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2021.05.27 NEW読み方の角度

オードリー・タンが語る「デジタル」と「AI」―新型コロナを封じ込めた「3つのF」

オードリー・タンが語る「デジタル」と「AI」―新型コロナを封じ込めた「3つのF」のイメージ

今、世界が最も注目する“テクノロジー界の異才”、オードリー・タン氏。台湾でデジタル担当政務委員を務める、若き閣僚である。

タン氏を一躍有名にしたのは、台湾における新型コロナウイルス対策。台湾は、2020年に全世界を襲った新型コロナウイルス封じ込めの初動に世界でいち早く成功したとされているが、タン氏は、その中心的な役割を担った人物である。

今回紹介する『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)では、タン氏自身の言葉により、新型コロナウイルス封じ込めの初動に成功した秘密、デジタルとAIの未来、そして日本へのメッセージなどがたっぷりと語られている。

日本も、2021年9月に「デジタル庁」の創設が予定されており、社会全体のデジタル化が進むため、本書はいま読んでおくべき一冊と言えるだろう。ここで語られている、デジタルを活用した新しい時代の政治や経済、ライフスタイルといったタン氏なりの予測の中には、私たち一人一人が目指すべき方向性が明確に示されている。

台湾はいかにして新型コロナウイルス対策を行ったか

新型コロナウイルスが最初に確認された中国と密接な関係にありながら、封じ込めの初動に成功したとされる台湾の一連の取り組みは、「台湾モデル」として国際的にも高く評価されている。

台湾の新型コロナウイルス対策を語る上で欠かせない人物が、オードリー・タン氏である。まだ40歳という若さでありながら、台湾デジタル担当政務委員という要職に就くタン氏がリードした新型コロナウイルス対策とは、一体、どういったものだったのか。

タン氏の考えた対策を一言で表すと、「3つのF」となる。すなわち、『Fast(素早く)』『Fair(公平に)』『Fun(楽しく)』だ(図1)。

図1:台湾における新型コロナウイルス対策「3つのF」
図1:台湾における新型コロナウイルス対策「3つのF」

出典:『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』から編集部作成

たとえば「Fast」についていえば、台湾では新型コロナウイルスの正体が明らかになる前から、水際での感染防止対策を開始。2020年1月20日にいち早く衛生福利部(日本でいえば厚生労働省)の下に「中央感染症指揮センター(CECC)」を設立し、各部会が連携して防疫対策に臨む体制を構築している。

また、「Fair」の事例については、マスクマップが挙げられる。行政がマスクの流通・在庫データを一般公開すると、シビックハッカー(政府が公開したデータを活用してアプリやサービスを開発する市井のプログラマー)も大勢協力し、どの店舗にどれだけのマスクの在庫があるのかリアルタイムでわかる地図アプリが次々に開発された。これにより、誰もが安心して公平に、効率的にマスクを買えるようになったのだ。

さらに「Fun」については、日本同様、2020年4月に台湾でトイレットペーパーの買い占めが起きたときの対応が良い事例だ。行政院長は、「お尻はみんな一つしか持っていない」と描いた絵を使いアピールし、事態は収束したというのだ。このユーモアは、不安に駆られた台湾の人々の心を和らげ、社会を沈静に導いた。

こうした対策を実施するため、影で制度やシステムの整備に取り組んでいたのが、タン氏。一つひとつの対策の具体的な内容は異なるが、それらはすべて「一人残さず、台湾の人たちを新型コロナウイルスから守る」という命題でつながっている。

デジタルの力で、台湾は正しい情報を広く人々へ伝えることができ、また人々は冷静な思考を保ち、自発的に行動できた。これらの行動を促したのは確かにデジタルかもしれないが、そもそもデジタルには強制力も執行力もない。デジタルはあくまでもツールに過ぎず、「デジタル=万能」ではないのだ。

デジタルは「民主主義」という社会の方向性を変えるものではありませんし、デジタルが指し示す方向に人々を向かわせようとするものでもないのです。これは新型コロナウイルス対策に限らず、今、台湾で進められている様々なデジタル化の試みのすべてにおいて断言できることです。(P.32)

タン氏はデジタルの特性について、こう語る。

デジタルとAIは未来の社会をこう変える

タン氏は、デジタルやAIがますます進化していく未来において、社会はどのように変化していくと考えているのだろうか。本書では、「民主主義」「教育」「社会」という3つの側面から、社会の変化を示唆している。

(1)デジタルと民主主義

タン氏はデジタル担当政務委員に就任した2016年、「Join」という参加型プラットフォームを開設した。「Join」とは、参加者が生活の中にある問題を解決するための新しいアイデアを政府に直接提案できる仕組みになっており、即座に自分の意見を伝えることができる。

「Join」でこれまでに議論された政府プロジェクトは2,000件以上あり、内容は医療サービスや公衆衛生設備、公営住宅建設に関するものまでさまざまだという。

様々な意見を持ち寄り、議論を重ねることによって、困難な問題でも解決の糸口が見つかる可能性があります。これがデジタルとアナログの最大の違いでしょう。とくに政治においては、デジタル技術がなければ、人々に告知することはできたとしても、問題解決に直接的に参加するのは容易ではありません。(P.128)

デジタル民主主義の根幹は、「政府と国民が双方的に議論できる」ということである。こうしたデジタル技術は、オープンな議論に参加できる場があれば、若者の政治参加にもつながっていき、見えにくい問題を顕在化し、解決に導くことも可能になるだろう。

