2026.09.01 NEW

小売・サービス業のAI導入は人手不足解消だけではない? 需要予測や感情分析、シフト作成への活用法 野村證券・小川裕一郎

小売・サービス業のAI導入は人手不足解消だけではない? 需要予測や感情分析、シフト作成への活用法 野村證券・小川裕一郎のイメージ

撮影/タナカヨシトモ(人物)

人口減少が急速に進む日本では、人手不足の影響を受けやすい小売・サービス業においてもAIの活用が広がる可能性があります。AI投資が拡大する中、小売・サービス業はどのような成長モデルを描けるのか、野村證券フロンティア・リサーチ部のシニア・リサーチャー、小川裕一郎が解説します。

小売・サービス業のAI導入は人手不足解消だけではない? 需要予測や感情分析、シフト作成への活用法 野村證券・小川裕一郎のイメージ

人口減少時代、AI活用による収益構造の再定義が重要

小売・サービス業は、提携やM&A(企業の合併・買収)によって規模を拡大することで成長につなげてきた側面もありますが、人口減少時代にはどのようなテーマが出てきていますか。

小売・サービス業においては、売上成長を実現するために店舗数を拡大させると、それに応じて従業員数も増やさなければならないという構造が根強く残っています。一方で、人口減少が続く日本では、人手不足の解消は見込みづらく、月給やパート時給も上昇が続くでしょう。増員を前提とした成長モデルでは、企業の業績を維持、拡大することは難しくなります。

労働集約的な事業運営の見直しは、多くの小売・サービス事業者にとって重要な経営課題でしょう。事業の付加価値がどこにあるのかを見つめ直し、AIを活用しながら収益構造そのものを再定義していくことが求められています。

需要予測や行動・感情分析、接客などの高度化が幅広く可能に

AIは具体的には、どのような業務に役立ちますか。

AIにはさまざまな利活用方法があり、小売・サービス業におけるAIの利活用について、6つの機能を整理しました。現時点において主要なものを取り上げましたが、今後、さまざまな利活用の事例が生まれると想定されます。今回はこのうち3つの導入事例を紹介します。

各機能の概要と効果
分類 概要 導入目的 P/L・KPI
インパクト
需要予測AI・
自動発注AI
過去の販売実績や天候などから将来の売れ行きを予測し、発注まで実行する 在庫の適正化、廃棄ロス削減
発注業務の属人性を排除
出店立地の精査
粗利率改善
在庫回転率の改善
出店の投資回収期間の短縮
行動分析・感情分析AI 映像、音声など複数のデータを統合し、消費者がどんな状況で、どう考え、どう行動したかを分析する 接客品質の向上
防犯対策の強化
購買率(CVR)向上
育成期間の短期化
商品ロスの削減
ダイナミック・プライシングAI 需要や競合価格に応じてリアルタイムで価格を変動させる 売上最大化、適正な利益水準
廃棄ロス削減
値決め業務の属人性を排除
売上拡大、粗利率改善
資産効率の改善
シフト最適化AI 需要/来客予測に基づき、スタッフのスキルなどを考慮した上で勤務表を自動で生成する 労働力の最適配置 人件費抑制
接客/購買AIエージェント AIアバターが対話で接客する 標準的接客の代替
24時間対応、多言語対応
自社EC強化(PF依存からの脱却)
人件費の固定費化
生成AIマーケティング
(GEO)
顧客ごとに最適な広告文や画像を自動生成・配信する
AIに自社の商品やサービスを選択、推奨させる
クリエイティブ制作の高速化
エンゲージメント強化
AI検索時代への対応
顧客生涯価値(LTV)の向上
広告宣伝の効率化
WEBサイトへの自然流入の拡大

(出所)野村證券フロンティア・リサーチ部作成

導入事例①:需要予測AI

需要を予測し、適切なタイミングで適切な数量の発注をかけることは、熟練従業員の勘と経験に頼った、属人性の高い業務です。需要予測AIは、社内データ(店舗の売上や客数、広告・販促情報など)に加えて、外部データ(人流データ、気象データ、カレンダー情報、競合店舗情報、イベント情報など)を取り込み、将来の店舗売上や来店客数を予測します。採用難の時代において、属人性の高い業務を自動化することの意義は大きいです。

需要予測AIを起点としたAIオーケストレーションのイメージ

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(出所)野村證券フロンティア・リサーチ部作成

需要予測システムは過去から存在していますが、AIの進化によって多様なデータを取り込みやすくなっており、予測精度を高めやすくなっています。熟練従業員よりも高い精度で予測できれば、廃棄ロスや機会損失を抑制でき、利益率を高めることもできます。人口減少と高齢化によって店舗売上を伸ばしづらいことを鑑みれば、利益率を改善し得る需要予測AIの重要性は増していくでしょう。

AIの進化によって、予測した需要データを、発注やシフト、棚割り、プライシングの最適化に活用するハードルは低下しています(AIオーケストレーション)。サービス業であれば、予想した客数に応じて配置するスタッフ数を調整することで、人件費の費用対効果を改善できるでしょう。

導入事例②:行動分析・感情分析AI

行動分析・感情分析AIは、店頭やサービス現場における従業員や顧客の行動や発話を捉え、接客や売場運営に反映させる機能です。多くの小売店ではすでに防犯カメラが設置されていますが、犯罪被害が生じた後に確認する、証拠保全としての意味合いが強いです。動画をリアルタイムで分析すれば、棚の在庫状況を把握して補充や発注のタイミングを最適化するだけでなく、万引きの予兆把握や即時検知につなげることができます。万引きの予兆を把握した段階で、店舗スタッフが「いらっしゃいませ」と声掛けすることで、実際に万引きに至る比率を低下させられるといいます。

