2019.06.27 NEW
「月面着陸味」のチョコレート!? 人工知能を用いたユニークな取り組み
米国大手IT調査会社Gartnerが世界89ヵ国、3,000名以上のCIOを対象として2018年に実施した調査によると、何らかの形でAI技術を既に導入済み、または導入を計画中であると回答した企業は全体の約37%にも昇ることがわかった。
この数字はサイバーセキュリティ(88%)に次ぐ第2位となっており、AIが急速に普及していることがうかがえる結果となっている。
一方で、「まだまだAIが身近な存在とは思えない」「自分はクリエイティブな業界にいるので、AIに出番はなさそう」などと考えている人も少なくないかもしれない。
そうしたAIへの理解を覆してくれるのが、世界各国の空港で利用される顔認証システムをはじめ、世界でもトップクラスのAI技術を持つNEC(日本電気株式会社)の取り組みだ。
AIが開発したコーヒーやチョコレート?
「たしかにAIの主な得意分野は効率化や最適化などの作業です。しかしAIの示唆により、人の創造性がより高度化されること、新たな創造につながる着想が得られることもあるのです」
そう話すのは、NECのAIブランディング担当者。同社では最先端AI技術群「NEC the WISE」を活用し、なんとコーヒーやチョコレートを開発するといったユニークな取り組みを行っている。
「ここ数年でAIというキーワードへの注目度は高まっていますが、当社のAIはあまり一般の方には知られていませんでした。そこで、コーヒーやチョコレートといった身近な飲み物や食べ物とAIを結びつけ、生活者の視点からAIを知ってもらおうと考えたのです」
そうした取り組みの第一弾として発表された商品が、「日本人なら誰もが知る名作文学の読後感を味わえる」というコンセプトのブレンドコーヒー、「飲める文庫」だ。『吾輩は猫である』『人間失格』など、名だたる名作を冠した6種類の商品が期間限定で発売され、広く注目を集めた。
そして昨年には第二弾として、さまざまな時代のムードを味わいで再現したチョコレートが「あの頃は CHOCOLATE」という名前で商品化している。
では一体、これらの商品開発にどのようにAIが活用されたのだろうか?
過去60年分の新聞データから“味わい”をAIが推定
「Bean to Barチョコレート専門店『ダンデライオン・チョコレート』とのコラボ企画である『あの頃は CHOCOLATE』では、過去約60年間の新聞データを使い、それぞれの年の空気感をチョコレートの味わいにするとどのようになるのかAIを使って分析しました」
具体的には、まずデータサイエンティストが600の新聞頻出単語に、それぞれから想像できる味わいを、チョコレートの味覚を表す甘味、苦味、酸味、ナッツ感、フローラル、フルーティ、スパイシーという7つの味覚指標と紐づけて定義。
その学習データを与えたAIに60年分の新聞データを投入することで、最終的には約138,000もの単語の味を定義させた。その上で、その定義をもとにしてAIが各時代の味わいをレーダーチャートで表現するという流れだ。
「たとえば『回復』という単語は“甘味”、『不安』という言葉は“苦味”といったように、最初に作成した学習データは人間の感覚に基づくもの。今回は、そうした人間的感覚をAIが再現できるのかという点でチャレンジングな取り組みでした。
結果、人が定義していない言葉でも、AIが人の感覚を真似てそれぞれの味を計算値として出してくれました。最終的なレーダーチャートも人の感覚に近いものでしたし、今回の取り組みは当社としてもひとつの成果になったと考えています」
同企画の仕掛け人でもあるNECの担当者がそう話すレーダーチャートは下記の通り。1969年の「人類初の月面着陸味」から、1974年の「オイルショックの混迷味」、1987年の「魅惑のバブル絶頂味」、1991年の「絶望のバブル崩壊味」、そして2017年の「イノベーションの夜明け味」と、5つの時代の味がある。
たとえば「魅惑のバブル絶頂味」なら甘くて華やかな香り、「絶望のバブル崩壊味」は強い苦味と酸味といったように、チョコレートの味として表現されているのだ。
AIと人との共創が生む、新しい可能性
「コーヒーやチョコレートの開発において、AIの役割は味を決めるレーダーチャートを作成するところまで。あとはその道のプロである職人さんが、チョコレートならカカオの産地や砂糖の量などを工夫して、レーダーチャートの味を再現してくれました。
最初は職人さんも『こんなに極端なものは作ったことがない』と仰っていましたが、チャレンジしてみると『美味しい!』と。他にも、AIが出したレーダーチャートの味を再現するために、従来はしないカカオの加工をしてくれたり。AIが人に新しい気づきを与え、創造性を刺激するという意味でも、とても面白い取り組みになったと思います」
「あの頃は CHOCOLATE」の開発には約60年分の新聞データが使われたが、文書や画像、音楽などのデータがあれば、同様のサービスが実現できるそう。
大量のデータコンテンツを持つ企業と、クリエイティブな商品やサービスをつくる人や企業がAIの力で結びつけば、まだまだ思いもよらないコラボレーションが生まれる可能性がある。
「今回の取り組みでは、新聞社さんが『新聞にこんな使い方があったのか』と驚かれていました。発想ひとつで新しいビジネスやサービスを生むことができるのもAIの面白さ。そうした面白さや可能性を、私たちの取り組みを通じて多くの人に知ってもらいたい。
コーヒーとチョコレートに続く第三弾の構想はまだかたまっていませんが、AIの面白さや可能性を広く伝えるための取り組みは今後も続けていきたいと考えています」
AIと人間の共創分野からは、今後も新たな商品やアイデアが次々と生まれてくることだろう。それらを楽しみに待つ一方で、たとえば「自社のデータを使った場合には、どのような商品が開発できるだろうか」と考えてみる。そうした発想を持つことが、これから迎えるAI社会においては重要になってくるといえるかもしれない。