2022.09.22 NEW
より質の高い健康や幸福を追求する「ウェルビーイング」 生活が与える影響や未来像
今、ビジネスの世界を中心に「ウェルビーイング(well‐being)」という概念が広がっている。
ウェルビーイングとは元々WHO憲章前文にある言葉で、肉体的・精神的・社会的にすべてが満たされている健康な状態を表す。ここでの“健康”とは、病気やケガがないという意味ではなく、より広範囲で心身ともに満たされていて、幸福度が高い健康状態のことだ。
社会トレンドや市場の展望を予測するコンサルタントの藤元健太郎さんは、「豊かな長生きを考えるうえで、ウェルビーイングの概念は欠かせません」と話す。では、どのようにしてウェルビーイングを実現すればよいのだろうか。実現する方法や個人への影響、未来像について伺った。
「より質の高い健康状態」ウェルビーイングが生まれた背景と注目の理由
ウェルビーイングの概念が生まれた背景について、藤元さんはこう話す。
「世界的な寿命の延伸化により、健康寿命を重視する考え方が出てきたことがきっかけです。人間は身体的・精神的・社会的に健康でなければ、持続的な幸福を感じにくくなります。長生きの人生をより豊かなものにするためには、こうした健康状態が整っている期間―健康寿命―をいかに延ばすかが考えられるようになってきたのです」
自分の人生を幸福に送りたいという人間心理は、米国の心理学者マズローが提唱する欲求5段階説を見るとわかりやすい(図1)。
出典:D4DR株式会社「ウェルネス市場の構造図」をもとに編集部作成
マズローによると、人間は生きていくための本能的な「生理的欲求」の次に、病気やケガをしたくないという「安全欲求」を持つという。これはメディカルやヘルスケアと呼ばれる領域だ。これらの領域が満たされると、高次の欲求である「社会的欲求」「尊厳欲求」「自己実現欲求」が発現し、人間はより高い幸福を求めるようになる。藤元さんは、この高次の欲求が満たされている状態をウェルビーイングだと解釈する。
個人の幸福の追求であるはずのウェルビーイングがなぜ、ビジネスの世界でも注目されているのか。藤元さんはこう話す。
「ビジネスの世界でウェルビーイングが注目されている理由は、長期的な企業経営には従業員の心身の健康や幸福が欠かせないという考え方ができてきたからです。国内でも、すでに複数の企業が健康経営という形で従業員の健康管理を行っています」
個人が長生きするうえでも企業が長期的に経営を持続するうえでも、一人一人の幸福は欠かせない。「すべての人に健康と福祉を」というSDGsの考えにも通じるウェルビーイングの概念は、これまで以上に重要な要素になっているといえる。
どのようにしてウェルビーイングを実現するのか
ウェルビーイングを実現するためには、何からどのように始めるべきだろうか。
藤元さんは「まず、自分自身の健康状態を日々把握することが大切です」と話す。基本的な健康状態がクリアできていなければ、より質の高い健康・幸福を求めることができないからだ。そこで活用できるのが、体に装着して生体情報を取得できるウェアラブルデバイスや、スマートフォンの睡眠アプリだという。特にスマートウォッチは、すでに利用している人もいるだろう。
スマートウォッチをはじめとするウェアラブルデバイスは、日々の歩数や消費カロリー量、心拍数などを測定して健康状態を容易に把握できる。毎日測定していけば、病気やケガの一歩手前である未病という状態にも気付きやすい。最近では、心の健康状態の把握と瞑想でメンタルケアできるアプリもあるようだ。
個人が手軽に始めやすいウェルビーイング対策としては、睡眠アプリが利用しやすいという。睡眠状態を計測・分析し、その情報をもとに睡眠の質を高めることができるものだ。
「従来、睡眠不足であれば睡眠薬で解消することが一般的でした。これはヘルスケア・メディカル領域で、マイナスをゼロの状態に持ってくる考え方です。一方で、ウェルビーイングでは、睡眠の質をより高めて快適な眠りを追求しようとします。ゼロをプラスの状態に持ってきて、より質の高い健康を得ようとする考え方がウェルビーイングなのです」
ウェルビーイングの実現は、自分自身のデータを計測することから始まる。ただ、現状では幸福度を測る方法は少なく、アンケートに自己回答するか、脳波や幸せホルモンといわれるオキシトシンやセロトニンの量を測るといった方法が主流だ。一方で幸福度に比べると、健康状態は測定しやすい。まずはスマートフォンの睡眠アプリで、自身の状態を知るきっかけを作ってみるといいだろう。
