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基礎から学べる行動ファイナンス 第7回―「思い込み」の問題―

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分断本能とネガティブ本能

今回はまず、世界的なベストセラーとなった名著「ファクトフルネス」(※1)の「イントロダクション」の一節から、クイズを一つ紹介します。(※2)

問題:
全世界の1歳児のうち、なんらかの予防接種を受けている子どもは全体の何%程度いるでしょうか?

回答(三択):
・A 20%
・B 50%
・C 80%

こちらの問題、答えを見る前に、まずは自分で答えを出してみることをお勧めします。

いかがでしょうか。

多くの人はAと答えます。「新聞や雑誌、TVやネットなどの各種メディアが取り上げるように、貧しい国や地域の子どもは多いはず。この子たちは当然、予防接種も受けられないのではないか」との考えに及ぶのでしょう。

しかし、この問題の正解はCです。誤ってAやBと答えてしまう人が多くなるのは主に、2つの「本能」の複合効果によるものと説明できます。

一つは、「世界は分断されている」と考えてしまう「分断本能」、もう一つは、世界は悪い方向に向かっている、あるいは良い方向には向かっていないと思ってしまう「ネガティブ本能」です。

分断本能が、まず「かわいそうな国」と「そうでない国」を分断します。次にネガティブ本能によって「かわいそうな国」に分類される国が実際よりも多いと感じてしまいます。メディアがそうした思い込みを後押ししている面もあるといえます。

しかし、現実の世界では、貧しい国から中間にある国、そして裕福な国まで多くの国が富裕度の軸で見て連続して存在しています。最も多いのは中間にある国です。本当に貧しく、子どもに予防接種さえできない国は2割だけです。

つまり、8割と答えた人は、「ファクト」(事実)に基づく判断ができなかったということになります。他にも、恐怖本能(危険でないことを危険だと誤解してしまう)や宿命本能(すべてはあらかじめ決まっていると考えてしまう)、犯人捜し本能(だれかを責めれば物事は解決すると考えてしまう)、焦り本能(いますぐ手を打たないと大変なことになると思ってしまう)など、データの平均や分布を無視した判断を誘発する「本能」は複数存在します。

人が抱える判断のバイアスとは

要するに、人は憐情や恐怖、不安を呼ぶようなドラマチックなことや、わかりやすいことを信じやすく、さまざまな判断にも使ってしまいがちです。逆に、ドラマチックでもない普通のことや、複雑なことは心に残りにくく、判断に用いることもあまりないのです。

本シリーズでは前回までに、投資の判断で起こりがちなバイアスの紹介とバイアスが起こるしくみ(デュアルプロセスモデル)や、具体的な失敗例を紹介しました。以降は「どうすれば失敗を逃れることができるのか」という重要な応用、行動コントロールの技術(※3)の説明に入ります。

「折り返し地点」となる今回、あえて「思い込み」について取り上げたのは、「心理バイアスによる失敗の話(エピソード)はドラマチックで心に残りやすいものの、それを解決する手段の話は心に残りにくい」ということを警告したかったからです。

現在では(少なくとも米英では)、「バイアスのバイアス」による失敗の経験・データを踏まえ、データに基づく行動コントロールを政策にまで活用するようになりました。次回からはその技術の紹介、中でも特に重要なリフレームの話題から取り上げてみたいと思います。

(※1)2019年「ファクトフルネス」(ハンス・ロスリング他、日経BP社)
(※2)文面を若干変更して引用しています。
(※3)2022年「金融業務能力検定・ポートフォリオ提案スキルアップ講座」(大庭・根岸、きんざい)

(KINZAI Financial Plan 2023年7月号掲載の記事を再編集したものです)

本稿は、野村證券株式会社社員の研究結果をまとめたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではございません。2023年5月現在の情報に基づいております。

大庭 昭彦

野村證券株式会社金融工学研究センター エグゼクティブディレクター、CMA、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。大学卒業後、1991年に株式会社野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券株式会社金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。

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