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「先生のための金融教育セミナー」に集まった教育現場の悩み、22年目の金融広報中央委員会の思い

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金融広報中央委員会は2002年より、教育現場に関わる先生たちを対象にした金融教育セミナーを実施しており、2023年は7月27日に「2023年度 先生のための金融教育セミナー」が開催されました。「金融教育を発展させるという意味では、担い手である先生が大事、人材が大事です」と金融広報中央委員会の河合真児さんは言いました。

一番効果的な金融教育は「子どもたちの心に刺さること」

2020年4月から小学校で、2021年4月から中学校で、2022年4月から高校で、それぞれで開始された新しい学習指導要領では、金融教育に関する内容が大幅に拡充されました。教育現場では金融教育ができる先生の育成やカリキュラムの作成など、より一層の対応を求められています。このセミナーは、先生たち自身が金融教育について理解を深め、学校現場で実践していくための学びの場になることを目指して開催されています。

セミナーは小学校から大学までの先生、教育委員会指導主事、先生を目指す大学生・大学院生を対象としています。このセミナーが始まった2002年当時は、金融教育に関心がある先生は少数派でしたが、近年は全国各地から多くの応募があり、今年は対面とオンラインのハイブリッド形式で約240人が参加しました。

基調講演「具体例から説き、直感的な理解へ誘う金融経済教育」は、物価研究の第一人者として知られる東京大学大学院経済学研究科・渡辺努教授が担いました。渡辺教授に依頼した狙いとして、「物価が上昇していることを子どもたちも実感しており、経済情勢が変わってきています。その変化を子どもたちにどう伝えるか、先生たちが肌で感じる場になれば」という思いがあったことを河合さんは明かしました。

東京大学大学院経済学研究科・渡辺努教授

基調講演では、渡辺教授自身の物価研究やベストセラー『物価とは何か』『世界インフレの謎』を執筆した際の気づきなどについて話がありました。日々の業務に追われる先生たちへのアドバイスとして、渡辺教授は「刺さること」が大事だと言います。

「人間の興味には限界があると言われています。本を書く時も、どうしたら読者に『刺さる』かを考えました。子どもたちの興味は、友だちや遊びに大部分が割かれ、金融や経済に向けられるのはほんの僅かになるのが当然です。ですから、先生方は『自分の知識や理論を全部話そう』といった野望は捨てて、ご自身が子どもの頃の感覚を思い出し、金融経済について面白いと感じることを子どもたちに伝えると良いと思います。そうすれば、子どもたちに『刺さる』話ができて、それを基に子どもたちが自ら考えるようになり、結果として一番効果的な金融教育になると思います」

現場に立つ先生たちの悩みに答える

基調講演に続き、大妻女子大学家政学部・澤井陽介教授からは講演「教科『社会科』と視点『金融教育』」が、大阪教育大学健康安全教育系・鈴木真由子教授からは講演「家庭科で展開する金融教育」があり、最後に両教授と参加者との意見交換会が開かれました。各講演についてはこちら(澤井教授講演 鈴木教授講演

意見交換会では、金融教育の現場で先生たちは様々な悩みを抱えていることがうかがえました。以下、セミナーで挙がった先生たちからの質問とその返答です。

(左から)大妻女子大学家政学部・澤井陽介教授と大阪教育大学健康安全教育系・鈴木真由子教授

――質問:金融教育、特に実践的な授業における生徒の評価が非常に難しいです。どのような視点や手法で評価すべきでしょうか。

澤井教授:基本的には教科の観点で評価すべきだと思っています。もちろん、評価は学習指導要領に規定されておらず、法的な意味合いは強くないので、それ以外の評価基準を作っても良いのですが、それは大変です。総合的な学習(探究)の時間であれば、割と自由に設定できるかと思われますが、金融教育を社会科でする時は社会科の評価、国語科でする時は国語科の評価などと、整理した方がやりやすいのではと思っています。

鈴木教授:金融教育と言っても非常に広いため安直な答え方はできませんが、基本的には学習指導要領にある「資質・能力の三つの柱」(知識・技能、思考・判断・表現、学びに向かう力、人間性など)で評価するという大原則があります。例えば金融や経済の仕組みに関わるような授業として知識を問うなら、その知識がちゃんと理解できているかを評価することが必要です。その時にグループで調べて学習し、発表するのであれば、また別の判断が入ってきます。

――質問:高校での金融教育は投資教育だと言われてしまうことがあります。教科書以外の教材を用いた場合、投資推奨に当たるかどうかの判断基準など、教員が気を付けるポイントはありますか。

鈴木教授:2年くらい前から投資に関わる様々な業界団体が色々な教材を提案してくださっていますが、先生ご自身が教材をしっかり吟味することが第一かと思います。外部講師に授業をお願いする場合も、判断に迷うところは避けていただくなど、前もってチェックすることで防げるところはたくさんあります。ただ、私も業界団体のものは一通りチェックしていますが、例えば特定の株式を勧めるようなレベルのものは見当たらなかったですし、そんなに怖がらなくてもいいのではと思っています。

澤井教授:一つ加えると、これからの教育の在り方として考えると、小学校でも高校のSTEAM教育(科学、技術、工学、芸術、数学を総合的に学ぶ教科横断的な教育)につながる実践に総合的な学習の時間などを使って取り組むところが出てきています。子ども一人ひとりが課題意識を持って探求していくことを、金融教育の中に加えるというやり方もあるでしょう。みんなでこれをしようと方向づけるよりも、一人ひとりが問いを持ち、それを追究しながら自分の意思決定をしたり、行動変容をしたりという考え方です。

