2022.01.13 NEW
AI時代にこそ求められる「心の知能指数」EQとは?
EQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数)をご存じだろうか?
対人関係やリーダースキルの向上、メンタルヘルス対策にも役立つことから、ビジネススキルとして注目されている概念だ。2020年に行われた世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)のレポートでは、「2025年に必要なスキルトップ15」のうち、11位にEQがランクインしていた。EQが必要だと語る企業は増えており、日本でも1,500社を超える企業で、メンタルヘルス対策や人材育成などにEQの考えを導入している。
日本のEQ開発の第一人者である著者が記した『EQトレーニング』(日本経済新聞出版社)によると、EQは後天的に高めることができるという。では、EQとは何なのか、この変化の激しい時代に、なぜ求められているのか。本記事でEQを理解し、EQを高める(伸ばす)ことによって、ビジネス面だけでなく、人生をより良くするヒントを見つけてほしい。
EQとは何か?
EQとは一言でいうと「感情をうまく管理し、利用できる能力」「心の知能指数」のことで、1990年代に米国でピーター・サロベイ博士とジョン・メイヤー博士によって提唱された。当初はEI(Emotional Intelligence)との名称で発表されたが、1990年代半ばにマスメディアが、IQ(Intelligence Quotient:知能指数)と対比してEQとして紹介したことから、一気に広がりを見せた。IQは遺伝的特質を持つのに対して、EQは後天的に高めることができるという(図1)。
近年、就学前の幼少期教育で「非認知能力」が注目されているが、これはIQや偏差値などに代表される「認知能力」に対置される言葉で、EQと類似の概念である。
EQは両博士が心理学の立場から、ビジネスを成功に導くための要因を研究したことで発見された。それまでは高いIQを持つ人が成功すると考えられてきたが、両博士の研究により、成功の要因はIQだけではなくEQも関係していることがわかり、さらにEQが高い人がIQの高い人より成功しているというのだ。
その結果、明らかになったのが「ビジネスで成功した人は、ほぼ例外なく対人関係能力に優れている」というものでした。そして成功に導く能力を「学歴などで現れる能力は2割、8割は対人関係能力」と結論づけたのです。
具体的には、「自分の感情の状態を把握し、それを上手に管理、調整するだけでなく、他者の感情の状態を知覚する能力に長けている」ということです。(P.38~39)
EQがなぜいま必要なのか?
以前までは社会の構造が画一的で効率性が求められたため、「できる人材」の要件は豊富な知識と頭の回転の速さ、つまりIQが大切にされていた。
しかし、昨今は価値観が多様化し、問題に対する正解が一つとは限らず、さまざまな出来事、情報を複眼的に把握し、柔軟に思考することが求められている。左脳(知能)から右脳(感性)へのシフトが起きているために、EQがより求められる時代となってきた。変わりゆく環境に適応し、感情を大切にうまく使うことで共感をつくり、人とのつながりを強くする心理的安全性が求められているという。
2001年にエール大学のパルマー教授が発表した、EQの高い組織と低い組織の業績を比較した研究結果がある。それによれば、EQが高い組織は、問題に対する悩みや課題について腹を割って話し合い、目標達成に向けて、お互いの意見の一致を目指して議論をする傾向にあったそうだ。つまり、対立を恐れずに議論できる環境が、他者への配慮や共感を生み、心理的安全性につながったことでチームの生産性が上がり、成果を出すことができたのだ。
なぜEQがビジネスで役立つのか?