「幸福度の高い旅行」や「ペットとの幸せ追求」も? ウェルビーイングの未来像
D4DRの試算によると、ウェルビーイングの実現を支えるウェルネス市場は2025年に80兆円、2030年には90兆円規模になる見込みだという(図2)。生活全般の質を上げるサービスが対象になるため消費者が多く、さらなる拡大が予測される有望市場なのだ。
出典:D4DR株式会社「ウェルネス市場規模推移」をもとに編集部作成
「ウェルネス市場のサービスには企業向け・個人向けがありますが、それぞれが両輪となって同じように成長していくことが予想されます。いずれにしても、今後テクノロジーがさらに発達すれば、より自分にフィットするサービスが提供される可能性があり、期待値が非常に高い市場です」と話す藤元さん。
たとえば、今後は個人の幸福を追求した「ウェルビーイング旅行パッケージ」や、「ペットと人間の幸せな関係性を追求するウェルビーイングサービス」といったものが出てくるかもしれない。体にセンサーを付けて健康状態や幸福度を測定しつつ、より自分が心地よいと思える食事や瞑想などのプログラムが自動で提供される旅行。あるいは、ペットと飼い主の幸福度を測定し、双方がより幸福を感じられる関係性や生活のありかたを提案してくれるサービスだ。実際にどういったサービスが実現するかはわからないが、成長余地があるからこそ、可能性は未知数だ。
一方で、企業がウェルビーイングのサービスを従業員向けに導入する場合は、そこまで企業に体や心の情報を把握されたくないという懸念が生じる人もいるだろう。
「企業が従業員向けに導入する場合、プライバシー保護との兼ね合いをどうするのかは大きな課題です。ただ、企業が従業員のウェルビーイングにこだわるのは、従業員が心身の健康を損なうことは企業や社会にとって大きな損失であると認識しているからです。日本ではまだまだ働き過ぎて体調を崩す従業員がいますが、組織を構成するのは個人であり、一人一人の幸福が重要ですから」と藤元さんは話す。
最近では、眠気を検知できるデバイスを導入し、ドライバーの居眠り運転を防止する企業もあるという。導入の方法についてはまだまだ検討が必要だが、企業がウェルビーイングを追求することは、私たち個人の身を守り、幸福を得ることに繋がるということは覚えておきたい。
人生100年時代で個人の幸せを追求するためにできること
ウェルビーイングの主体になるのは個人だと、藤元さんは話す。
「日本人は特にストイックで努力家、何でも我慢してしまうという国民性があります。しかし、日本人一人一人が幸せにならなければ、今後日本の国際的な競争力も上がっていかないのではないでしょうか」
社会も会社組織も、一人一人の人間で構成されている。私たち個人がより高い幸福を追求することは、ひいては組織や社会、日本の競争力を上げることになるのだ。特に日本は、人生100年時代といわれるほどの長寿国。長い人生をより豊かにするためにも、各々がウェルビーイングを意識して自分なりの幸福を考える必要があるのではないか。
まずは、スマートウォッチやスマートフォンのアプリを使って自身の健康度合いや幸福度をチェックしてみるのがよいだろう。継続的に自身の状態をチェックしていけば、「自分は何をしているときにより幸福を感じるのか」がわかるようになるはずだ。
また、消費者としての視点だけではなく、ビジネスや投資の視点も忘れずに持っておきたい。将来有望なウェルネス市場は、今後ますます拡大すると予想されている。そこから新しいビジネスチャンスが生まれたり、ウェルビーイング製品開発企業への投資がより活発になったりするかもしれない。マーケットの動向に敏感になることは、ビジネスや投資の機運を高めることにも通じるはずだ。
この機会に自らの幸福とは何かを考え、ウェルビーイングの発展に注目してみてはどうだろうか。
- 【お話をお伺いした方】
- 藤元 健太郎(ふじもと けんたろう)
- コンサルティング会社D4DR代表。
広くITによるイノベーション、新規事業開発、マーケティング戦略、未来社会の調査研究などの分野でコンサルティングを展開している。
- コンサルティング会社D4DR代表。