「行動ファイナンス」で疑問を解決!第1回「買ったばかりの株が急落…」
野村證券金融工学研究センターの大庭昭彦が、皆さまの投資に関するお悩みを行動ファイナンスの観点から分析、解決法を探っていきます。第1回では、保有株の株価急落を心配する投資家の方の悩みにお答えします。
数年後の成長を見据えてある企業の株を買い付けましたが、買った途端に経営者が保有株を売却したことに市場が反応して株価が急落してしまいました。経営の中身では特に新しい情報はないので証券会社などのアナリストらの予想は強気のままなのですが、「何かあるのでは」と気になってしまって夜も眠れません。どうすればよいでしょうか。(Aさん、40代、会社員)
回答:「投げ売り」に気を付けて
まず、せっかく考え抜いて投資した銘柄の株価が買ったとたんに急落してしまい、大変不安なことと思います。
こうした時に「普通の人」が反射的にやってしまいがちなのは、投げ売りしてしまうことです。不安の元が投資していることだとすれば、投資をやめれば不安もなくなるかもしれません。でも本当に「下落したから」という理由で売ってしまって良いのでしょうか。
ここでイメージすべきなのは、よくメディアで紹介されるような「投資で失敗した人」です。さまざまな失敗例がありますが、典型的なのは「将来のためを考えて投資を始めたのに、急落したので投げ売りした。投資しなければ良かった」と言う人です。
この例を冷静に見直せばわかるように、失敗は「投資したこと」ではなく「投げ売りしたこと」です。合理的に考えれば、長期保有を想定していて、その想定は全く変わっていないのに、相場の短期的な変化に反応して売却することは間違っています。逆に「投資で成功している人」は投げ売りしなかった人に限られますね。
しかし、雑誌やネットのメディアで「投資で失敗した人」が取り上げられる時には「投げ売りが失敗だった」というストーリーではなく、「投資そのものが失敗だった」というストーリーになっていることが大半です。また、投げ売りした人たち自身も「売却が失敗だった」とはあまり言わないようです。これには理由がありそうです。
人は何らかの行動をした後で「この行動は失敗だった」と認めることはとても嫌なものです。これを行動ファイナンスでは「認知的不協和」の状態にあるといいます。そして、その不協和を解消するために、行動を見直すのではなく、行動の前提を変えようとしがちです。具体的には、売却が間違いではないという「根拠」を探して回るか、それが難しければ、投資したこと自体を忘れたい気持ちになることが多いようです。(参考:基礎から学べる行動ファイナンス 第5回「すっぱいブドウのバイアス」)
焦る気持ちを抑えましょう
Aさんにとって良かったことの一つは、すぐに投げ売りをしていないことです。下落からある程度時間が経過していることも良いですね。そもそも脳の判断についての「2重過程モデル」では、人はすぐに働く「直感脳」とゆっくりと働く「熟慮脳」の2種類の脳で別々の判断をしている、と説明されます。そして、判断のタイミングや状況に応じて、総合的に1つの判断を採用しているようです。
投げ売りは直感脳により間を置かずにやってしまいがちな行動です。投げ売りを抑制でき、時間が経過して熟慮脳に判断が移れば、考えは変わります。
熟慮脳によって、そもそも数年後の成長を見据えていたこと、経営者の行動は特に企業の成長性の判断と関係がないこと、短期的な下落は想定内だったことなどを思い起こせば「下落したことだけを理由にして売るべきではない」という理性的な判断ができるかもしれません。
「何かあるのでは」と気になってしまうとのことですが、実際に「何かあったのに情報公開前に経営者が株式を売却すること」はインサイダー取引として刑事罰の対象となるほど重大な「事件」であり、めったに起こりません。これが、たまたま自分が買った銘柄で、買ったばかりのタイミングで起こる確率はかなり低いことを思い起こすのも有用かもしれません。(参考:基礎から学べる行動ファイナンス 第7回「『思い込み』の問題」)
自力で直感脳を抑制できる方は問題ありません。しかし、自力で抑制するのは難しいという方も多いのではないでしょうか。この場合は事前に自分の将来の行動に制約をかける「コミットメント」ができるよう工夫することや、必要に応じてご家族や信頼できる知人などの力を借りることが、「投資で失敗した人」にならないために役立つでしょう。(参考:基礎から学べる行動ファイナンス 第9回 「自分の未来にも約束させる」)
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本稿は、野村證券株式会社社員の研究結果をまとめたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではございません。2024年3月現在の情報に基づいております。
野村證券株式会社金融工学研究センター エグゼクティブディレクター、CMA、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。大学卒業後、1991年に株式会社野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券株式会社金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。