2025.05.08 NEW

FOMC無風通過も「嵐の前の静けさ」か 予防的利下げをしない理由は 野村證券・雨宮愛知

FOMC無風通過も「嵐の前の静けさ」か 予防的利下げをしない理由は 野村證券・雨宮愛知のイメージ

写真/タナカヨシトモ

トランプ大統領がFRB(米連邦準備理事会)に繰り返し利下げを要求していたことも注目された5月のFOMC(米連邦公開市場委員会)ですが、特に大きな波乱もなく終了しました。市場予想通り政策金利は3会合連続で据え置かれ、FRBのパウエル議長は記者会見で、最近の講演と同様に利下げに慎重な姿勢を繰り返し示しました。金融市場の反応も限定的でしたが、米国の景気後退への警戒感は依然として根強く、先行きは不透明な状況が続いています。今後の米国景気の見通しについて、米国野村證券の雨宮愛知が解説します。

米国景気の急激な悪化は見られない

今回のFOMCでは、政策金利の引き下げが見送られました。FRBの判断にも大きく影響する、米国景気を判断する指標のひとつが米国雇用統計です。直近の4月の雇用統計が5月2日に発表になり、非農業部門雇用者数の伸びは前月比+17.7万人とわずかな鈍化にとどまるなど、引き続き米国景気の底堅さを示す内容となりました。

非農業部門雇用者数の伸びの内訳(景気循環の影響別)~ 民間部門雇用は幅広く増加 ~

非農業部門雇用者数の伸びの内訳(景気循環の影響別)~ 民間部門雇用は幅広く増加 ~のイメージ (出所)米労働省、ヘイバー・アナリティクスより米国野村證券作成

失業率は4.2%で横ばいでしたが、四捨五入前では(3月の4.152%から)4.187%にわずかに上昇しました。失業率の上昇はレイオフ(解雇・非自発的離職)ではなく、人員採用ペースの緩やかな鈍化が原因でした。人員採用の鈍化は失業のトレンドにとって重要ですが、多くの場合、レイオフの方が労働市場の急激な悪化を示す有効な指標となります。レイオフが依然として低調であることは安心材料と言えるでしょう。

就職に関する各種尺度

就職に関する各種尺度のイメージ (出所)米労働省、コンファレンスボード、ヘイバー・アナリティクスより米国野村證券作成

とはいえ、これは「嵐の前の静けさ」とも言えます。

今回発表された雇用統計には、トランプ大統領が相互関税の詳細を発表し「解放の日」と呼んだ4月2日以降の調査は1週間分しか含まれていません。そのため相互関税発表前の米国景気が強かったことはわかりますが、相互関税が雇用にどう影響するかについては不透明感がぬぐえません。いわば、“バックミラー”で景気を見る指標と言えます。4月の雇用統計が市場予想よりも強かったにもかかわらず、発表直後のNYダウなどの米国株価指数が軟調に推移したのは、先行きの警戒感が依然としてあるためだと思われます。

例外的なのは人材派遣サービス部門の動向で、このセクターの雇用者数の低迷は労働市場悪化の先行指標とみなされることが多いです。3月まで3ヶ月連続の減少となっていましたが、4月には底入れしました。4月に安定したことは安心材料と言えるでしょう。関税政策を警戒して先んじて契約を切っておくという流れはなさそうだと見ています。

雇用統計と併せて、4月2日以降の企業活動の様子がいち早くわかる他の指標を見てみましょう。企業の景況感についてのアンケート調査をまとめた、いわゆるソフトデータといわれる指標です。

5月2日に発表された4月の米ISM製造業景況指数は、3月の49.0から48.7にやや低下しましたが、市場予想(ブルームバーグ調査の中央値、以下同)は上回りました(前月と比較した変化の方向をとらえる指数で、50を拡大・縮小の境界とする)。同じ日に発表された4月のS&P製造業PMI確報値は50.2で3月からは横ばいとなりました。さらに、米ISMサービス業景況指数が5月5日に発表され、51.6と市場予想の50.2を上回り上昇しました。

これらの指標を併せて判断すると、米国の景気が関税の影響で急激に悪化しているとはいえないことがわかります。

関税政策前の米国景気は強かった、そして関税の影響で急激な悪化はしていない、という今の状態で踏みとどまるかどうかが重要です。今後は、実際の消費の数字があらわれるハードデータがどうなるかに注目が集まります。個人消費などは堅調だと予想されますが、これには関税前の駆け込み需要が含まれる面もありそうです。設備投資や耐久財消費の減少が、市場予想の範囲におさまるかどうかに注目するといいでしょう。

リセッションより怖いのは不透明感

米国景気が悪化してリセッション(景気後退)に陥るのが怖い、と感じる方も多いと思いますが、実はマーケットにとっては、リセッションに陥ることよりも方向感がないことのほうが怖いのです。今は、機関投資家が売りも買いも明確に判断できない状態です。

これまでのマーケットが大崩れしていない一つの理由としては、当初打ち出された関税政策がもっと緩和されることへの期待があると思いますが、これもどうなるかわかりません。日米交渉をはじめ、二国間交渉も始まっていますが、政策の緩和が確実になったとはいえません。

野村證券は、米国はぎりぎりのところでリセッション入りを避けられると予想していますが、今後リセッションに陥る可能性が高くなっているのは確かです。トランプ大統領自身も、今は変化のときでリセッション入りもやむなし、という発言をしていて予断を許しません。

以前(3月27日)の記事でも指摘しましたが、本当にリセッションに陥るとしたら、FRBが利下げに動くと思います。しかし、今局面ではリセッションを未然に防ぐための予防的利下げに動く可能性は低いと考えています。

FRBは、景気の先行きだけでなく、関税をきっかけとして高インフレ時代が到来することを懸念しているのだと思います。1970年代には二度のオイルショックもあり高インフレが長期にわたって続きました。関税の影響によるインフレ圧力が、関税の対象となっている品目以外の価格や賃金、サービス価格などに広がるリスクがあり、FRBはまずは景気の先行きだけでなく、インフレの動向を見極めると考えられます。

今回のFOMCでもパウエル議長は、センチメント指標(ミシガン大学消費者信頼感指数など)の悪化だけでは景気の判断をしない姿勢を明確にしており、数量データ(小売販売や耐久財受注、雇用統計など)を重視する姿勢を示しています。つまり、FRBが利下げに踏み切るとすれば、数量データが明らかに悪化して、米国経済がリセッションに陥ることが見えてきた場合でしょう。

今後は、リセッションになり、FRBが積極的に利下げに動く、もしくは景気はぎりぎりのところで持ちこたえて、FRBは利下げに慎重な姿勢を続ける、という二つのシナリオが考えられます。

仮にリセッションになったとしても利下げによる景気浮揚効果もあり、リセッションは短期間で終了し、年末までには景気は底入れの兆しを見せると考えています。どちらに転ぶか分からないという不確実性に支配されて身動きがとりにくい現状よりも、年末の時点の方が市場の投資家心理はよくなっていると思っています。

米国野村證券 シニア・エコノミスト
雨宮 愛知
2001年野村総合研究所入社。2004年より野村證券金融経済研究所経済調査部。2009年より米国野村證券(ノムラ・セキュリティーズ・インターナショナル)に勤務。

※本記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。また、将来の投資成果を示唆または保証するものでもございません。銘柄の選択、投資の最終決定はご自身のご判断で行ってください。

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