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2019.07.04 NEW

予測マシンの衝撃―トロント大学「創造的破壊ラボ」が示す、AI時代の経済予想図

予測マシンの衝撃―トロント大学「創造的破壊ラボ」が示す、AI時代の経済予想図のイメージ

第四次産業革命を担う中核技術の一つとして、私たちの生活やビジネスに大きな変革をもたらしつつあるAI。政府が、年間25万人もの「AI人材」を育成する戦略案を公表したことも記憶にあたらしいところだ。

ところで、あなたはAIの「真のインパクト」をどこまで理解しているだろうか? AIとはどのような技術であり、その進化・普及の果てにはどのような可能性が開かれることになるのか……。それを正しく知ることは、「AI時代」を生きることになるであろう私たちにとって、喫緊の対応事項といえる。

今回紹介する書籍『予測マシンの世紀 AIが駆動する新たな経済』(早川書房)は、「AIがなぜビジネスにおいて重要なのか」「どのような原理で経済を変えていくのか」について、AIビジネスの最前線に携わる経済学者たちが言及した一冊だ。

AIを「知能」としてとらえるのは間違っている?

本書の著者はアジェイ・アグラワル、ジョシュア・ガンズ、アヴィ・ゴールドファーブら三人の経済学者たち。いずれもトロント大学ロットマン経営大学院の教授であり、同校を拠点とする「創造的破壊ラボ(Creative Destruction Lab)」の中心人物たちだ(「創造的破壊ラボ」とは、AIビジネスを創出するプラットフォーム。スタートアップ企業を対象とした支援プログラムを実施している)。

AIがこれからの社会にもたらすであろう変革について綴っていくにあたり、本書ではまず次の“事実”を明らかにする。それは、「AI技術の進歩が目覚ましいからといって、その進歩により『知能』そのものが実現するわけではない」という事実だ。

私たちは、「AI」を「Artificial Intelligence(人工知能)」の意味通りに受け取り、人間と同等の「知能」が実現されるものだと思ってしまいがちだ。しかし、著者たちによればそれは間違いであり、AIによって私たちにもたらされるのは「知能」ではなく、「知能」の重要な構成要素のひとつである「予測」なのだという。

たとえば、手持ちの学習データをもとに人間のふるまいを「予測」して走る自動運転技術や、新たに発生した取引が違法なものか否かを「予測」するクレジット会社の技術。それらの根幹をなしているのはあくまで「予測」の技術であり、人間の「知能」のように「判断」を行っているわけではない。

AIという「予測マシン」の進化が引き起こす変革とは?

「予測」。本書において、この言葉は次のように定義されている。

「予測とは、欠落している情報を補充するプロセスである。予測においては、しばしば「データ」と呼ばれる手持ちの情報に基づいて、新たな情報を生み出していく」(p.37)

既存の情報である「データ」から、「予測モデル」に基づき、いまだ存在していない未来の情報や欠落している情報を生み出すこと。そんな「予測」のプロセスは、「知能」と比べてしまうと一見平凡に感じられるかもしれない。だが、その精度や速度が向上すれば、「予測」はあたかも「魔法」のような体験をもたらす。

そうした「予測マシン」の進化が、私たちの生活やビジネスに与えるインパクトの大きさを伝えるため、著者たちは「世界最大手のグローバルEC企業が新しく架空のサービスを始めた光景」を描き出してみせる。

ECサイトで商品を購入した後、同じサイトを訪れた際に関連商品をレコメンド表示された経験は、誰しも身に覚えのあることだろう。上述のグローバルEC企業ではこのレコメンドエンジンにすでにAIを導入しているが、現状「完璧には程遠い」状況だ。著者の場合、本当に欲している商品をレコメンドエンジンが「予測」し、勧めてくる確率は5%程度に過ぎないという。

しかし、「予測」の確率を90%に向上させることができたら? 著者たちは、「そのECサイトは、あなたがサイトで購入ボタンを押す前に、商品を送ってくる」と予想する。つまり、ユーザーは送られてきた「本当に欲しい」と思っていた商品を受け取り、その後で決済処理を行うことになる、というのだ(こうした仕組みは「シッピング・ゼン・ショッピング」と呼ばれる)。

適切なタイミングでユーザーが欲している商品を「予測」できる確率が90%となれば、返品のリスクはわずか10%。定期的に顧客のもとに返品用トラックを巡回させるなどのインフラ投資や対応コストは発生するが、より多くの商品を売ることが可能となり、それを上回る利益があがる算段となる。

極端な例ではあるものの、「予測マシン」の精度が一定以上の閾値を超えた場合に、“ビジネスの構造が根本から変革する可能性がある”ということは、この例から十分に伝わるだろう。

人間とAIの間に必要となる「認知的分業」

このように、進化したAIの「予測」は“驚くべきもの”ではあるが、決して万能ではないと著者たちは主張する。AIは充分なデータが揃っている状況においては、人間以上の精度で「予測」を行うことができる。しかし、データが限られているとき―米国の大統領選や大地震の発生などのように頻度が低い事象―に対しては、その「予測」の精度には期待ができないからだ。

