2024.09.30 NEW
医師・作家 米山公啓さんが考える老化予防 所有より経験、楽しさが脳を活性化させる
脳神経内科が専門の医学博士であり、作家としてミステリー小説や医療コラムの執筆、講演活動を行う米山公啓さん。世界中の大型客船に乗って、クルーズの取材を10年以上続けたり、自宅横にキャンピングトレーラーを置き、自分好みの空間を手作りしたりと、多彩な活動で知られています。70歳を前に、ペンネーム・根津潤太郎として初の時代小説に挑戦し、これまでに『看取り医 独庵』(小学館文庫)シリーズ3冊を上梓しました。今も現役で医師を続けながら、趣味の世界を広げる米山さんに、脳を活性化させ、精力的に、いきいきと生きる心構えを聞きました。
老人医療のあり方に疑問を抱き、執筆活動へ
- そもそも大学病院の医局で働きながら、作家として執筆をするようになったのは何がきっかけでしたか。
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米山公啓さん(以下、同)
きっかけは、知り合いのナースが起稿していた看護雑誌にエッセイを書いたことでした。それが編集者の目に留まり、雑誌に連載を持たせていただいたのが始まりです。有名な教授の執筆でもなければ、医療現場の声なんてほとんど取り上げられない時代でしたから、医師の本音が書かれた連載は珍しかったのだと思います。僕は脳神経内科の医師ですが、昔は老人病院(当時)に行くと、高齢者に点滴だけして寝かせているような現場もありました。そういう高齢医療のあり方に疑問を抱き、もっと世の中に知ってほしいと書き始めました。
執筆のテーマも、医療現場の課題から、認知症や物忘れを防ぐ方法といった脳科学の話、医療現場を舞台にした小説など、幅が広がり、書くこと自体が楽しくなっていきました。一方で、医局に籍を置きながら、医療の内幕を執筆することに大学内部から批判されることもありました。「医大助教授」という肩書がなくなると本が売れなくなるのではという心配はありましたが、48歳のときに医局を辞め、執筆に専念するようになりました。
- 現在は、東京・あきる野市の「米山医院」で院長を務めていますね。
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はい、父が開業した医院を継ぎ、週4日診療をしながら、執筆や講演を続けています。本が売れ、テレビ出演もするようになったころ、父からは「いい気になっていると必ず売れなくなるときが来るぞ」とよく言われていました。
父は、認知症を患った母に先立たれてからも、80代まで医院での診療を続けていました。そのバックアップがあったからこそ、私は執筆を続けられたし、海外取材にも行くことができました。開業医でも、親子でうまく医院を継承できるケースはそう多くありません。医院を続けられたのは、父が頑張ってくれたおかげだと思っています。
父は厳しい人でしたが、母に先立たれてからは考え方が変わり、「自分の好きなことをやって生きればいい」と僕の活動を認めてくれるようになりました。僕自身は大学を辞めて医院を継ぐ、と計画を立てて人生を進めてきたわけではなく、自分が面白いと思ったことをやってきたという感じです。
「所有」より「経験」にお金を使うほうが脳は喜ぶ
- 世界中の大型客船を取材し、クルーズ旅行の書籍も出していますね。
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クルーズ船を舞台にしたミステリー小説を書きたいと思い、大学を辞めた直後に、初めて妻と大型客船に乗りました。そこでクルーズ船の魅力にハマりました。それ以来、世界中の客船に乗ってきましたが、お薦めはヨーロッパのリバークルーズです。クルーズというと大型客船を思い浮かべると思いますが、リバークルーズは100人乗り程度の船でセーヌ川やローヌ川などを下り、夜は停泊してヨーロッパの街を楽しむことができます。
クルーズもそうですが、物を所有することより経験にお金を使うほうが、本当の喜びにつながると思います。物を買ったという記憶は残りますが、それで終わり。それよりも旅行のような未知の体験をするほうが次へのモチベーションになります。
いわゆる観光名所や歴史的な旧跡を訪れるのではなくても、自分の価値観で面白いと思ったことを調べ、旅行計画を立てるのがいいですね。以前、アメリカ・アイダホ州にある犬型のホテルに行きました。空港から車で3時間ぐらい走ると、一面の麦畑の中に犬の形をしたホテルが突然現れます。自分が犬を飼っていることもあり、建物の写真を見て、「これは面白い!」とすぐにネットで予約したのです。脳活性や認知症予防という点で言えば、新しいことを体験することが最も効果があります。
60歳で始めたピアノを動画投稿、庭作り
- クルーズ以外にも多彩な趣味をお持ちと聞きました。
