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「行動ファイナンス」で疑問を解決!第3回「選択肢が多すぎて投資ができない…」

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野村證券金融工学研究センターの大庭昭彦が、皆さまの投資に関するお悩みを行動ファイナンスの観点から分析、解決法を探っていきます。第3回で紹介するのは、投資を始めようとしたものの、情報を集めすぎてなかなか投資の決断ができないというお悩みです。

お悩み

私の両親は、私が子供のころからお金に関して細かく「節約しろ、株はやるな」と言っていました。私は成人して親元から離れてからもこのルールをずっと守っていて、すぐに使わないお金は長らく全て銀行預金にしています。ところが最近になって、親が「投資を始めてみたら上手くいった」などと言い始めました。勝手なものですが、「まあ喜んでいるなら良いかな」と考えています。

そこで改めて「自分も投資をしてみよう」と思い立ち、その日の夜にネットで調べてみました。注目されているのは最近のリターンランキングトップのA投資信託や、環境配慮で有名なB投資信託などで、どちらにもネットで「おすすめ」する人たちがいます。よくわからないので、その日の投資はやめて、翌日投資についての雑誌を買って読んでみると、他にも、流行りのAI企業投資や成長中のインドへの投資などが紹介されていて選択肢は広がる一方です。なかなか先に進めないのですが、どうしたら良いでしょうか。(Cさん、45歳、会社員)

回答:

まず、ご両親が投資で満足されているのは、大変良いことかと思います。Cさんも「親が言うから」という心理的な強い制約が外れ、経済的に合理的な行動をしやすくなったのでしょう。ところが、実際に投資情報を集めてみると、膨大でなかなか決定に至らず、困っているということだと思います。

このケースの裏には一つには「決定麻痺」や「分析麻痺」と呼ばれる心理バイアスが働いていると考えられます。まず、完全に合理的な人やAIなら判断の参考になる情報は多ければ多いほど良い判断ができるはずです。余分な情報があったとしても取捨選択できれば良いでしょう。しかし「普通の人」ではどうでしょうか。

コロンビア大のシーナ・アイエンガー教授たちは、こうした心理を学生に対する実験で調査しました。学生たちは複数の種類のチョコレートから一つを自由に選び、10点満点で評価します。6種類から選ぶケースと30種類から選ぶケースでテストしたところ、6種類の場合の評価の平均は6.25で、30種類の場合の評価の平均は5.5でした。多い方が低い評価になりました。

また、5ドルのお金かチョコレートかを選ばせる実験では、6種類の場合は47%がチョコレートを選んだのに、30種類の場合は12%しかチョコレートを選びませんでした。選択肢の数が多いことはチョコレートの価値を低くし、選ぶ人を減らしているのですね。(※1)

話を投資信託の選択に戻すと、同じアイエンガー教授が、会社員が投資対象を選べるしくみを就業先の企業が提供する、自由参加の年金システムでは、「選べる投資信託の数が多いと参加する人が減る」という現象を報告しています。「普通の人」の処理できる情報量には限界があるために、情報が多いとかえって「先延ばし」してしまうということですね。(参考:基礎から学ぶ行動ファイナンス 第6回「決定麻痺のわな」

前回も紹介したように、投資教育と投資推進に関する研究の新展開(大庭、証券アナリストジャーナル2022年7月)によれば、日本の個人の4分の1は興味があるのに投資していないグループで、このグループの人たちは投資をしている人のグループよりも情報収集に時間をかけています。このことは一見不思議ですが、「過度な情報収集が決定麻痺を強化している」と考えると不思議ではありません。

Cさんは、もともとの投資の目的を改めて考えられたうえで、それにマッチする投資対象に絞ってみてはいかがでしょう。自分ひとりで選択肢を絞るのが難しいということなら、信頼できる第三者に相談してみても良いかもしれません。また、少額から投資を始めることで心理的ハードルを下げるなどの工夫も役立つと思います。

※1「行動ファイナンスで読み解く投資の科学」(大庭昭彦、2009年、東洋経済)

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本シリーズでは、読者の方から投資家心理に関するお悩みやご相談を募集しています。こちらのサイトからお送りください。

本稿は、野村證券株式会社社員の研究結果をまとめたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではございません。2024年7月現在の情報に基づいております。

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大庭 昭彦

野村證券株式会社金融工学研究センター エグゼクティブディレクター、CMA、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。大学卒業後、1991年に株式会社野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券株式会社金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。

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