2024.09.17 NEW
金利とは“お金の値段” 金利のある世界について野村證券エコノミストが解説
文/中城邦子 写真/タナカヨシトモ
2024年3月、日本銀行(日銀)は金融政策決定会合にて、政策金利の引き上げを決定し、2013年4月以来続いてきた異次元金融緩和が終了しました。そして、2024年7月31日には、政策金利を0.0-0.1%程度から0.25%程度へと追加で引き上げることを決定しました。一方、FRB(米連邦準備理事会)は米国の政策金利の据え置きを決定しつつ、9月に利下げすることを示唆しました。これらをきっかけに、8月上旬には急激に円高ドル安が進行しました。
そもそも金利や日銀はどんな役割を果たすのでしょうか。「金利のある世界」を生きるうえで覚えておきたい基礎知識について、野村證券 金融経済研究所 エグゼクティブ・エコノミストの美和卓が解説します。
資金需給が金利の水準を決定する
- 2024年3月に17年ぶりの利上げ、7月に追加利上げが決定され、日本が「金利のある世界」へと移行しました。そもそも金利とは一言で表現するとなんでしょうか。
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美和卓(以下、同)
金利とは辞書的に言えば、「一定期間貸し借りする時にかかる費用のこと」「貸借される資金の使用料のこと」になります。これは、お金の値段という言い方をすることもできます。野菜などモノの値段と同様、世の中でお金が余っていれば下がり、お金を必要とする人が増えて足りなくなれば上がる、資金需給が金利の水準を決定する最も基本的な要素です。あるお金を他の使い道に使ったときにどのぐらいの価値を生むのかが、お金の値段(=金利)に反映されていると考えるとわかりやすいです。
例えば、現金を現金のまま持っているのと、株に投資をした場合を比較し、後者のほうが値上がりを期待できるなら、みんなが株投資をするためお金が足りなくなる。それを解消するためには、株の上がり方とつり合う金利に上げるということです。
もうひとつ例を出しましょう。1億円を借りて自動車工場を建てた場合に、車をつくることで100万円(1%)の利益が得られるとします。金利が2%だったら、お金を借りて車を作っても儲からないため、借りる人がいなくなります。これでは金利を下げざるを得ない。逆に0.5%で借りられるとしたら、みんなが工場を経営しようとしてお金を借りるので、結局は金利が上がります。このような儲けとのバランスが、お金の値段=金利という見方ができます。
「日銀が利上げを決定」などのニュースを見ていると、あたかも中央銀行がすべてをつかさどる存在のように感じるかもしれませんが、そうではなく経済活動のなかで自然と決まっていくのが本来です。
- では、日銀が2024年3月にマイナス金利を解除した政策はなぜ生まれたのですか?
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世界の中央銀行は一般的に、金利を上げ下げするテクニックを使って、物価を安定させることを使命としています。インフレの時には、モノの値段の上がり方を抑えるよう金利を高くします。逆にモノの値段が下がり続けているデフレの時は、低くします。
日本は「お金が安い」状態、すなわちお金を使っても価値や儲けを生みださない状態が続いていました。お金を使ってモノを買ったとしても、それが値下がりしてしまう状態ということです。そこで、人為的に本来あるべき金利よりももっと低くすれば、「さすがにこの値段でならお金を持ち続けたくない」と思う人が多くなります。お金を使ってもらい、モノの人気を高めることで、値上げを促そうとしたのです。
金利をゼロに下げてもまだ足らない状況になったので、マイナス金利にするという方法が採られました。民間の銀行が中央銀行に預ける預金の金利がマイナスになる、すなわち預けるほうがお金を払うという特殊な状態でした。民間の銀行は中央銀行に預けてお金を取られるよりは、企業や個人に貸すか、国債や株式に投資して運用するかになります。企業や個人に借りてもらえるように銀行が貸出金利を下げ、積極的にお金を使ってもらい、経済を活性化させ物価が上がる状態を作っていこうとしたのです。
長短金利操作(イールドカーブコントロール)という手法も採られました。10年国債金利をゼロ%程度に誘導するために、日銀が大量に国債を買い入れるという手法です。この結果、日銀は600兆円もの国債を持っています。
なお、日銀は今も国債買い入れを続けています。買い入れ減額の計画が公開されましたが、日銀が保有する国債の額が急激に減っていくわけではありません。
マイナス金利も長短金利操作も、共通しているのは本来あるべき金利をわざと歪める操作をして低く抑え、企業や個人にお金から手を離してもらって他の使い道をしてもらうことが狙いという点です。
日銀による異次元金融緩和が2013年から約11年と異例の長さで続いたのは、デフレが非常にしぶとかったからです。もう一方で、こうした取り組みは前例がなく、様々な試行錯誤を繰り返さざるを得なかったという事情があります。ITバブルやリーマンショックなど外的な影響が続いたことも影響しました。
異次元金融緩和が終了したということは、金利が日銀の手を離れて自由に動けるようになる状態に近づいていくということです。
2025年後半での物価目標2%実現に向けて緩和を解除
- 3月のマイナス金利解消の判断のポイントはどこにあったのでしょうか?