店舗体験の進化 ~店舗の生成AI化のイメージ~

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(出所)野村證券フロンティア・リサーチ部作成

また、購買データについても、POSデータ(購買データ)の分析にとどまる店舗が多いです。一方で、例えば業務の可視化については、音声AIを活用して、店舗スタッフの接客会話、提案内容、話し方を分析する事例があります。AIがインカムなどを介し、リアルタイムで提案漏れや確認漏れを店舗スタッフに指摘することで、営業成績改善やヒューマンエラーの抑制が期待できます。また、分析結果をもとに営業マニュアルを高度化したり、セルフコーチング(個別最適化されたロールプレイ)によって育成コストを削減したりすることもできます。

小売・サービス業の現場では、顧客が何を見て、どこで立ち止まり、どの段階で購入を迷っているのかを把握できれば、売上改善の余地が生まれます。例えば、棚の前で立ち止まっている顧客に対して関連商品を提案したり、表情や動作から迷いを検知して詳細情報を提示したり、店舗スタッフに案内させたりすることが考えられます。マルチモーダル技術の進化によって、「状況の把握」に加えて「状況に応じた提案」まで行えるようになりつつあります。

導入事例③:シフト最適化AI

一部のシフト作成支援ツールにAIが組み込まれることで、使い勝手の向上が見られ始めています。シフト最適化AIでは、例えば「AさんとBさんは同じ時間帯に入れないでください」や「Cさんは新人なのでベテランと一緒に組んでください」といった自然言語での条件入力が可能になります。条件通りにシフトを組めなかった場合にも、「8月15日だけ、新人のCさんのワンオペレーションになってしまっています」といったように、自然言語で回答できます。

シフト最適化AIの概念

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(出所)野村證券フロンティア・リサーチ部作成

ほかにも、急な欠員が出たときに社内のアルバイトプールに対して再募集をかけ、再調整することも可能です。将来的には、自社のアルバイトプールでシフトを組めなかったときに、スポットバイトサイトに自動出稿する機能も付加されるようになると考えられます。人手不足や働き方の多様化が進む中で、従来型の手作業運営には限界が生じやすいです。AIを活用することで、シフト管理の効率化を図ることができるでしょう。

シフト最適化AIの導入は、単なる事務負担の削減にとどまりません。①繁閑に応じた人員配置がしやすくなり、人件費の費用対効果の改善につながる、②従業員の希望や相性に柔軟に対応することで働きやすさが改善し、離職抑制や採用力強化に寄与し得る、③欠員発生時の対応を迅速化できるため、現場のサービス品質が安定するといったメリットもあります。需要予測や欠員対応、社外労働力の活用まで含めて最適化できれば、シフト管理は単なるバックオフィス業務ではなく、利益創出のための経営機能へと変わり得ます。

働きやすさと生産性を両立し、事業モデルの再定義につながる可能性も

AI実装によって業務を効率化し、人手不足を乗り越える考え方も重要な気がします。

小売・サービス業におけるAI実装は、単なる業務効率化の延長ではなく、事業モデルそのものの再定義につながる可能性があります。人口減少と人手不足が進む中、AIを活用して売上や利益の源泉を再設計し、従業員数の増加と業績成長を切り離していくことが、事業の維持・拡大に重要になると考えます。AI実装は、多様な人材の採用や育成の負担軽減に効果があり、ひいては従業員の離職抑制にもつながり得ます。人手不足を単に補うだけでなく、働きやすさと生産性の両立を図ることが、持続可能な事業運営の条件になると考えます。

一方で、すべてをAIに置き換えればよいわけではありません。顧客感情に寄り添う接客や、ブランドの世界観を体現する体験設計、地域社会との交流といった「ブランドの聖域」は、引き続き人間が担う領域として残る可能性が高いです。自社にとって何が人間にしかできない価値なのか、人間とAIが協業することでどのようなイノベーションを実現し得るのかを見出すことが、AI時代の変化に対応するために重要です。

AI導入は、投資余力のある大手企業が有利な面もありますが、IT活用に積極的な新興企業などにおいても、インターネット経由で利用できるSaaS(Software as a Service)系のサービスで初期費用を抑えながら、AIにマーケティングや勤務シフト作成を支援してもらうといった工夫が既に始まっています。

小売・サービス業のAI実装は、コスト削減、売上拡大、顧客体験向上、従業員負荷軽減を同時に追求できる可能性を持っています。企業はAIを個別機能として導入するのではなく、事業の付加価値と収益構造を再設計する経営課題として捉える必要があります。今後、各社が自社の人間が担う「根源的な強み」を見極めながら、AIをどのように組み込んでいくかが、競争優位を左右していくでしょう。

小売・サービス業のAI導入は人手不足解消だけではない? 需要予測や感情分析、シフト作成への活用法 野村證券・小川裕一郎のイメージ
野村證券 フロンティア・リサーチ部 シニア・リサーチャー
小川 裕一郎
2005年野村證券入社。リテール部門、IB部門を経て、2011年より野村リサーチ・アンド・アドバイザリーにて、不動産、教育、ヘルスケア産業を調査。2020年より現職。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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