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60歳を過ぎてからピアノを弾きたいと思い、独学で学び始めました。最初は電子ピアノで練習していましたが、本格的なピアノを探していくうちに、スタインウェイ(スタインウェイ&サンズ)のグランドピアノを弾いてみたくなりました(笑)。いいピアノにはちゃんと市場のニーズがあるから、買っても価値が下がらないそうです。そこで、新宿の楽器店で見つけたスタインウェイの1968年製のビンテージのグランドピアノを買いました。
下手なピアノの演奏動画をSNSに上げると、プロのミュージシャンからは「自分が弾きたい」と声がかかりました。それがきっかけで、所有するログハウスで小さなコンサートを開催するようになりました。ピアノを通じて、全然違う分野の人と知り合いになり、つながりができたわけです。そういう偶然が面白いですよね。
何事も面白がることを大切にしています。父は絵を描くが趣味で、美術展に入賞するようなセミプロレベルでした。亡くなった後、実家には100号サイズの絵が50枚くらい残されていたので、知り合いの画商に相談すると、「売れない。場所を取るだけで負の遺産ですね」と言われたんです。このネガティブな状況を、どうしたらプラスに変えられるか。それを考えたとき、絵にストーリーがあればいいのではないかと思い付きました。
銀座のギャラリーを借りて、僕の作品と合わせて親子の回顧展をしたんです。そうしたら、絵を見に来た大きな病院の院長がたくさんもらってくれました。父の作品はその病院が経営する老健施設に飾られています。そうやって半分遊びながら、アイデアを形にすることが面白い。何事もポジティブに楽しむことが大事だと思っています。
ここ数年は、自宅の隣地を買い取り、DIYでコツコツと自分好みの空間を作っています。自分でバーベキュー施設をつくったり、1960年代のビンテージのキャンピングトレーラーを置いて内装をDIYしたり、庭の囲いをペンキで塗ったりと作業は尽きません。次に何をつくるか、考えるのが面白いのです。アイデアが浮かんだら、すぐ実行してみたくなります。
楽しさが脳を活性化する
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脳はストレスを感じると、副腎皮質に「コレチゾール」というストレスホルモンを分泌するように命じます。これが過剰に分泌されると脳の神経細胞を破壊します。つまり、嫌なこと、ストレスを感じることを続けるのは脳機能に悪い影響を与えるのです。
反対に、好きなことをしているときには脳は疲労を感じません。年を取ったら脳が衰えるのは当たり前で、もう元には戻らないと思っている人もいますが、これは誤解です。近年の研究では、大人になってからでも脳は成長すること分かっています。脳は筋肉と同じように、何歳からでも鍛えることができるのです。
特に好きなことをしているときは、快感を生み出す脳内物質ドーパミンが分泌されます。この快感が報酬となり、脳の神経細胞同士のつながりを強めてくれます。だから、本当に楽しいと思うことをしたり、新しいことに刺激を受けたりすることが、どんな脳トレよりも脳を活性化してくれるのです。
禁酒禁煙が脳を守る
- 脳の老化予防という点で、日々の生活では何に気を付ければいいですか。
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やはり生活習慣病の予防が一番大切ですね。高血圧症、糖尿病、高コレステロール血症の予防が基本です。僕も今年は甘い物を断って体重を10kgほど落としました。
あとは禁煙と禁酒も重要です。昔は「酒は百薬の長」などと言われましたが、現在の医学では、健康維持のためにはお酒を飲まないに越したことはないと分かってきました。最近ではフランスでもワインの消費量が減って、ノンアルコール飲料が増えているようですね。飲酒や喫煙は脳を萎縮させ、認知症リスクを上げることが分かっています。つまり、禁煙と禁酒の習慣が脳を守るわけです。
もう一つ大事なのは、体を動かすことです。スポーツやきつい運動をしなくても、手足を動かすだけで脳にとっては運動になります。ウォーキングなら1日30~40分程度でいいでしょう。「毎日1万歩歩くと良い」という理論はすでに否定されていますから、「1日8000歩ぐらい」「早歩き20分」が理想です。太りすぎず痩せすぎず、ちょっと小太りぐらいを保つのが長生きする秘訣ではないでしょうか。
- 米山公啓(よねやま・きみひろ)
- 1952年山梨県生まれ。作家、医師(医学博士)、脳神経内科医。98年に聖マリアンナ医科大学第2内科助教授を退職し、本格的な著作活動を開始。現在も東京都あきる野市で診療を続ける一方、書籍の執筆、講演会、テレビ・ラジオ出演、テレビ番組企画・監修も行っている。最新刊『80歳でもほどよく幸せな人はこういうふうに考えている』(アルファポリス、9月下旬発売)など、著書は300冊以上。