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2019.10.07 NEW

世界銀行アドバイザーの試み―経済学の巨人たちは現代をどうみるか

世界銀行アドバイザーの試み―経済学の巨人たちは現代をどうみるかのイメージ

第四次産業革命や、世界各国における反グローバル化・保護主義的な機運の高まりなど――。国内外におけるさまざまな要因を背景として、社会、ひいては世界経済が大きな変化の途上にあることは誰もが実感しているところ。そして現代を生きるビジネスパーソンは、そうした変化を正しく捉え、その中で生き抜く力を身につけることが求められている。

そのためには、何をするべきか。方法の1つとしておすすめしたいのが、経済思想を学ぶことだ。世界経済の動きは、現代に名を残す経済学者たちが作り上げてきた思想を前提としているからである。

そうした学びの第一歩としてうってつけなのが、『タイムズ』の年間ベスト・ビジネス書に選ばれた書籍、『アダム・スミスはブレグジットを支持するか? 12人の偉大な経済学者と考える現代の課題』(早川書房)である。

偉大な経済学者たちに、現代の課題を投げかける

本書を著したのは英国を中心に活動するエコノミスト、キャスターのリンダ・ユー。オックスフォード大学経済学フェロー、ロンドン・ビジネス・スクールの経済学特任教授などを兼務し、BBCでも司会番組を持つ人物だ。世界銀行のアドバイザーも務めるなど、その実力は折り紙付きだ。

著者は本書において、歴史的な経済学者たちの思想を当時の時代背景や社会的課題に則して紹介するとともに、「彼らならこの現代社会における諸課題をどのように考えるのか?」という刺激的な構想のもとに問いかけを設定し、その答えを探っていく。

本書で取り上げられる経済学者たちと、彼らに問いかける現代の課題は次の通り。

  1. アダム・スミス「政府は経済のバランスを調整すべきか」
  2. デヴィッド・リカード「貿易赤字は重要な問題か」
  3. カール・マルクス「中国は富裕国になれるのか」
  4. アルフレッド・マーシャル「格差の発生は避けられないのか」
  5. アーヴィング・フィッシャー「1930年代が再来するおそれはあるのか」
  6. ジョン・メイナード・ケインズ「投資をすべきか、控えるべきか」
  7. ヨーゼフ・シュンペーター「何がイノベーションを促進するのか」
  8. フリードリヒ・ハイエク「金融危機から何を学べるか」
  9. ジョーン・ロビンソン「賃金はなぜこれほど低いのか」
  10. ミルトン・フリードマン「中央銀行は仕事をしすぎているのか」
  11. ダグラス・ノース「なぜ豊かな国はこれほど少ないのか」
  12. ロバート・ソロー「低成長の未来がやってくるのか」

経済学者たちの思想や理論に現代の抱える課題を照らし合わせて思考することで、彼らの思想をより深く学ぶことができるだけでなく、現代社会の問題点を伝統的理論のものに再考することができる点が本書の魅力だ。

「見えざる手」が示した市場メカニズム

まず著者は序章において、取り上げた12人を「偉大な経済学者」と評価する理由について、自らの考えを明らかにする。その理由とは、彼らが「経済学の基礎をなす一般的なモデルを初めて考案したから」である。近年のノーベル経済学賞の受賞者など著名な経済学者は他にもいるが、その研究の多くは12人の「偉大な経済学者たち」が築き上げた礎に根差したものだと著者はいう。

中でもその功績を強調しているのが、日本語訳版のタイトルにも掲げられているアダム・スミスだ。著者は「何か経済的な問題にぶつかったとき、あらゆる経済学者はまずアダム・スミスに戻ると言っても過言ではない」とまで述べている。

アダム・スミスが生きたのは18世紀のイギリス。全世界に大きな変化をもたらすことになる産業革命が始まった地だ。世界初の工業国となったイギリスでは、製造業者たちが生産性・所得を高めていく光景や、中産階級が大量生産品を購入するようになる光景があちこちで見られるようになっていた。

そうした消費者革命の萌芽を目の当たりにし、アダム・スミスはさまざまな経済理論を構築していく。中でも、特に「経済理論の基盤」となっていると著者が述べているのが、「見えざる手」として広く知られる市場メカニズムについての考察だ。

アダム・スミスは、あらゆる財には生産する費用に等しい「自然価格」があると考え、消費者がその財に支払う「市場価格」と区別した。その上で、彼は「市場価格」は社会における出来事や政府の規制などにより上下することはあるものの、それらが取り除かれさえすれば、最終的に需要と供給のバランスにより自ずと均衡点である「自然価格」に向かい収れんしていくのだと説いた。

