2024.09.25 NEW
エヌビディアがけん引するAI半導体市場の今後 重要な役割を果たす日本企業は
文/斎藤 健二
生成AIの登場により、AI半導体市場が急速に拡大しています。AI半導体とは、効率的にAIの演算処理を行うことに特化した半導体デバイスを指し、さまざまなデータからパターンを学ぶ学習用や、学習したデータから別の新しいデータを予測して分類する推論用があります。学習用のAI半導体では、同時に大量の計算を行うことが可能なGPUが使用されます。
GPUのトップメーカーとして知られる米エヌビディアが今年6月に一時、時価総額で世界首位となったのも記憶に新しいところです。では、AI半導体の市場で日本企業はどのような役割を果たしているのでしょうか。また、投資家はどのような視点で日本の半導体関連企業を見るべきなのでしょうか。野村證券投資情報部のシニア・ストラテジスト、大坂隼矢が解説します。
エヌビディアのAI半導体
- エヌビディアはなぜこれほど業績や時価総額を伸ばすことができたのでしょうか。
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大坂隼矢(以下、同)
米エヌビディアがGPU(画像処理装置)市場で圧倒的なシェアを誇っていたからです。GPUは元々、ゲームなどの画像処理に特化した半導体でしたが、同時に大量の計算を行う能力が、AIを開発する際の技術であるディープラーニングに適していることがわかりました。エヌビディアは当初、AI向けに汎用的なGPUを提供していましたが、その後AI処理に特化したGPU(H100シリーズなど)を開発し、これが爆発的に売れています。
「製造工程を支える技術力」が日本企業の強み
- AI半導体市場における日本企業の強みや役割について教えてください。
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日本企業の強みは、AI半導体の製造工程を支える製造装置と材料の分野です。実際、一部の日本企業がなくなると、AI半導体の製造が不可能になるほど重要な役割を担っています。
半導体の製造工程は「前工程」と「後工程」に分かれます。前工程では基板となるシリコンウェハーの上に薄い膜を作って、その上にフォトレジスト(感光材)を塗ったうえで回路のパターンを現像、最後に不要な膜やフォトレジストを取り除きます。この工程を何回も繰り返し回路を積層していきます。後工程ではシリコンウェハーを切断して部品を装着、チップを保護するため樹脂で包んで製品の形にします。 前工程では、東京エレクトロン(8035)が特に強い競争力を持っています。不要な膜などを取り除くエッチング装置で世界シェア2、3位を争う立場にあり、フォトレジストの塗布、現像を行う装置「コータデベロッパ」でも、ほぼ独占的な地位を築いています。
後工程では、ディスコ(6146)が強みを発揮しています。ウェハーを切断する「ダイサー」などの機器で世界トップシェアを誇っています。
- では、材料メーカーはどうでしょうか。
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信越化学工業(4063)は、シリコンウェハーで世界トップシェアを有しています。2番手のSUMCO(3436)と合わせて、世界シェアの6割強を占めています。
信越化学工業は最先端のEUV(極端紫外線)用フォトレジストでも高いシェアを持っています。TSMC(台湾積体電路製造)向けの最先端ラインでは、信越化学工業のEUVフォトレジストが採用されていると推察されます。
フォトレジストでは、東京応化工業(4186)も世界トップクラスのシェアを有しています。信越化学工業、東京応化工業、2024年6月に上場廃止となったJSRの3社で、AI半導体の製造に必要不可欠なEUV用フォトレジストをほぼすべて供給しています。
このほか、イビデン(4062)はAI半導体に採用されている高性能なパッケージ基板を手掛けており、近年積極的な設備投資を行っています。
- 検査工程でも日本企業が活躍していると聞きます。どういった企業があるのでしょうか。
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アドバンテスト(6857)は半導体の検査装置で世界首位級のメーカーです。半導体が設計通りに動作するかをチェックする機器や、半導体上の配線パターンを測定する機器などを手掛けています。AI半導体は従来の半導体チップに比べ、構造が非常に複雑であるため、テスト時間が長期化し、検査装置需要を大幅に増加させているようです。
一方、レーザーテック(6920)は少し異なる分野で重要な役割を果たしています。レーザーテックは、最先端半導体の生産に不可欠なEUVに対応した検査装置を手掛けています。半導体は、ごく微細な回路パターンを描いたフォトマスクを用いて、シリコンウェハーに回路を焼き付けて製造されます。レーザーテックの検査装置は、欠陥が許されないフォトマスクやその原板となるマスクブランクスを光で検査する装置です。EUVでは、EUV露光装置を世界で唯一量産できるオランダのASMLが有名ですが、レーザーテックもEUV露光に対応したマスク検査装置で独占的なシェアを有しており、先端半導体の製造プロセスにおいて極めて重要な役割を担っているといえます。 このように、日本企業は半導体製造の各段階で重要な役割を果たしています。製造装置や材料、検査装置などで高いシェアを持ち、世界の半導体産業を支えているのです。
- 大きなシェアを握っている企業が多いようですが、各分野で寡占化が進んでいるのはなぜでしょうか。
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AI半導体も含め、半導体製造は非常に複雑で、高度な連携が必要です。新しい技術を導入する際には、製造装置メーカー、材料メーカー、そして半導体メーカーが密接に協力する必要があります。そのため、一度確立された関係性や技術的優位性を後発の企業が覆すのは非常に困難といえます。
