
ファイナンシャル・
ウェルネス研究会 Financial Wellness Research Institute
個人のファイナンシャル・ウェルネスの実現に向けて、アンケート調査による実態把握や、課題を共有する企業数社とともに有識者を交えた議論を行いました。初回の取組としては、パブリック・スピーカー山口周氏、大阪大学大竹文雄教授、フィンウェル研究所の野尻哲史代表を有識者にお迎えしました。
いかにして企業が個人のファイナンシャル・ウェルネス実現を支援していくと良いか、様々な角度から知見を集め、課題解決に向けた議論と意見発信を目指します。
参加企業:伊藤忠商事、NSFエンゲージメント、塩野義製薬、電通、野村総合研究所 ※五十音順、「株式会社」は省略しております
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1.ファイナンシャル・ウェルネスとは
人生100年時代を迎え、一人一人が人生の様々な目的に対応した形で資産形成を行い、経済的に自立することが重要になってきている。企業の支援も期待されているが、雇用形態の変化や人材の多様化等を背景に、企業と従業員の関係、提供できる制度、従業員が求める支援も変化しており、従来通りの福利厚生制度の提供では、必ずしも十分ではなくなっている。
米国では、企業の福利厚生サービスにおいて、ファイナンシャル・ウェルネスが一つのキーワードとなっている。福利厚生制度がファイナンシャル・ウェルネス・プログラムと呼ばれることも増えている。ファイナンシャル・ウェルネスは、個人や世帯が「足元の金銭的な義務を果たすことができ、将来の金銭的な状況について安心感があり、生活を楽しむための選択ができる状態」を示す概念である。米国では、企業がファイナンシャル・ウェルネス・プログラムを提供する理由として、従業員の満足度改善、リテンション改善、金融面のストレス減少、生産性向上などが挙げられており、従業員の安心、満足、幸福を増進することが包含されている。第一章
ファイナンシャル・
ウェルネスとはView Report -
2.ファイナンシャル・ウェルネス向上に向けた企業の取り組み
研究会への参加企業は、確定拠出年金(DC)、従業員持株会、職場つみたてNISAといった資産形成支援のメニューを従業員に対し提供している。ただ、こうした福利厚生制度の目的や目標、現状の達成率と改善策を改めて問われると、必ずしも明確ではないことを自覚せざるを得ない、といった実情が浮き彫りになった。
また、ファイナンシャル・ウェルネスは、いわば個人・世帯の貸借対照表(B/S)が安定的な状態にあることでもある。そのために損益計算書(P/L)を改善するという考え方もあり、昨今の潮流を踏まえれば、昇給という手段以外にも、副業の推進、リモートワークによる通勤時間の削減、都市部以外での居住による住宅費の削減なども、ファイナンシャル・ウェルネス向上の論点として含まれうる。居住地については、業務上の困難さが指摘されたし、リモートワークや副業は実施されていても、必ずしもファイナンシャル・ウェルネスとは結び付けられていない。換言すると、ファイナンシャル・ウェルネスのカバーすべき論点が幅広いことが浮き彫りになった。第二章
ファイナンシャル・
ウェルネス向上に
向けた企業の取り組みView Report -
3.ファイナンシャル・ウェルネスへの行動経済学の応用
福利厚生制度の適切な利用促進については、行動経済学の知見を生かす余地が大きい。行動経済学の重要な知見である「ナッジ」は、より良い意思決定を引き起こす手助けとなる。福利厚生制度の設計において、利得や損失を上手く強調する、デフォルトを上手く設定する、情報提供時の分かりやすさや選択肢を限定する等がナッジの活用例として挙げられる。
また、世代別のアプローチが極めて重要である。例えば新入社員のDC加入時は、デフォルトの工夫次第でより合理的な運用商品選択に繋げることが可能である。また、一般的な傾向として40~50代は幸福度が低下する世代であり、企業にとって懸案事項である。若年から中高年まで、世代ごとの特性を捉えアプローチすることが重要となる。第三章
ファイナンシャル・
ウェルネスへの
行動経済学の応用View Report -
4.従業員1万人アンケートからの示唆
研究会の一環で、従業員数1,000人以上の上場会社従業員1万人を対象とするアンケート調査を実施し、ファイナンシャル・ウェルネスをめぐる実態把握を試みた。研究会では、主に、①金融リテラシーとファイナンシャル・ウェルネス、②幸福度・満足度の高い個人の特性から見る「目指すべき姿」について議論した。金融リテラシーの高い人、幸福度・満足度の高い人は、それらが低い人に比べ、総じて福利厚生制度を利用できており、同制度以外にも資産形成を実践し、ファイナンシャル・ウェルネスが高いこと等多くの注目に値する状況が確認された。
第四章
従業員1万人
アンケートからの
示唆View Report -
5.課題と展望
研究会の議論を通じて、ファイナンシャル・ウェルネス向上を巡る共通の課題を洗い出すことができた。
行動経済学の応用を巡る議論では、上述の通り、世代別アプローチを含め、更なる工夫の余地があることが確認された。世の中の変化に伴い福利厚生制度の転換期に直面している可能性がある。従来型の箱物やイベント型の福利厚生制度が廃止される傾向にある中で、ファイナンシャル・ウェルネスも含め、物理的に見えない恩恵をもたらすソフトウェア的な福利厚生メニューの提供が主流となっていく。そのような制度の利点をいかに伝えて、いかに従業員の間に浸透させていくのかが問われている。
また、何を目指して福利厚生制度を提供するのかは、各社それぞれが定める必要があるが、基本的な考え方、枠組みを整理するのは有意義な可能性がある。その過程で「従業員とは何か」も改めて問い直す余地があろう。
現状、ファイナンシャル・ウェルネスについては、子育て支援のように、従業員が当然のこととして企業に期待し、企業もその期待に応えるという状態に到達しているとは言えない。従業員が企業に求めるようになれば、企業は対応を迫られることになり、企業がファイナンシャル・ウェルネス支援を一層強化する論拠ともなる。そうした状況に至るには、従業員が資産形成の必要性を理解し行動する必要があり、国レベルの取り組みが求められる課題であろう。第五章
課題と展望View Report