そうした発想の下敷きとなっているのは、人々の「自己利益の追求」だ。複数の生産者がいる場合に、各々に「自分の商品を売りたい」という自己利益の追求心があるからこそ競争が起こり、価格は均衡点へと向かっていくことになる。

市場のメカニズムが正しく働けば、人々が自己利益を追求し行動することが公共の利益・社会の発展につながる――。そうやって、アダム・スミスは市場の力の「見えざる手」という考え方を提示し、新しい時代の経済の在りようを解明し、発展へ導いていこうとしたのだ。

アダム・スミスは現代イギリスをどう見るか

そして著者は、市場における「見えざる手」という考え方を示したアダム・スミスに対して、1つの問いを投げかける。「政府は経済のバランスを調整すべきか?」という問いである。

ここでまず考えなければならないのが、アダム・スミスは当時の政府がとっていた保護主義的な貿易政策に断固として反対していたということ。政府が市場に介入し、その自由を歪めることは、人々ひいては社会を非生産的な方向に向かわせると考えていたからだ。

視点を現代に移そう。2008年の金融危機を受けて、イギリスでは金融サービス部門への依存度を低下させつつ製造業を再興すること(再工業化)や、自国製品を海外でもより売れるようにすることを目指して、経済のバランス調整が試みられている。しかし、著書によればそれはいまだ奏功していない。こうした状況においても、アダム・スミスであれば政府は市場に介入しこの調整の努力を続けるべきだと考えるだろうか?

この問いに対し、筆者は「アダム・スミスは政府が経済のバランスを調整することについては、それが市場の機能に歪みをもたらすことを意味するならば支持しなかったはず」だという否定的な結論をくだす。アダム・スミスの経済モデルにおいて、政府は「経済を根本的に変えることはできず、市場の機能の仕方を歪ませるだけ」とされているからだ。

では、サービス業に対するアダム・スミスの考え方についてはどうだろう?

アダム・スミスは18世紀当時、製造業こそが価値を生むものであると考え、サービス業を重視していなかった。しかし、技術革新により、その特性が大きく変化した現在のサービス業を目の当たりにしても、アダム・スミスは同じように考えるだろうか? たとえば、WEB上における音楽配信サービスなどは、当時のアダム・スミスには想定もされていなかったはずだ。それに対して著者の導き出した答えと理由については、ぜひとも本書を手に取り確かめてみてほしい。

変化の時代を生き抜く力が身に着く一冊

本書には冒頭で紹介したように、アダム・スミス以外にも数多くの経済学者たちが、現代の課題と照らし合わせるかたちで紹介されている。

現代との関連という点でビジネスパーソンがとりわけ興味深く読めるのは、「創造的破壊」の概念を提示したシュンペーターと、新しい経済成長モデルを開発したロバート・ソローについて論じられた2つの章だろう。

前者では、米コンピュータ企業が世に送り出したスマートフォンが携帯電話メーカーを急速に衰退させていくという、馴染み深い事象が取り上げられ、後者ではここ日本でいま展開されている経済政策「アベノミクス」が取り上げられているからだ。

とはいえ、馴染みがあろうとなかろうと本書を読む上で心掛けておきたいのは、著者が綴る答えを待つのではなく自分自身でもその答えについて考えながら読み進めていくことだ。それによって、より高い粒度で巨星たちの思考を理解し、自らの血肉にしていくことができるだろう。

丁寧で細やかな時代背景の説明がなされているがゆえに、やや教科書的に感じられるところもあるかもしれないが、“変化の時代を生き抜く力”を高める意味でも、ぜひ腰をすえて向かい合ってみてほしい一冊だ。

アダム・スミスはブレグジットを支持するか? 12人の偉大な経済学者と考える現代の課題のイメージ

■書籍情報

書籍名:アダム・スミスはブレグジットを支持するか? 12人の偉大な経済学者と考える現代の課題

著者 :リンダ・ユー(Linda Yueh)
英国を中心に活動するエコノミスト、キャスター。オックスフォード大学経済学フェロー、ロンドン・ビジネス・スクールの経済学特任教授のほか、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のシンクタンクIDEAS客員上席フェロー、北京大学の経済学客員教授も兼務。ブルームバーグTV、BBCの番組司会、中国特派員なども経験。≪タイムズ≫、≪ニューヨーク・タイムズ≫、≪フィナンシャル・タイムズ≫などに寄稿し、ダボス会議、世界銀行のアドバイザーも務める。イェール大学で学士号、ハーヴァード大学で公共政策学の修士号、ニューヨーク大学で法学博士号、オックスフォード大学で経済学博士号を取得。

訳者 :久保 恵美子(くぼ えみこ)
翻訳家。東京大学経済学部卒業。

※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。

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