また、半導体の微細化が進むにつれて、製造装置や材料に求められる精度も飛躍的に高まっています。このため、継続的な研究開発投資が必要で、それができる企業も限られています。
結果として、各工程で強みを持つ企業がさらにその地位を強化し、寡占化が進んでいるのです。新規参入は技術面でもコスト面でも非常に難しい状況になってきており、既存企業の優位性が増しています。
AI半導体市場の今後の見通しと日本企業の展望
- AI半導体市場と日本企業の今後の見通しについてはどう考えますか。
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現在、AI半導体はデータセンターに設置されるサーバー向けが中心となっていますが、今後は推論用のAI機能を搭載したスマホやパソコンなど、いわゆるオンデバイスAIの登場により、スマホやパソコンなどのデバイス向けのAI半導体が加わり、市場はさらに拡大していくと考えられます。
オンデバイスAIの普及は日本企業にとっても追い風となりそうです。サーバー向けではAI処理向けの高性能なメモリー半導体「HBM(High Bandwidth Memory)」の需要が急増していますが、デバイス上でもより高速で大容量のメモリー半導体への引き合いが強まると予想されます。メモリー半導体各社が積極的な設備投資を進めれば、日本の製造装置メーカーや材料メーカーにとって業績の追い風となりそうです。
また、デバイス向けのAI半導体もサーバー向けと同様に複雑性が高まるとみられ、先ほどお話ししたアドバンテストなどが手掛ける検査装置の需要を押し上げることが期待されます。
AIの開発競争が激化する中、半導体の処理能力向上に対する要求は今後も高まっていくとみられます。半導体の技術革新はこれまで、「ムーアの法則」で有名な微細化によって達成されてきました。しかし近年は、この微細化に物理的な限界が近づく中、開発コストが急増し、性能向上のペースも鈍化し始めています。こうした中、新たな技術トレンドとして注目されるのがパッケージング技術の進化です。異なる機能を持った複数のチップをパッケージ基板上で集積させることで、コスト低下と性能向上を図る「チップレット」などが代表的な手法です。
ちなみに、エヌビディアの代表的なAI半導体「H100」は、TSMCのCoWoSという3次元積層パッケージング技術(複数のチップを3次元で高密度に積層し、1つの半導体のように機能させる技術)で製造されています。
これまで技術革新をけん引してきた微細化は前工程の技術でしたが、パッケージングは後工程の技術です。半導体の性能を決める競争軸が、前工程だけでなく後工程に広がるとみられ、後工程に強い企業が多い日本企業にとっては業績の追い風となりそうです。
具体的には、先端のパッケージ基板で高いシェアを有しているイビデンや、ウェハーを薄く加工する装置にも強みがあるディスコなどが挙げられます。その他にも、多くの日本企業がパッケージ技術の進化の追い風を享受できるのではないかと期待しています。
- 投資家が日本の半導体関連株への投資を検討する際、どのようなポイントに注目すべきでしょうか。
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まず、新しく生まれる技術トレンドによって業績拡大が期待できる企業かどうかを見極める必要があります。実際、一部の半導体関連銘柄の株価はここ数年で大きく上昇しましたが、AI半導体以外の半導体需要は足元でようやく回復してきたという段階です。そのため、AI半導体の恩恵を享受できなかった半導体関連企業の業績は低調で、株価も軟調に推移している銘柄も少なくありませんでした。半導体の技術革新はスピードが非常に速いため、その動向を注視しておく必要があると思います。
とはいえ、専門的なことを理解するのはハードルが高いと思いますので、銘柄選びにあたっては、時価総額が大きく、証券会社などのアナリストがカバーしている銘柄を中心に検討することをお勧めします。
また、半導体業界には「シリコンサイクル」と呼ばれる市況の周期性があり、「好況」と「不況」の波が激しいことで知られています。半導体の在庫などに注意し、サイクルをうまく乗り切るのか、長期投資で持続的な成長を取りにいくのか、など、あらかじめ投資スタンスを決めておくことも重要だと思います。
- 8月初めに世界の株価が大きく下落しました。今、半導体関連の銘柄に投資しても大丈夫でしょうか。
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今回の株価下落は、世界の景気後退への懸念などへの投資家の不安心理に加え、需給の要因も相まって起きたものとみられます。7月までの株価上昇のけん引役だった半導体関連銘柄は、その他のセクターや業種などと比較しても、下げ幅が大きくなりました。
株価とは対照的に、足元で発表された半導体関連企業の決算では、AI向けの製品需要はさらに強まった印象です。また、AIを開発する米国の大手テクノロジー企業の決算でも、AIに対する積極的な投資姿勢に変更はありませんでした。もちろん、今後についてはわかりませんが、決算を通じて半導体市場の見通しに変更はなかったと思います。
中長期投資の観点で見れば、現在の価格が何年か後に割安だと言われる時がくるかもしれませんね。
※この記事は2024年9月10日時点の情報に基づくものです。
- 野村證券 投資情報部 シニア・ストラテジスト
大坂隼矢(おおさか・じゅんや) - 2010年入社。3ヶ店の支店業務を経て、2015年3月より投資情報部。現在は月刊誌「Nomura21 Global」等、個人投資家向け株式資料の作成をはじめ投資情報の提供を行う
※この記事は、投資判断の参考となる情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的として作成したものではございません。
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