2018.08.09 NEW
AI vs. 教科書が読めない子どもたち―AIに代替されないために必要なこととは
「AI」には何ができて、何ができないのか―― 。人工知能プロジェクトの過程と結果から見えてきた「AI」の実像、そして人間の弱点について論じた一冊。
ビジネスの現場やさまざまなメディアで、目に(あるいは耳に)しない日はないほどのバズワードとなっている「AI」。現時点での関与度や関心は人それぞれだろうが、近い将来、私たちが「AI」とより強い関係を持たざるを得なくなるのは、間違いなさそうだ。となれば、どこかで聞きかじった知識だけで「AI」を「万能の存在」と崇めたり、「所詮ただのツール」と侮ったりしている場合ではない。今やるべきは、“その実態を的確に見極めること”だ。
本書「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」の読書体験は、「AIと共に生きる未来」に対する想像力の精度を高めることに、大いに役立ってくれることだろう。
「東ロボくん」の挑戦で確信された「AI」の限界
本書の著者は、国立情報学研究所の新井紀子教授。2011年に「ロボットは東大に入れるのか」と名付けられた人工知能プロジェクト(通称「東ロボくん」)を立ち上げ、主導した人物だ。本書は同プロジェクトの成果や経緯を振り返り、「AI」の可能性と限界について述べていくことから幕を開ける。
「東ロボくん」は、世間から「AIは東大入試に合格できる・しうる」ことを証明するためのプロジェクトと見られがちだったが、真の目的は違っていた。著者によれば、関係者一同、最初から東大合格は難しいと考えており、その挑戦を通して「AIにはどこまでのことができるようになって、どうしてもできないことは何かを解明すること」こそが、本来の目的だったそうだ。
「東ロボくん」に対して行われた「教育」の詳細は本書に譲るが、「東ロボくん」はスタートから7年が経過した2016年、受験したセンター模試「2016年度進研模試 総合学力マーク模試・6月」で平均得点の437.8点を上回る525点を獲得するまでに「成長」を遂げることとなった。その偏差値は57.1。「MARCH」や「関関同立」といった難関校の一部の学部・学科も合格圏内に入る数値である。外から見れば着実に「成長」を続けているかに思えた「東ロボ君」だが、著者によれば「ここが潮時」。そこからどれだけ頑張っても、偏差値65を超えることは不可能だったと断言する。
世界史は情報検索、数学は論理的な自然言語処理と数式処理で高得点の獲得を実現できたが、鬼門となったのは英語と国語。特に英語は難関で、150億文を記憶させても、ディープラーニング技術を取り入れても、スコアが伸び悩んだ。
著者によれば、「東ロボくん」が伸び悩んだ理由は、それが「計算機に過ぎない」ことにある。いくら速度と記憶量が上がったとしても、「AI」は「数式として表現できること―論理と確率と統計で表現できること―」以上のことは表現できない。つまり、その枠外にある「意味」を表現することができないのだ。人間であれば直感的に理解可能な「私はあなたが好きだ」と「私はカレーライスが好きだ」ということの本質的な意味の違いを数式で表現することは極めて難しく、そこに「AIができること」の限界があるのだと著者は説く。
「読解力」を苦手としているのは「AI」だけではない?
ここで、人間が持つ「意味」を理解する力=「読解力」の特権性を礼賛して終わることができれば未来は明るいのだが、そうではないところが本書の肝である。「AI」が苦手としている「読解力」は、少なくない数の人間もまた、高い水準では発揮できていないのではないか。それが著者の危険視するところである。
「東ロボくん」がスタートした2011年に、著者は日本数学会の教育委員長として全国48大学・6,000人の大学生を対象に「大学生数学基本調査」を実施したのだが、その結果は芳しくなく、問題を正しく理解できていないような「深刻な珍答」も散見された。大学進学者でさえまともに問題文を読めていないのではないか、十分な「読解力」を発揮できていないのではないか――。そんな危惧を抱いた著者は、実態を正確に把握するために中高生を対象として「基礎的読解力」を問うテストを実施したのだが、そこで明るみとなったのは、より深刻な事態であったという。例えば、以下の問題。
- 次の文を読みなさい。
- Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性Alexanderの愛称でもある。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。 - Alexandraの愛称は( )である。
1.Alex 2.Alexander 3.男性 4.女性
正解は本書でご確認いただくとして、注目すべきは「東ロボくん」が正解できたこの問題の正答率が、全国中学生(235名)で38%、全国高校生(432名)で65%に過ぎなかったという事実である。限定的な結果ではあるが、進学校の高校生の3人に1人は「AI」に対する優位性を示すことができなかったのだ。
「人間にしかできないこと」を愚直に積み重ねていく
「なんだ学生の話か。自分はもう十分な社会経験を積んで、成長もしているから大丈夫」と安心している方もいるかもしれないが、あなたは本書のこの問いに自信を持ってイエスと答えられるだろうか。
「現代社会に生きる私たちの多くは、AIには肩代わりできない種類の仕事を不足なくうまくやっていけるだけの読解力や常識、あるいは柔軟性や発想力を十分に備えているでしょうか」(p.172)
いうまでもないことだが…。たとえ、あなたが「読解力」に自信がないと答えたとしても、即座に能力を伸ばす特効薬はない。
日頃から物事の背後にある「意味」を考えることや「なぜ」という問いを持つこと。一見無関係に思えるようなものにまで視野を広げてみることや、突拍子もない論理的飛躍をあえてしてみること。あるいは、積極的に他者とコミュニケーションをとってみること。必要なのは、そうした「人間にしかできないこと」を愚直に、そして真摯に積み重ねていくことだろう。
きたるべき「AIと共に生きる未来」において自分はどうありたいのか、そのために今何をするべきなのか。そんなことを意識しながら読み進めてほしい一冊である。
■書籍情報
書籍名:AI vs. 教科書が読めない子どもたち
著者 :新井 紀子(あらい のりこ)
国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。
一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。
東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科単位取得退学(ABD)。東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。
2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。
※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。