養素の名前を知っていたとしても、何を食べれば必須アミノ酸を摂取できるのか分からなければ意味がありません。名前を知っているだけでは、家庭科を学んだ成果とは言えないという意味です。自分の生活に還元させる、生涯にわたってそれを実践し続けることができる点が、家庭科の大きな魅力とも言えるでしょう。

小中高、金融教育はどう違う?

2017年に改訂された学習指導要領では、重視する項目の一つに「消費者に関する教育」が明記されています。消費者教育は消費者市民教育とも金融経済教育とも呼ばれています。

消費者に関する教育が加わった背景として、2022年4月に成年年齢が20歳から18歳へと引き下げられたことが挙げられます。高校3年生が18歳で成年になるということは、高校には成年と未成年が混在しているということです。そのため、家庭科では高校3年間のいずれかの学年で履修していた授業が、改訂後は成年前の1~2年生の段階で履修する授業になりました。

キャッシュレス化の進行も背景にあると言えるでしょう。交通系ICカードのように、財布の中身の増減だけでは判断できないものを現象としてどう管理するかという問題もあります。2023年4月からは条件を満たせばデジタルマネーで給与を支払うことができるようになり、さらに複雑になりました。また、消費者トラブルはインターネットを介した事例が非常に増えており、今では小学生が被害者や加害者になるケースも報告されています。金融の話で言えば、長期化する低金利のような社会的な背景もあると考えられます。

大阪教育大学健康安全教育系・鈴木真由子教授

改訂前の学習指導要領では、中学校では金銭管理についてあまり扱っておらず、高校で「生涯にわたる生活経済」が記されている程度でした。しかし新学習指導要領では、小学校の段階で「物や金銭の使い方と買い物」、中学校では「計画的な金銭管理の必要性」「消費者の権利と責任」など、高校では持続可能な消費生活・環境として「生活における経済の計画」「消費行動と意思決定」などが記されています。

金銭感覚としては、小学校で扱うのは千円単位、高校になると生涯賃金の億円単位となります。金銭感覚が高校で一気に変わることも踏まえ、従来では高校の領域だったクレジットカードの三者間契約が、義務教育に当たる中学校の領域に変更されています。

また、お金について短期的・中期的・長期的に分けると、短期的なところは小学校、中期的なところは中学校、長期的なところは高校が当てはまると言えるでしょう。予算の中で買い物をするようなお金の使い方、管理の仕方、キャッシュフローの扱い方は小学校で学びが始まります。加えて、クレジットカードの支払いの仕方や、大型の買い物をどうやって実現させるかという考え方が中期的、長期的にはローンを組むというリスクマネージメントの概念が関わってきます。

「高校は“投資教育”」に違和感

特に高校の新学習指導要領では、「生活における経済の計画」の解説内に「預貯金、民間保険、株式、債券、投資信託等の基本的な金融商品の特徴(メリット、デメリット)、資産形成の視点にも触れながら、生涯を見通した経済計画の重要性について理解できるようにする」と強調して記されていることから、「高校で投資教育が始まる」などとメディアで大きく取り上げられるようになりました。しかし、従来の学習指導要領にも「貯蓄、保険、株式などの基本的な金融商品などにも触れる」という解説はあり、メディアの発信に違和感があると鈴木教授は言います。

「これは決して、投資しなさいという教育ではなく、投資も一つの選択肢ですよという教育です。預貯金は貯める、保険はリスクに備える、その並びで株式や債券、投資信託などの投資はお金を増やす、があるという位置づけです。それぞれの特徴を押さえながら、どこにメリット・デメリットがあるのかを学び、資産形成について考え、それを生涯の経済計画の中にちゃんと位置付けましょうという話です」

家庭科で学ぶお金について整理すると、消費する、貯める、借りる、増やすという側面があります。この「増やす」が新しく加わったというイメージで考えると良さそうです。

シングルトン小学校の事例

海外で実践されている家庭科の金融教育で鈴木教授が驚いたのが、オーストラリアのシングルトン小学校での取り組みでした。ある子どもは段ボールで作られた手作りのATMの中に入り、カードを手にしたもう一人の子どもにキャッシング対応をします。もう一人の子どもは暗証番号を入力する際、手で覆いをするなど情報漏洩対策もばっちりです。鈴木教授はその時に先生から言われた言葉に衝撃を受けました。

「キャッシュレス社会だからこそ、リアルマネーをバーチャルに視覚化して体験的に学ぶ必要があります。これまで家庭でできていたことができなくなっているからこそ、バーチャルでもいいから、模型でもいいから、リアルなお金をちゃんと学ぶ体験を小学校低学年からする必要があります。そうしないと経済的なセンスが磨かれません」

また、地域通貨をシングルトン小学校の中で発行するというユニークな取り組みもありました。シングルトン・ドルと呼ばれるものを子どもたちが使い、記録をつけます。報酬と罰金をリストに記し、例えば登校したら30シングルトン・ドルがもらえ、宿題を忘れたら100シングルトン・ドルの罰金となります。最初のルールは先生が作ったものの、その後は先生と子どもたちの代表が話し合い、ルールの改定をすることもありました。

どの教科でも当てはまることではありますが、金融教育を展開するにあたり、二つのポイントがあると鈴木教授は考えています。時間的、空間的な想像です。今の状態が長期間にわたって続いたらどうなるか、シングルトン小学校の子どもたちのように様々な場面をシミュレーションすることが、学びにつながります。貯蓄や投資の仕方、ローンの返済などもこの視点で考えられます。

また、金融教育を担う先生たちに対し、鈴木教授は「原理原則を伝えるような授業をぜひ展開してほしい」と期待しています。リスクとリターンの関係性をしっかり理解していれば、「必ずもうかる」「絶対に値上がりする」という株式などないことが理解できるはずです。また、悪質商法はなぜ悪質なのか、どこが悪質なのか、契約自由の原則とは何か、という点が理解できていれば、通信販売にクーリング・オフが適応されないのはなぜかなど、現象が変わっても応用が利きます。そうした原理原則を押さえた金融教育が各教科の中に織り込まれていくと、金融教育の意義も深まることでしょう。

文責・野村ホールディングス株式会社 ファイナンシャル・ウェルビーイング室

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