――質問:講演では、特に小学生の金融教育に関して、各教科で身につけた知識や技能によって考え方が豊かになるというお話がありました。同じように考え方への影響力が強い家庭との連携や関わり方はどう工夫したらいいでしょうか。

澤井教授:難しい話です。各家庭の情報を基にして調べたものを学校に持ち込むことはうまくいかない傾向があります。例えば昔、スーパーの学習で買い物調べという学習をしたことがあります。1週間で何を買ったか調べて報告させるというものですが、これは教師がきちんと配慮しないと、家庭の生活調査になってしまいます。そのため今の学習指導要領解説にはプライバシーに配慮する旨が書かれています。一方で、金融や金銭に関わる場合の家庭との連携は、学校でこういうことが大事だ、こういうことを学んだ、という価値観を子どもから家族に共有してもらう、または、教師が家族に直接伝える、という方法はあり得ると思います。学校で学んだことを家庭に対して発信していくことはすごく大事なことです。

鈴木教授:例えば、定期定額でお小遣いをもらっている小学生は1/3程度であり、お小遣いを記録して管理をしましょう、という授業をするのは難しい状況です。そのあたりも含めて考えていかないといけません。一方で、買い物の経験が全くないという子どもは多くはありません。例えば、修学旅行のお土産を一定の決まった金額の中でどう買いますか、どうお金を使えば満足度が高くなりますか、ということを理解させる学びは可能性があると思います。

――質問:日本の金融教育が十分ではないのは、金融教育ができる教員が不足しているのも一因だと考えています。どう育成すべきでしょうか。また、公民科以外の教員はどうやって金融教育をしていくべきでしょうか。

鈴木教授:まず教員一人ひとりで言うと、私がいる大阪教育大学の教職教養の選択科目には消費者教育論という授業があり、2年ほど前からは受講者を制限するほど人気が出ています。教職大学院の中でも消費者教育論に近い授業が展開されています。ただ、あくまでも選択科目ですし、全員が一律で学ぶというものではないのが現実です。そのため、教員研修の一環として、金融教育を含む消費者教育を位置付けていくのを働きかけることはできるのでないかなと思っています。学校全体に広めるという意味では、校長など管理職からのトップダウンだけでは難しいですが、トップに理解がないとさらに難しいです。

澤井教授:経済を学ぶ学生が教員になってくれるといいですが、例えば環境教育や国際理解教育の専門家の教員がいるわけではないのと同じ考え方だと思います。所属校でカリキュラム研究をすることが一番じゃないでしょうか。例えば研究校を指定し、金融教育のカリキュラムをどう作っていくかを研究し、その学校にいた教師の何人かが金融教育の専門家になっていくというサイクルです。

――質問:先生自身が資金調達や投資に疎いため、生徒にどう教えたらいいか悩んでいます。

鈴木教授:学校によって様々な特徴があると思いますが、例えば今では小学校単位で、保護者も巻き込んだクラウドファンディングもあるぐらいです。子どもたちが何かを作ろうとした時にお金がない現実に直面し、クラウドファンディングを始めるというパターンです。どうプレゼンテーションをすれば賛同してもらえるか、子どもたち自身も調べて資金調達を実現させています。そうしたことから始めてみるのもいいのではないでしょうか。

澤井教授:宮古島のある小中一貫校の話ですが、子どもたちが特産品を作って売り、学校の備品購入などに使うという取り組みをしていました。各地域の教育委員会の方針に依るところですが、自分たちが稼いだら自分たちの活動に使えるという取り組みが可能なら、子どもも教師も意欲が変わるはずです。教育だけでなしえることではなく、社会全体が力を合わせて子どもたちの金融教育の方向付けをすることが必要なのかもしれませんね。

次の10年、20年に金融教育をつなげていく

セミナー終了後、参加者からは、「どのような授業構成にすることで生徒の関心が上がるのか悩んでいました。リアルである必要はなく、リアリティのある教材を設定することが大切だということを改めて感じました」(中学校家庭科教員)、「これからを生きる上で必ず関わりのある金融について、小学校、中学校、高校にかけて、つながりを持ちステップアップしていく様がよく分かりました。一度、自分が子どもの時に何を思って行動していたかを思い出して、学習につなげていこうと思いました」(教職を目指す学生)などという声が挙がっていました。

先生たちを対象にした金融教育は今回のセミナーのほか、10月からは専門家が登壇する講義のオンデマンド配信を始める予定です(詳しくはこちら)。

また、金融広報中央委員会が運営する暮らしに役立つ身近なお金の知恵・知識情報サイト「知るぽると」内では、「金融教育の実践事例を探す」を通じて、金融教育の実践事例を、キーワードなどで検索できるデータベースを提供しています。

セミナーを始めてから22年。河合さんは「22年続けて少しずつ目に見える形で成果が出始めていると思いますが、また次の10年、20年、金融教育が少しでも浸透していくように続けていくことが大事だと思っています」と振り返りました。回を重ねる中で、金融広報中央委員会は少しずつ金融教育が浸透していく未来を思い描いています。

文責・野村ホールディングス株式会社 ファイナンシャル・ウェルビーイング室

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