デジタル民主主義にはこのようなメリットがある反面、2つのデメリットをタン氏はあげている。

一つ目のデメリットは、「インクルージョン(包括)」、つまり、すべての人が等しく参画する機会が与えられているか、ということである。

もうひとつは「説明責任」。デジタルやAIがはじき出した政策に対し、政府はきちんとその根拠を説明することができるのか、という点だ。

しかし、「こうした弱点があるからといって、デジタル民主主義は危険とするのは早計だ」と、タン氏は語っている。

インターネット上ですべての人の意見をまとめる中から共通の価値観を形成する。これこそ、デジタル民主主義のあるべき姿であり、そうした姿勢を礎とし、デジタル民主主義の持つインタラクティブ性が、政治における平等と公平を実現していくのだ。

(2)デジタルと教育

タン氏は、デジタル社会を生き抜くために必要な3つの素養として、「自発性」「相互理解」「共好」を挙げている(図2)。

図2:デジタル社会で人間に求められる3つの素養
図2:デジタル社会で人間に求められる3つの素養

出典:『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』から編集部作成

「自発性」とは、誰かに命令されたり指示されたりするのを待つことではなく、自分自身で能動的にこの世界を理解し、何が問題なのか、自分たちに何ができるか考えることである。

「相互理解」とは、問題解決に至るまでの過程で他人とシェアすることを厭わず、同時に他人からシェアされたものに耳を傾けることである。

「共好」とは、「お互いに交流し、共通の価値を探し出す」という意味の中国語である。相手も自分も、それぞれ価値観を持っている。そのことを常に頭の片隅に置き、どうすればみんなが受け入れることのできる価値観を見つけられるか考えながら、共同で作業することが「共好」である。

タン氏によれば、「自発性」「相互理解」「共好」の三要素を育む教育として重要なのが、「プログラミング思考」だと話す。プログラミング思考とは、「一つの問題をいくつかの小さなステップに分解し、多くの人たちが共同で解決するプロセスを学ぶ」ことだ。

そして、このプログラミング思考は「デザイン思考」「アート思考」と同じく創造性を育み、テクノロジーや科学を革新していく。

台湾では日本に先んじて、小中学校におけるプログラミング教育が始まっているが、本来、そうした教育で学ぶべきものは、単に「プログラミングをする」というテクニックだけではないことがわかるだろう。

(3)デジタルと社会

デジタルがますます発達し、AIが人間に代わって多くの仕事をこなすようになってきた現在では、「AIの台頭によって、人間は職を奪われる」という危機を感じる人も少なくない。だが、タン氏はその考えは誤りだと話す。

AIは「Artificial Intelligence」の略で「人工知能」と呼ばれますが、私はむしろ「Assistive Intelligence」つまり「補助的知能」と捉えたほうがいいのではないかと考えています。(P.174)

つまり、AIはあくまでもイノベーションを推進するためのツールであり、タン氏の言葉を借りれば、「AIと人間の関係は、ドラえもんとのび太のようなもの」となる。

人間が「こういうことをしたい」と考えたとき、そのアイデアの実現で支えてくれるのが、バディともいえるAIの存在意義である。

人間はAIだけに頼ることなく、家族や友人などさまざまな人と相互交流を図りながら、より良い社会を目指していくべきなのだ。

そして、AIやデジタルによるイノベーションを進める上で考えなければならないのが、既出の「インクルージョン」である。なぜなら、デジタルやAIは、誰もが等しく使うことができるという状態が重要であり、それが社会のイノベーションにつながるからだ。
そうした「誰も置き去りにしない」ソーシャルイノベーションが実現されたときこそ、はじめて社会の足並みはそろい、「持続可能な発展」を目指すことができるのだ。

デジタル化とデジタル・イノベーションは、この社会にすでに存在している処理の方式や組織の価値観を増加させたり強めたりするものです。だからこそ、先ほどから言っている「持続可能な発展」「イノベーション」「インクルージョン」といった価値観を先に植えつけることが大切なのです。(P.188)

タン氏のこの発言は、台湾に限らず、すべての人々が今後、デジタル社会の進化を迎えるにあたり、心に刻んでおくべき言葉である。

“デジタル先住民”の若者がやるべきことは?

この本の終章では、「日本へのメッセージ」として、日本人のなかでも特に若い世代が、今後どのような姿勢で社会に対峙していくかといった方向性が示唆されている。その中に、こんな言葉がある。

未来は若者たちからやってきます。だから私も、デジタルネイティブのみなさんから学び、未来の方向性を指し示してほしいと願っています。(P.249)

日本人の中には、「社会を動かすのは政府の官僚や公務員である」と考えている人もいるかもしれない。だが、これから社会のデジタル化がますます進み、AIがさらに進化するなかでは、若い世代こそ生まれたときからデジタルに慣れ親しんでいる“デジタル先住民”であり、“デジタル移民”である年配者を導いていく役割を務めなければならない

確かに、AIやデジタルの進化は、人類にとって未知のものである。不安を感じている人もいるだろう。だが、「機械にできることは機械に任せ、自分はより良い公共の価値を生み出すのだ」とポジティブに考える。そして、より価値の高い仕事に専念できれば、たとえ、機械が自分の仕事を肩代わりしたとしても、自分は仕事の成果に満足できるだろう。なぜなら、「自分は公共利益に貢献している」と実感できるからだ。

この書籍には、政治、経済、教育などさまざまな観点から、真似したい台湾の先行事例などが、随所に散りばめられている。今後のデジタル社会の変化を先取りして、ビジネスのヒントを得てほしい。

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語るのイメージ

■書籍情報

書籍名:オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

著者 :オードリー・タン(Audrey Tang 唐鳳)
台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。1981年台湾台北市生まれ。幼い頃からコンピューターに興味を示し、15歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。2005年、プログラミング言語「Perl6(現Raku)」開発への貢献で世界から注目。同年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を開始する(現在は「無性別」)。2014年、米アップルでデジタル顧問に就任。2016年10月より、蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用。2019年、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出。

※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。

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