2025.04.22 NEW
一時1ドル=140円割れ ドル資産「トリプル安」の背景と今後の見通し 野村證券・池田雄之輔
4月21日の米国株式市場では、NYダウが4営業日連続で下落し、前週末比971.82ドル安の38,170.41ドルで取引を終えました。一時的に下げ幅が1,300ドルを超える場面も見られました。22日の外国為替市場では、米ドルが主要通貨に対して下落し、対円では一時1ドル=140円を割り込み2024年9月以来の円高・ドル安水準となっています。さらに、米長期債利回りも上昇(債券価格は下落)しており、株式、通貨、債券がそろって値を下げる「トリプル安」の状況が鮮明になりました。この背景や今後の展望について、野村證券市場戦略リサーチ部長の池田雄之輔が解説します。
4月に入って「ドル資産のトリプル安」が目立っている
為替市場ではドル安が目立っています。ほとんどの他通貨に対して減価する「ドル独歩安」となっており、主要通貨に対するドルの総合的な強さを示すドル指数(DXY)は年初から約10%下落しています。とくに最近の特徴となっているのが、株式、債券と通貨ドルが同時に売られる「ドル資産のトリプル安」の傾向です。
トリプル安ではない弱気相場のパターンとしては、「米株安、ドル安、債券高(金利低下)」の組み合わせがよくあります。これは、景気悪化が懸念される際の正常な相場反応であり、とくに問題にはなりません。2025年1-3月はおおむねこのパターンでした。しかし、4月以降に目立っているのは債券安(金利上昇)も巻き込むトリプル安です。トリプル安になるマクロシナリオとしては、スタグフレーションへの警戒と、通貨への信認の毀損、の2つに大別できます。
スタグフレーションの局面では、景気悪化による株安圧力とインフレ加速による債券安圧力が同時発生します。このとき、海外投資家がその国の株売り、債券売りに動く際に、通貨売りをともなう形になります。株式・債券→通貨という波及経路です。
このパターンが明確になったのが、4月2日の「関税ショック」からまもなくの4月7日から9日にかけての局面です。トランプ政権が打ち出したショッキングな相互関税は、市場で「米国の自傷行為」とみなされ、関税によるスタグフレーション突入への警戒が高まりました。これが、株売り、債券売り、ドル売りのトリプル安を招きました。
米国債売りに危機感を持ったのはベッセント財務長官か
米国債まで売られ始めたことに対し、トランプ政権の中でもとくに危機感を高めたのはベッセント財務長官だったとみられます。同長官は長くマクロヘッジファンドを運営してきた経験から、グローバル投資家が「ドル資産全部売り」に転じることの危険を察知したのだと思います。
4月9日にトランプ大統領は、その日に発効したばかりの相互関税を、いきなり「90日間停止」にすると発表しました。この舞台裏については、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が4月20日(日本版)の記事で、興味深いことを書いています。それによると、9日の朝、相互関税を主導したナバロ補佐官の不在の隙をついて、ベッセント財務長官とラトニック商務長官がアポなしで大統領執務室を訪れたそうです。そこでトランプ大統領を説得し、すぐに「90日間停止」をSNSで発信するよう求め、その通りになるまで執務室を出なかったということです。他から邪魔が入らないようにする必要があったのだと思います。
関税ショックに続いた「パウエル解任シナリオ」
ドル資産のトリプル安相場はいったん、終息したかに見えました。しかし、今度は第2のマクロシナリオが動き始めてしまいました。トランプ大統領が17日、ECB(欧州中央銀行)が利下げしたことに触発され、利下げに動かないパウエル議長を「遅すぎる!」とSNSで批判しました。さらにトランプ大統領はパウエル議長について「解任しようと思えばすぐにできる」と豪語しました。この時点では市場はさほど大きくは反応していなかったように思います。
しかし、ハセット国家経済会議(NEC)委員長が18日、パウエル議長を「解任できるかどうか、トランプ大統領とそのチームが検討し続けている」と述べ、それが週明け21日の金融市場で材料視されました。「大統領は本気なのではないか」と市場の不安心理を高めたのです。「大統領が利下げを要求し、中銀総裁を解任」というパターンは、まるで専制国家の新興国を彷彿させます。米ドルは基軸通貨なのでそうはならないはずなのですが、新興国であれば通貨への信認を失墜させ、通貨安とインフレ高騰のスパイラルに見舞われかねない危険な発言です。
トランプ大統領の介入でFRBはむしろ利下げ困難になる?