EQは、「感情の識別」「感情の利用」「感情の理解」「感情の調整」の4つのブランチから構成されている(図2)。この4つの要素を理解し、利用したりコントロールしたりすることでEQを活用することができる。
出典:『EQトレーニング』をもとに編集部作成
では、どのようにしてビジネスに役立つのだろうか。
(1)感情を理解し・コントロールして、トラブルを防ぐ
感情の中でも「怒り」には注意したい。「失敗の原因は感情(怒り)にある」と言われており、怒りを抑えて平静を保つ「アンガーコントロール(アンガーマネジメント)」はコミュニケーションスキルの基本である。具体的なテクニックとして怒りのピークである6秒間をやり過ごす「シックスセカンズ(Six Seconds)」などが上げられる。
感情は性格と異なり、コントロール可能だ。温厚な人や優しい人でも、理不尽な一言に怒りを覚えることはある。見方を変えれば、もともとの性格とは別に、状況に応じて感情を生み出せるのだ。ビジネスの場において、そのとき求められる感情、必要な感情を生み出すことで、臨機応変に対応することができるのだ。
(2)メンタルヘルス対策
メンタルヘルス不調の原因は、職場の人間関係であることが多く、健康経営の観点からもEQは役に立つ。EQを活用すれば、今起こっている感情の原因を理解することができるため根本的な解決策を導きやすくなり、結果的にメンタルの不調解消にもつながる。また、心の不調は「表情・身なり」「行動・言動」「身体面」などに変化が現れるため、部下などの普段の状況を把握しておけば、それらが乱れたときに、心の不調のサインをキャッチしやすい。
(3)共感を得て、生産性を上げる
EQを発揮すると相手の本音に近づくことができるため、相手の言葉を表面的に捉えるのではなく、真の意図を汲み取れるようになる。ある調査結果では、EQを発揮すると、会議時間、社内調整時間、商談時間が25%短縮されたという。相手の気持ちを聞き、理解を深めることで何をすべきかが明確になるからだ。
たとえば、交渉の場面でEQを活用すると、相手の気持ちを理解したいので、質問する機会が増える。その結果、交渉について相手が受ける意向があるのか、ないのかが見えやすくなり、受ける見通しが立たないなら、次の交渉先を見つける予測を立てることも可能になる。
トレーニングでEQを開発
先述の通りEQは遺伝的要素に左右されることが少なく、後天的に伸ばしていける能力だ。本書には、著者によって開発された実践的なトレーニング方法が紹介されている。
トレーニングの基本的な考え方は、「『感情は行動に影響を与える。』ならば、行動に影響を与えれば、感情にも影響を与える」というもの。日常のルーティンを強制的に変え、2カ月間継続することで行動を定着化させていく。
EQを測定するには、先に紹介した4つのブランチをさらに分類し、計12の指標をもとにしていく(図3)。
EQ4ブランチ | 説明 | 指標名 | 説明 |
---|---|---|---|
感情の識別 (気持ちを感じる) |
自分と相手の感情を識別する | 自己自覚力 | 自分の感情をありのままに感じ取り、自覚する力 |
他者察知力 | 相手の感情を、表情や態度、しぐさなどから察知する力 | ||
感情語彙力 | 感情を表す語彙を豊富に持ち、的確に言葉で表現する力 | ||
感情の利用 (気持ちをつくる) |
問題・課題を解決するために感情を生み出す | 感情抑制力 | 目的に応じて、現在生じている強い感情を抑える力 |
感情創出力 | 目的に応じて、その場にふさわしい感情を創り出す力 | ||
感情の理解 (気持ちを考える) |
今起こっている感情の原因を理解しその変化を予測する | 感情分析力 | 今の感情が生じた原因を考え、分析する力 |
感情推察力 | 自分や相手の感情がどのように変化するか、推察する力 | ||
感情共感力 | 相手の気持ちや思いを相手の立場に立って理解する力 | ||
感情の調整 (気持ちを活かす) |
他の3能力を統合し、望ましい決定をするために感情を活用する | 感情統合力 | 望ましい行動のために最終的にEQ能力を統合し活用する力 |
感情秘匿力 | 必要に応じて、湧き起こる感情を周囲に悟られないようふるまう力 | ||
感情表現力 | 目的に応じて、相手に自分の感情を伝えるために表現する力 | ||
一時静止力 | 思考を働かせて最良の行動を選択するために、感情のまま行動せず、いったん立ち止まる力 |
出典:『EQトレーニング』をもとに編集部作成
本書には、12の指標に基づいて現在の自分のEQを測定できる無料のウェブテストや、トレーニングを実践するうえで役立つ「EQ開発行動計画」シートが紹介されている。まずはウェブテストで自分のEQの現在地点を把握し、トレーニングにチャレンジした後、再度ウェブテストを受検することで成果を見ることができる。
EQを高め、人生の質を向上させよう
AIやロボットで代替できる仕事はなくなっていき、人間はより複雑で多様性に富んだ問題の解決が求められる時代になってきている。そんな中、EQを開発することは、営業や交渉などあらゆるビジネスシーンで高い効果が期待できる。自分の中に湧き起こる感情を理解し、コントロールできれば、心の健康を保ち、生産性を向上させることも可能だ。不安定な時代を生き抜くうえで、EQは解決策のひとつとなってくれるはずだ。
感情は日々感じるもの。EQで感情とうまく付き合うことができれば、人生の質そのものが良くなるだろう。本書で紹介されているEQトレーニングを早速、明日からの習慣にしてみてはいかがだろうか。

■書籍情報
書籍名:EQトレーニング
著者 :髙山 直(たかやま なお)
(株)EQ取締役会長。1957年広島県生まれ。1997年、(株)イー・キュー・ジャパンを設立し、日本で初のEQ事業をスタートさせる。2015年より現職。主な著書に『EQ こころの鍛え方』『EQ「感じる力」の磨き方』(以上、東洋経済新報社)などがある。
出版社:日本経済新聞出版社
※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。