2024.10.31 NEW
シニア世代の幸福度を高める”4つの心の状態” NRIのウェルビーイング調査から
文/竹下順子 撮影/竹井俊晴
ウェルビーイング(Well-being)とは、人が身体的、精神的、社会的に満たされた状態であることを指す概念です。近年、個人や企業、社会のウェルビーイング向上を目指す研究が進んでいます。シニアライフのウェルビーイングを高める鍵となるのは、どのような要素なのでしょうか。シニアライフを研究する野村総合研究所(NRI)シニアチーフコンサルタントの小松隆さんに聞きました。
シニア世代は女性の方が幸福度は高い
- NRIでは、シニアライフについての調査分析を行い、発信しています。どのような調査をしていますか。
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小松隆さん(以下、小松)
今はさまざまなインターネット調査が行われていますが、シニアの方々の意識や生活実態をネット上だけで十分に調査することは難しく、多様化するリアルな生活実態はあまり世の中に発信されていないと感じています。NRIのグループ会社であるNRI社会情報システムでは、高齢者の就労をサポートする事業を行っていることから、全国規模でシニア世代の約10万人のモニターを有しています。モニターの方々へのインタビューや、郵送での回答を含めた調査を実施し、より実態に近いシニアライフを調査し、分析を行っています。
- ウェルビーイングという点でみると、シニア世代にはどのような特徴がありますか。
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ウェルビーイングは、Well(よい)とBeing(状態)を組み合わせた言葉で、人が身体的、精神的、社会的に満たされた状態であることを指します。ウェルビーイングを測る指標として、本人が幸せと感じるかどうか「主観」として測定する方法が一般的です。
「現在、あなたはどの程度幸せですか」という設問に、「とても幸せ」を10点、「とても不幸せ」を0点とした11段階で回答してもらいます。この方法でNRI社会情報システムのモニター(全国の60歳代から80歳代、1005人)を対象に、主観的幸福度を調査したところ、平均値は男性7.36、女性7.46。シニア世代の特徴として、男性より女性のほうが幸福度は高く、女性は年齢とともに幸福度が上がる傾向が見られました。
また、健康状態と家計の状況が大きく幸福度を左右することも分かりました。健康状態が「非常に健康である」、家計状況が「余裕があり将来の心配もない」と答えた人は、どちらも主観的幸福度の平均値が8.0を超える非常に高い数値を出し、不幸を感じる人の割合はほぼ0%でした。
一方で、「健康ではない」と答えた人の平均値は6.18と大きく下がりました。家計状況で「余裕は全くなく、やりくりが大変厳しい」と答えた人の平均値も5.35と低く、「不幸せな人」の割合が「幸福な人」の割合を上回りました。
(出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のウェルビーイング(2)」
友人関係、地域関係の満足度で男女差が大きい
- 女性の方がなぜ幸福度が高くなるのでしょうか。
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主観的幸福度とは別に、「生活満足度」指標を7つの分野別に調査してみると、そこでも男女の違いがありました。調査項目は、生活全体の満足度を示す「今の生活」のほか、「現在の仕事や働き方」、「友人関係」、「家族関係」、「趣味・娯楽・教養」、「地域との関係」、「仕事以外の社会的活動」の7分野における満足度を調べました。
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その結果、男女に共通しているのは、「家族関係」に対する満足度の高さ。シニア世代のウェルビーイングを形成する根幹に「家族関係」という要素があることが分かります。
男女別にみると、男性の満足度が女性よりも高いのは、「家族関係」「現在の仕事や働き方」のみであり、それ以外の5分野では、女性のほうが男性よりも満足度が高くなっています。特に男女差が大きかったのは「友人関係」と「地域との関係」の2つでした。
これらの結果をみると、女性の幸福度が高い要因として、友人や地域関係というコミュニティでの居場所づくりが男性よりもうまいということが考えられます。一方で、男性は定年して会社というコミュニティから離れると、自分の居場所をみつけるのに苦労する人が多い印象です。それがシニアライフの幸福度に影響しているのだと考えています。
(出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のウェルビーイング(1)」
良好な家族関係はウェルビーイングの根幹
- なるほど、人間関係、特に家族関係はウェルビーイングの根幹を支える要素なのでしょうか。
