2023.07.25 NEW
AIチャットボットを研究者が解説! 人間とAIが一緒に働くために必要なスキルとは
2022年末から話題となっている大規模言語モデルのAIチャットボット。
なぜAIチャットボットはこれほど注目されているのか、従来のチャットボットと何が違うのかをおさらいしていこう。
まず、チャットボットとは、「チャット」と「ロボット」の2つに由来し、利用者がテキストや音声でコンピューターに情報や質問などを入力すると、結果が出力される対話型のプログラムを指す。
すでに企業や行政機関、病院などのWebサイトでは、利用者からの簡単な問い合わせに対応するため採用されているのをよく見かける。スマートスピーカーなどもチャットボットの一種といえるだろう。このように、誰でも日常生活で触れる機会があるIT技術で、それほど物珍しいわけではない。
しかし、最新の人工知能や大規模言語モデルを利用したAIチャットボットの進化は著しく、次々と新しいAIチャットボットが生まれている。そこで人工知能研究者である慶應義塾大学教授の栗原聡(くりはら さとし)さんにお話を伺った。
技術革新のインパクトをもたらしたAIチャットボットとは?
栗原さんは、大規模言語モデルのAIチャットボットが社会に大きな衝撃をもって受け止められた最大の理由を「AIが人のように流暢にしゃべれるようになったことが大きい」と語る。
「人工知能、つまりAIは突き詰めれば、コンピューターなので電子計算機にすぎません。電子計算機が得意なのは迅速な計算やデータ処理であって、人が得意とする空気を読む、状況や感情を理解する、言葉を話すということは苦手でした。そのAIが大規模言語モデルでは人と自然な対話ができるようになった。これがこれまでとの大きな違いです」
従来のチャットボットは、あくまでも特定の用途に限定した使い方しかできないものだった。医薬に関するチャットボットならば、症状や医療品などの内容に関連した質問に対してのみコンテンツを提供することができた。
大規模言語モデルの性能がここ数年で向上したことで、AIチャットボットも飛躍的な進化を遂げた。
「大規模言語モデルは人に近い自然な言い回しでの対話を可能とする目的で膨大なデータを取り入れていったのですが、その副次的な産物として広範な知識を身に付けています。そのために、何にでも使える汎用型AIチャットボットが誕生したのです」(栗原さん)
世界で同時公開されたことも大きなインパクトだという。2022年末、AI開発を手掛ける米ITベンチャー企業が、大きな関心を集めるAIチャットボットを、特別な技術がない人でも自由に使えるツールとして無料で世界中の人々に一般公開した。
「すべての人が等しく新しいテクノロジーの恩恵にあずかれるという意味で、蒸気機関の発明による産業革命やインターネットの登場に匹敵する画期的な出来事です。テクノロジーの浸透する時間はどんどん短くなっていますが、過去の変革よりもはるかにスピーディーだったのです。そのため産業革命よりもインパクトがあるのではないでしょうか」と、栗原さんは考えている。
検索や文書作成業務はなくなる!? AIチャットボットがビジネスに与える影響
AIチャットボットが今後、実際のビジネスにどのように存在感を示すのか。まずは、市場規模の予測を見ていこう。
株式会社グローバルインフォメーションの調査によると、世界のチャットボットの市場規模は2022年に42億8,000万米ドルであったが、年平均成長率21.5%の成長が予測され、2028年までに137億7,000万米ドルに達するとしている(図1)。
出典:株式会社グローバルインフォメーション「市場調査レポート『チャットボットの世界市場の予測(~2028年)』、分析:コンポーネント別、展開別、タイプ別、用途別、組織規模別、用途別、地域別(Stratistics Market Research Consulting)」をもとに編集部作成
AIチャットボットの登場で、検索エンジンのビジネスモデルが揺らぐ可能性があるとの報道もある。確かに、ありとあらゆる知識を備えるAIチャットボットに質問すれば、まとまった言葉で回答してくれるため、インターネットでキーワードを打ち込んで検索する手間が省けるかもしれない。
だが、栗原さんは「検索エンジン不要説」には懐疑的だ。
「AIチャットボットは学習に使った知識以外は持っていません。しかし今後は、ユーザーからの書き込みや対話に対して、AIチャットボット自体が検索を行い答えるようになるかもしれません。AIチャットボットと検索エンジンの境界はだんだんなくなっていくのではないでしょうか」
実際に栗原さんは、検索スタイルの変化の兆しを捉えている。
「最近は、AIチャットボットが持ち合わせていない情報をあらかじめ検索して付加するアプリケーションが登場しています。私たちが検索するより、AIチャットボットに聞くほうが正確で早いため、検索ボックスにテキストを打ち込むスタイルも減るでしょう」
AIチャットボットに求められるビジネスでの用途は、検索エンジンの代替ツールだけではない。むしろ期待されるのは、文章の自動生成機能かもしれない。
「キーワードを自分で考えたあと、それを文章にするなど、面倒くさい部分をやってくれるのです。また、1、2万字の文書、例えばマニュアルなどを要約する作業は、コンピューターならではの速度を活かせます。こういった時短につながる機能は、市場に大きく寄与するでしょう」
AIチャットボットはテキストを受け取ると文章を生成する。オフィスワークのさまざまな業務に使用できるという(図2)。
統計や表計算などの時短 | 一部の表計算ソフトではすでに大規模言語モデルとの連動機能をプラグイン。複数の検索項目に対するそれぞれの回答を一括取得することなども容易 |