当面、「トランプvsパウエル」を巡って、ドル安に警戒が必要です。第一に、市場はパウエル議長が辞任するテールリスクを意識せざるを得ません。FRBの独立性の危機です。第二に、パウエル議長がかえって機動的に緩和方向に転換できなくなるという側面です。この二点目については、7年前に似たことが起きています。2018年の米中貿易戦争のさなかにも、自身の関税政策で株安が加速した際、トランプ大統領はFRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長をスケープゴートにしました。その年の4回目の利上げとなる12月のFOMC(米連邦公開市場委員会)をめぐっては、トランプ大統領が激しく抵抗し、かえってパウエル議長が利上げを続けざるを得なくなりました。
今回も、政治介入が、FRBの機動性を奪いかねない点に注意が必要です。必要な場合にFRBが利下げできないとなると、株安、債券安を招き、金利差では説明できないドル安圧力につながります。
日米財相会談で「ドル安志向」が封印されるかは重要
トランプ政権はドルの信認を取り戻せるのか。焦点となるのは、(1)トランプ大統領がパウエル議長への批判を止めるかどうか、(2)ベッセント財務長官が「強いドルは国益」というメッセージを発信できるか、(3)トランプ政権内でベッセント氏が影響力を保てるか、といったところになります。(2)については、少なくとも最近のドル安を、歓迎する姿勢を見せないことが重要です。この点は、24日の日米財相会談(日本側は加藤勝信財務大臣)の注目点にもなります。ヘッジファンド出身のベッセント氏は、現局面ではドル安志向を封印すると期待したいところです。
(3)については、裏を返せば、ナバロ補佐官とハセット委員長という、いわば「反ベッセント陣営」の影響力がどうなるかということでもあります。ちなみに、先ほど触れた4月9日の朝のエピソードですが、WSJによればナバロ氏が留守だった理由はハセット委員長を訪れていたから、だそうです。さらに、ハセット氏はパウエル議長の後任を狙っているといわれています。ナバロ氏、ハセット氏が台頭する場合、市場はドル安を警戒せざるを得ないということになりそうです。逆に、ベッセント財務長官はドル信認の「最後の砦」とみなされていると思います。
ドル円の2025年12月末予想は137.5円
ドル円は140円が大きな節目となっており、明確に下抜けした場合は勢いがつくリスクがあります。一方、日米財相会談が無難な結果に終わり、ドル円は少なくとも一時的に持ち直すというのがメインシナリオです。野村證券はドル円の先行きについては、2025年12月末:137.5円と緩やかなドル安・円高を予想しています。FRBは12月から利下げ開始、日銀は2026年1月に利上げという金融政策の方向感に沿った見通しです。
トランプ大統領の動きを予想することは至難の業ですが、2026年秋の中間選挙が近づくにつれ、景気テコ入れ、株価重視、支持率重視の姿勢が強まっていくというのが基本的な見方です。政策の重心は、関税から徐々に減税、規制緩和に移っていくとみています。また、パウエル議長の後任選びはこの秋にもスタートするとみられますが、本命視されているウォーシュ元理事が選ばれそうということになれば市場に安心感が出てくると思います。

- 野村證券 市場戦略リサーチ部長
池田 雄之輔 - 1995年野村総合研究所入社、2008年に野村證券転籍。一貫してマクロ経済調査を担当し、為替、株式のチーフストラテジストを歴任、2024年より現職。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。現在、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」に出演中。
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