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はい、シニアのウェルビーイングを支える大きな外的要因に家族関係があります。しかしながら、高齢化、少子化が進み、家族の規模はどんどん小さくなっています。2020年の国勢調査によると、1世帯当たりの人員は2.21人。1985年の3.14人、05年の2.55人に比べると、世帯規模は小さくなっていますが、そうした状況の中でも、子どもや孫との関係はシニアのウェルビーイングに影響を与えています。
同居・非同居に関わりなく、子どもや孫の人数はシニアの主観的幸福度に相関しています。子どもの人数が多くなるほど、主観的幸福度は上昇します。子どもが1人もいない人の幸福度が6.97と最も低いのに対し、子どもの人数が増えるにつれて幸福度は上がり、子どもが3人いると7.58と最も高くなります。孫も同様に、人数が多いほど幸福度が上がる傾向がみられました。
一方で、子どもや孫の人数だけではなく、「コミュニケーションの頻度」によっても違いが生じています。「最近どのくらいの頻度で会話をしたり、連絡をとったりしているか」と聞いてみると、「ほぼ毎日」「週に3~4回」「週に1~2回」と高い頻度のシニア層は幸福度が7.5以上。一方で「ほとんど機会がない」シニアは5.90と極端に低くなりました。
(出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のウェルビーイング(3)」
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子どもや孫がいるにも関わらず、「(会話や連絡について)ほとんど機会がない」と回答した人は、子どもや孫がいない人よりも幸福度の数値が低下します。子どもや孫がいたとしても、連絡を取らず、疎遠になって孤立したり、孤独を感じたりすると、かえって幸福度を下げる要因になってしまうのです。家族と定期的にコンタクトを取り、結びつきを維持していくことが、シニアのウェルビーイングを高めることにつながっています。
ウェルビーイングを形成する「幸せの4つの因子」
- シニア世代のウェルビーイングを高めるには何を心掛ければよいのでしょうか。
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日本のウェルビーイング研究の第一人者である、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授によると、ウェルビーイングには4つの指標があると分析されています。「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」という「幸せの4つの因子」です。
(出所)NRI社会情報システムSIRNIORSコラム「シニア世代のウェルビーイング(5)」
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「やってみよう」は自己実現と成長の因子、「ありがとう」はつながりと感謝の因子、「なんとかなる」は前向きと楽観の因子、「ありのままに」は独立と自分らしさの因子です。
年齢とともに、幸せの4つの因子がどのように変化するか見ていくと、シニア世代の4つの因子の中で最も数値が高いのは「ありがとう」因子です。「やってみよう」因子と、「ありのまま」因子は年齢とともに低下し、「なんとかなる」因子はわずかながら上昇します。
「ありがとう」因子が高いのはシニア世代だけの特徴ではなく、日本人全体の特徴だといわれています。つながりと感謝の気持ちを持つことが、幸福な心の状態へと導くということでしょう。
最初に触れた幸福度を0から10の11段階で測定する方法が「結果」として現れた幸福度であるのに対し、「幸せの4つの因子」による測定方法は幸せの構造から分析したものです。この2つの方法は相関し、4つの因子による数値が高ければ、主観的幸福度も上がります。つまり、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」という4つの因子が表す心の状態を意識して生活することが、幸福度をあげることにつながるのではないでしょうか。
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(注)図表はいずれも2022年8月、シルニアス(SIRNIORS)モニターを利用し全国の60代から80代の男女、1005人を対象に郵送調査を行い、主観的幸福度や生活満足度を分析
(注)図中の「N」は回答者の実数
- 野村総合研究所 社会システムコンサルティング部 シニアチーフコンサルタント
小松隆(こまつたかし) - 1989年野村総合研究所入社、2018年より5年間NRI社会情報システムの代表取締役社長をつとめたのち現職。シニア世代の社会参画×地方創生×デジタル活用の事業領域を中心に調査研究や新規事業支援を行う。ウェルビーイング、デジタルデバイド、介護予防など、超高齢社会における多様な社会課題分野においてソーシャルイノベーションの創出を目指している。論文寄稿や登壇多数。