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文章の校正 | 文章を入力すれば、自動でスペルチェックやタイプミスを指摘 |
翻訳作業 | 非常に優れた翻訳機能を有している。英訳・和訳も単に直訳するだけでなく、フォーマルな表現、くだけた話し言葉などへ意訳もできる |
要約作業 | 長い文章でも高精度な要約が可能だ。文字数、取りこぼしてはならないキーワードなどを指示すれば、期待以上の要約をしてくれる |
出典:栗原さんへのインタビューをもとに編集部作成
栗原さんは、「現在公開されているAIチャットボット単体でのマネタイズは難しいかもしれません。文書作成ソフトやメールなど、普段私たちが使っているオフィスツールと合わせて使う方向へ進んでいくのではないでしょうか」と予測する。
つまり、業務の効率化に寄与するAIチャットボットこそが、市場価値をもつということだ。
AIチャットボットの導入でオフィスワーカーの在り方も変わる
企画書や業務報告書を作ったり、メールを送信したり、一日の勤務時間の中でオフィスツールを使って何らかの文章を作る時間に費やす割合は、どれぐらいだろうか。ほぼ100%という人もいるかもしれない。
もし、こうした文書作成などにかかる作業についてAIチャットボットが代わりにやってくれるならば、仕事は大幅に省力化される。
しかし、その効果は必ずしも良い方向に作用するとはいえない。
「AIチャットボットの活用が業務を省力化する方向に進むことは確実です。例えば、30%はAIチャットボットに任せることで楽をし、他の業務に注力できます。問題なのは、業務範囲がAIチャットボットに置き換わるオフィスワーカーです。置き換わった結果、自分のやることが5%しか残らなかったら。あるいは1%に減ってしまったらどうでしょう?」(栗原さん)
こうした危惧は、同じくAIを使った画像生成分野において先んじて表れていると、栗原さんはいう。
「商用イラストを描く際に、プロモーションの核となる商品やキャラクターなどはイラストレーターが描きますが、背景などは優先度が下がります。この部分をAIによる画像生成に任せてしまえば、発注側は工数と予算を大幅に減らすことができます。実際に、イラストレーターの雇用が打ち切られ始めている事例もあると聞いています」
新しい技術の登場は、当然あつれきを生む。「どういったところでAIを使うかはまだ流動的で、こういった混乱はしばらく続くでしょう」と、栗原さんが述べるように、まだ予想は難しい状況だ。
では、AIチャットボットとうまく付き合っていくために、今からどんなことができるだろうか。
AIチャットボットを活かすために必要になるスキルとは
栗原さんは、「それでもAIに対して否定的な見方をするべきではない」と語る。なぜなら、新しい時代には新しいニーズも生まれるからだ。例えば、AIチャットボットの登場によって、AIチャットボット向けの入力に特化した職種も注目されている。
「AIチャットボットは、自然な対話ができることが特徴ですが、逆に、対話でしかやり取りできないんです。AIチャットボットをちゃんと利用するための問いかけの方法、いわゆるプロンプト(促す、指示するといった意味)というスキルが必要になります。その結果生まれたのが、プロンプトエンジニアという職業です」(栗原さん)
人に物を尋ねる際、言葉足らずだったり、あやふやな聞き方だったりすれば、正確な答えは得られない。AIチャットボットも同じなのだ。
「AIチャットボットを使いこなすためには、自分が聞きたいことをどれだけ的確な文章にできるかが大事です。長い文章を読み解く力、行間が読めるのかといった、もともと私たちが持っているアナログな能力が必要になってくるのです」(栗原さん)
今は、本や雑誌、新聞などの活字離れが進んでいる時代だ。特に、SNSなどで短文でのやり取りに慣れていて、長文は苦手といわれる若いデジタルネイティブ世代にとって、AIチャットボットは使いづらいツールなのだろうか?
「むしろ若い人のほうが脊髄反射的に答えを出せるケースも多いのではないでしょうか。この世代は膨大な情報から必要な情報を一瞬で見つける新しい能力を獲得している可能性もあります。あっという間に使いこなせるようになるかもしれません。また、テクノロジーは人が楽できるように進化していきます。長文の入力が必要ないものや、的確な回答を引き出すためにどんな入力が足りないかを指摘してくれるものなど、仲介役となるAIチャットボットが出てくるかもしれません。逆に、長文を打ち込むと“長すぎる”と怒るAIチャットボットになるかもしれないですね(笑)」(栗原さん)
栗原さんは、「AIチャットボットは、自律型に向かって進化しています。5年、10年後には実現するかもしれません」という。勉強不足を叱ってくれたり、もっと頑張れと励ましてくれたりする、アニメに登場するような自律型ロボットも出現するかもしれない。現代生活をさらに発展させるであろうAIチャットボットの動向に注目してみてはいかがだろうか。
- 【お話をお伺いした方】
- 栗原 聡(くりはら さとし)
- 1965年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。電気通信大学大学院情報理工学研究科などを経て、現在は慶應義塾大学理工学部教授、慶應義塾大学共生知能創発社会研究センター センター長。著書『AI兵器と未来社会 キラーロボットの正体』(朝日新書)、共著『人工知能と社会2025年の未来予想』(オーム社)など多数。
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