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基礎から学べる行動ファイナンス 第4回「高値覚えと塩漬け株」

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野村證券金融工学研究センターの大庭昭彦が投資や資産運用の際に人が陥りがちな「バイアス」に関して解説する「基礎から学べる行動ファイナンス」シリーズ。第4回では株式などを売る時に過去の高値が気になる「高値覚え」の裏にある「アンカリング」と「保有効果」について考えます。

投資を楽しむBさんは…

40歳のBさんは中堅の企業で働く営業職の社員です。現在は独身で、余計な支出を嫌う倹約家だったため、お金には比較的余裕があります。

Bさんは数年前から雑誌やネットで勉強し、詳しい友人の話も聞いつつ、株式投資をしています。成長しそうな企業を選んで買っており、現在では十数銘柄の株式を保有しています。

ちまたで騒がれる「老後の不安」のために投資しているわけではありません。好きな企業に投資をし、その後の株価の動きを見守ることに楽しさを感じているのです。全体としては利益が出ていますが、一部の銘柄は損失が出ています。

「代わりに売る銘柄が…」

Bさんは、以前から魅力的と感じていたZ社の株式を買いたいと感じています。

しかし、悩ましいのは「代わりに売る銘柄」をなかなか選べないことです。 ずいぶん前、高騰していたころに友人とともに買ったX社の株式があります。しかし、その後X社の株価は急落。最高値を付けた時の半値ほどになってしまいました。

今後も値上がりは見込めないと思ってはいるものの、なかなか売却には踏み切れません。 他に損失の出ている銘柄もありますが、同じく売る気が起きません。

結局、Z社の株式を買うため、利益が出ている銘柄を選んで売却し、購入資金に充てることになりそうです。Bさんは「企業を合理的に評価すること」には自信を持っているつもりですが、こうした「買い替え」が合理的なのかどうかに関しては、どうしても自信が持てないようです。

Bさんに生じたバイアスとは?

Bさんの行動は、自らが薄々感じている通り全く合理的とはいえません。深く考えた結果、変な行動をするという、典型的な「熟慮システムの悪影響」と言えます。

株式を売る時に過去の高値が気になることは、個人投資家にはよくある話で「高値覚え」と呼ばれています。

そんな高値覚えの裏にある心理バイアスには、「アンカリング」と「保有効果」があります。 「アンカリング」とは、強く印象に残っている数字に影響を受け、その後の判断を下してしまうというバイアスです。

例えば、ある人に大きなルーレットを回してもらい、出た数字を記憶してもらって、直後に「アフリカの国連加盟国数は?」などと聞いてみると、ルーレットで出た数字に影響されている(相関がある)ことがわかります。

「保有効果」とは、自分が保有しているものに対し、保有していないものと比較して高い価値を感じやすいというバイアスです。例えば、ある人たちに対して同じ商品を異なるタイミングで見せるとします。それぞれの人がその商品を所有していない時に「いくらの値段なら買いたいか」と聞き、所有している時に「いくらの値段なら売ってもよいか」と聞きます。すると「いくらの値段なら買いたいか」という質問に対する答えの方が安くなる傾向があります。

「高値覚え」では、「アンカリング」のバイアスで株価が高値を付けていた時の影響を強く受け、「保有効果」によって、高値を付けていた時より安い値段で売却することに対し、心理的な障壁ができてしまうのです。 「高値覚え」のせいで、売るに売れなくなった株のことを「塩漬け株」と言います。こちらもよく聞く話です。(ここに紹介した二つの心理実験については、拙著「行動ファイナンスで読み解く投資の科学」〈2009年・東洋経済新報社刊〉をご参照ください)。

第3回で登場したAさんや、今回登場したBさんのような、心理バイアスを原因とする失敗を避けるにはどうすれば良いのでしょうか。連載(全12回を予定)の後半では、「失敗を避ける技術」を中心に解説したいと思います。

(KINZAI Financial Plan 2023年4月号掲載の記事を再編集したものです)

本稿は、野村證券株式会社社員の研究結果をまとめたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではございません。2023年2月現在の情報に基づいております。

大庭 昭彦

野村證券株式会社金融工学研究センター エグゼクティブディレクター、CMA、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。大学卒業後、1991年に株式会社野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券株式会社金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。

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