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大きなポイントになったのは、2024年に入って賃金が上昇していることです。
2012年に始まったアベノミクスの時にも、人口減少や高齢化で人手不足から賃金が上がるだろうという観測はあったのですが、そうはなりませんでした。それ以前は出産や育児で離職していた女性が働き始めたことや、定年の延長が一般化し、会社員が60歳以降も仕事を辞めなくなった。この2つのファクターが大きかったと日銀は説明しています。
しかし、2020年のコロナ禍以降、2つのファクターによる人員補充の余地はほぼ出尽くし、いよいよ人手不足が顕在化し賃金上昇につながったと説明しています。ただし、日銀はデフレを脱却できた、という過去形では表現しませんでした。
日銀が2024年3月19日に発表した「金融政策の枠組みの見直しについて」の文章の中では、「見通し期間終盤にかけて、2%の「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断」と表現されています。
「見通し期間の終盤にかけて」とは、およそ2025年度の後半を指していると思われます。その時期に「実現していることが見込まれる状況」になるだろうという自信が出てきたということです。
見切り発車で異次元化を止めたことは明白ですが、賃金がしっかり上がってきて、まだ完成はしていないもののデフレ脱却の目途がついたという認識は概ね正しかったのではないでしょうか。その後、市場予想よりも早く、2024年7月に追加利上げを決定したと思われます。
- 今後、日銀はいつ、どのくらいまで利上げをするのでしょう。
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植田総裁は7月決定会合で政策金利を0.25%にする追加利上げを決定した後、年内にさらなる追加利上げが行われる可能性を否定しませんでした。もしもう一度利上げが行われるとすると、政策金利は0.5%となります。0.5%という水準は、過去日銀がゼロ金利から利上げを行った際の政策金利の上限でしたが、総裁はこれを「上限とは意識していない」と発言しました。
結果的にはこの総裁の発言がタカ派ととらえられた面もあり、それだけが原因というわけではありませんが、為替・株式市場の変動が起きました。8月7日には内田日銀副総裁が「金融資本市場が不安定な状況で利上げすることはありません」と発言したことが、火消しのように捉えられた面もありました。
ただし、総裁自身、7月決定会合の後も「実質金利は極めて低い水準」という意味の発言を繰り返し、「経済物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」と述べていました。物価・インフレの状況やその前提となる賃金や経済の状況について、データを見ながら「年2%の物価安定目標の実現確度がさらに高まる」かどうかを、慎重に判断するのだと思われます。
現時点では、2024年12月会合で追加利上げがあり、2025年に2回の追加利上げがあるというのが野村の見方です。予想通りにいけば、2025年末には政策金利は1%という水準になります。日銀関係者は、年2%程度としている「物価安定の目標」が実現した場合には、政策金利が経済や物価を加速も減速もさせない「中立金利」に到達する、としています。1%の政策金利は、現状の日本経済にとって中立金利に近い金利であると考えられます。
利上げを恐れて前進をやめるのはどうか
- 利上げは、私たちの生活にどんな影響を及ぼすと考えられますか。
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2024年3月の日銀による金融緩和政策の終了で「金利のある世界」への大転換が起きたと様々なメディアで報じられて、しかも7月の追加利上げの後には、為替も大きく動きました。私たちの生活が今後激変するような印象を持たれた方もいらっしゃるでしょう。しかし、イメージほどの変化があるわけではないと考えています。
最初に目立った動きは、各銀行による普通預金金利の引き上げです。大手3行が普通預金金利を0.001%から0.02%に引き上げ、地域金融機関の多くもこの動きに追随しました。定期預金金利も引き上げられましたが、実はこちらは2023年後半から、市場での中長期国債利回りの上昇を受けて引き上げが進んでいました。
しかし、住宅ローン、事業資金用ローンなどの貸出金利を引き上げる動きはこれに比べてゆっくりであると言えます。預金金利の引き上げが顧客メリットに直結するのに対し、貸出金利の引き上げは負担増加になるため銀行側も慎重になると考えられます。
7月に0.25%の政策金利の引き上げが決定したので、今後は市場の短期金利が上がり、変動型の住宅ローン、事業資金用ローンなどの引き上げが進むでしょう。ただし市中で大幅に賃金や物価が上がるようなインフレが起きていない限り、利上げは急激には起きず、じわじわと上がるということになりそうです。
また、金利が日銀の手を離れて原則である「金利はお金の値段である」という基本原理へと近づくということは、必ずしもすべての金利が日銀が決めたとおりになるわけではない、ということでもあります。「金利のある世界」では、日銀が金利を決めている世界から、世の中のお金が余っているのか足らないのか、経済活動の結果金利がどう動くのかを注視して判断することが求められるでしょう。
とかく、金利がある世界というと身構えてしまうかと思いますが、そこで萎縮してしまっては本末転倒です。せっかく経済の構造改革が進んで、例えば中小企業にとっての成長余地が広がる環境になりつつあったとしても、前進できなくなってしまいます。
もし、読者の皆さんが企業の経営判断をする立場にいらっしゃるとしたら、金利にやみくもに不安になるのではなく、金利のある世界の認識を正しくして、しかるべき借り入れをする経営判断は止めずにプロジェクトを前進させていただきたいと思います。
- 野村證券 金融経済研究所 エクゼクティブ・エコノミスト
美和 卓 - 1990年野村総合研究所入社。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。2004年野村證券に転籍。2024年4月より現職。国内・海外のプロの投資家に対して、日本と世界の経済に関する分析、見通しを提供する一方、一般向けに経済、金融の仕組みを分りやすく解説。著書に『金利「超」入門』(日本経済新聞出版社)など
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