一方で、これらの領域における予想の精度は人間の方が優れていることがある。ゆえに、「予測」の異なる側面を得意としているAIと人間が、お互いの弱点を補い合うことができれば、より精度の高い「予測」を行うことができるというのが、本書の言い分だ。

たとえば、「がんを発見する」ことを目的とした場合。人間の病理学者が「がんが見つかった」と指摘するときは大体が正しく、対照的にAIは「がんが見つからない」という見立てるときの方が正解率は高いという傾向がある。では、この2つを組み合わせたら、一体どういう結果になるのか。

2016年にハーバードとMITのAI研究チームが、コンピュータによる分析で組織片の転移性乳がんの発見を競うコンテストで勝利を収めたとき、その発見率は92.5%。人間の病理学者の発見率は96.6%と、わずかにAIによる発見率を上回っていた。

だが、研究チームが自分たちのつくったアルゴリズムと、病理学者の「予測」を組み合わせてみたところ……。なんと発見率は99.5%にまで改善されたという。

AIと人間の能力の違いを踏まえた上で「分業」を行えば、より精度の高い「予測」を行うことができるのである(著者たちはこのような人間とAIのあり方を、「物理的な分業」と区別し、「認知的分業」と呼んでいる)。

今後、必要性が高まる人間の能力とは何か?

最後に、ビジネスパーソンとしての本書の重要な読みどころについても紹介しておこう。特に注目してほしいのは、AIに代替されない人間の能力について綴られた箇所だ。

前述のように、人間に優位性がある領域は存在するものの、「予測」という能力・スキルにおいてはおおむねAIに分がある。ゆえに、「予測マシン」が進化・普及していく中で、人間が知識やデータをもとづいた「予測」を行うことの価値は減少していく傾向にあると著者たちは述べる。だが、その一方で「判断」や「行動」といった能力・スキルについては価値が高まっていく、というのが彼らの見立てだ。

「決断」を行う際に「予測」は不可欠であるが、それはあくまで一要素であり「決断」そのものではない。「決断」を行うためにはほかの要素―判断、データ、行動など―も必要になるが、その部分において、現時点では人間の方に分がある。

「予測」の精度が向上し、コスト低下により広く普及していけば、その「予測」をふまえて「決断」する機会が増えていく。となれば、人間の「判断」の必要性と価値は増加していくと考えていいだろう。

そしてこの観点は、世間を賑わせている「AIは人間の職を奪うのか?」という疑念についても大きな示唆を与えてくれそうだ。たとえ放射線画像診断医の職業領域に高度な「予測マシン」が導入されたとしても、「予測マシン」が提供する結果を解釈し(時にはそれを無視して)、最終的な判断を下すという医師の役割は、中長期的にも損なわれることはないと著者たちは断言する。

また、興味深いのは「求められるスキルが変化していく職業もある」という指摘だ。今後、自動運転技術が実用化された際、スクールバスの運転手にはそれまで「運転」以外に担ってきた役割―大人として子供たちを監督したり、危険から守ったりする役割―がより求められていくことになるというのだ(ただし、その役割をこれまで同業者ではなかった他の誰かに奪われてしまうリスクは存在する)。

とにもかくにも、自身のビジネスドメインにおいて「予測マシン」がこの先どのような変化をもたらすのかを見極めることは、決して無駄な行為ではない。「AI時代なんて遠い先の話」などと高(たか)をくくることなく、本書を精読し、自身が歩むべき道筋、採るべき選択肢を適切に「予測」することをおすすめしたい。

予測マシンの世紀 AIが駆動する新たな経済のイメージ

■書籍情報

書籍名:予測マシンの世紀 AIが駆動する新たな経済

著者 :アジェイ・アグラワル(Ajay Agrawal)
トロント大学ロットマン経営大学院教授。専門は経営戦略とアントレプレナーシップ(企業家精神)。同校に創造的破壊ラボ(CDL)を創設し、IT戦略や科学政策、起業ファイナンス、イノベーションの地理的条件に関する研究を行なっている。AI・ロボティクスを開発するキンドレッド社の共同創設者。同社は人間と同等の知能を持つ機械の構築をミッションに掲げている。ブリティッシュコロンビア大学で戦略学と経済学の博士号を取得。

著者 :ジョシュア・ガンズ(Joshua Gans)
トロント大学ロットマン経営大学院教授。専門は経営戦略。CDLチーフ・エコノミスト。スタンフォード大学で経済学の博士号を取得。著書に『子育ての経済学』など。

著者 :アヴィ・ゴールドファーブ(Avi Goldfarb)
トロント大学ロットマン経営大学院教授。専門はマーケティング論。同校の研究講座「人工知能とヘルスケア」主任。CDLチーフ・データサイエンティスト。ノースウェスタン大学で経済学の博士号を取得。

訳者 :小坂 恵理(こさか えり)
翻訳家。慶應義塾大学文学部英米文学科卒業。訳書にセガール『貨幣の「新」世界史』、ローズ『平均思考は捨てなさい』、ストーン&カズニック『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史2』(共訳、以上早川書房刊)、ダイアモンド&ロビンソン編著『歴史は実験できるのか』、ハンソン『全脳エミュレーションの時代』ほか多数。

※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。

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