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2018.05.28 NEW 境界線の越えかた

「バンダイ愛」を貫いて37年。デジタルマーケター・大田原智康の執念と仕事哲学

「バンダイ愛」を貫いて37年。デジタルマーケター・大田原智康の執念と仕事哲学のイメージ

大人になってからも、傍らにはいつもヒーローがいた――。新卒時、戦隊ヒーローへの熱い思いを胸にバンダイを受験するも不合格。それから8年間、さまざまな経験と知識を積み、執念で「夢」を叶えると、わずか5年でバンダイの主要サイトの責任者となった大田原智康。その仕事への情熱と仕事観に迫る。

あるインタビュー記事で拝見したのですが、3歳にしてすでにバンダイに入ることを決意されていたとか。

まわりからは「嘘だろ」と言われるんですが、本当なんです(笑)。親が『太陽戦隊サンバルカン』の再放送を見せてくれて、それにハマってしまって。
以来、戦隊をはじめとする特撮作品を毎週見て、誕生日やクリスマスには必ずバンダイのおもちゃを買ってもらっていました。成人してもずっと、スーパー戦隊や仮面ライダー、ウルトラマンやガンダムのアニメを見て、バンダイの製品を買っていましたね。

子どもの頃に憧れていたヒーローというと?

『科学戦隊ダイナマン』は、子どもながらに感動しましたね。強かったし、爆発シーンもたくさんあるし、ロボもかっこよかった。小学生の頃はトレンディ感のある『鳥人戦隊ジェットマン』が好きでしたね。大人になってからはストーリー性の高い『仮面ライダー555(ファイズ)』ですね。

それだけの思い入れがあれば、「バンダイで働きたい」と思うのも当然です。

新卒採用の就職活動において第一志望でした。というより、バンダイしか受けなかったです。とんでもないですよね。就職活動をしていた時は、意味もなく浅草の本社前に立ってみたり、近くの喫茶店でコーヒーを飲んだりして、入社後の自分を妄想していました。でも、最終面接で落ちたんです。

ショックが大きかったのでは?

最終面接後、「これは受かっただろう」と思って、浅草寺で喜々としておまんじゅうを食べて帰ったのに…。ショックすぎて記憶があいまいなのですが、「入りたい」という気持ちが先行しすぎて、「入ってから何を実現したいか」というところまで深掘りできていなかったのかもしれません。その点はあとで反省しました。

結果的には、ほかの会社に就職することになった?

いつかバンダイに入ることを胸に秘めて、パソコンメーカーに就職しました。もともとパソコンが好きでしたし、バンダイがダメだったらインターネットやパソコンに関わる会社に行こうと思っていたんです。

バンダイ入社という目標を見据えながら、パソコンメーカーを選んだ。その理由は何だったのでしょう?
大田原智康さんのイメージ

当時はまだテレビCMや雑誌が主な広告手段で、今では当たり前のリスティング広告やコンテンツ連動型の広告が広まり出した頃でした。でも私が就職した会社は、当時からウェブマーケティングをバリバリやって、ネットで安価なパソコンをたくさん売って、すごく成長していたんです。

僕自身も今後、ウェブマーケティングが全盛になる時代が絶対にくると思っていましたし、バンダイは新しいものが好きな会社だから、5年後、10年後に絶対ウェブ領域に進出してくるだろうと予測して、そのときに役立てる人間になろうと考えました。

そこではどのような業務に当たられていたのですか?

8年間在籍しましたが、ずっとウェブマーケティングに従事していました。誰にも負けない実績を出すためにがむしゃらに働いていましたよ。机の上には、常にプラモデルやフィギュア、ガシャポンなどバンダイ製品が置いてありましたけど(笑)。
今いる場所で輝けなかったらバンダイでも輝けるわけがないと思っていたので、とにかく実績を出して、会社に貢献することにフォーカスして働いていました。当時の上長に叩き込まれたマインドや、同僚と苦労した経験は、私のサラリーマン生活の礎になっています。当時一緒に働いていたメンバーには本当に感謝してもしきれません。

そこからバンダイに転職するまでの経緯をお聞かせください。

限定商品をネット販売する「プレミアムバンダイ」というサイトがスタートしたのを知って、「ぜひ携わりたい!」と思い、転職サイトに登録して、サイト経由で応募しました。

採用試験での手ごたえはいかがでしたか?

新卒採用のときと同様、「これは受かっただろう」と思いました(笑)。とはいえ、その時は学生時代と比べものにならないほど必死だったので、2か月くらいかけてプレミアムバンダイの分厚い提案書を作って、面接の最後に渡しました。会社のことを知らない若造が作った提案書なんて捨てられるかもしれないと思いましたが、後悔はしたくなかったんです。エージェントにも、「面接で伝えきれなかったことがあるので、機会があればもう一度お話したいと伝えてほしい」とお願いしました。

結果は合格。入社後に携わった業務について教えてください。

2011年からネット戦略室にて、ECサイト『プレミアムバンダイ』のCRM(顧客の属性や行動履歴に基づいたダイレクトマーケティング)のプロジェクトリーダーを任されました。
CRMといっても、大変幅広いので、新サービス開発、商品開発、アプリ開発、システム開発、メールマーケティング、レコメンドエンジン開発など、さまざまな分野の業務を行いました。
CRMプロジェクトは事業部長まで巻き込んでの大型プロジェクトだったのですが、幹部メンバーの直下で常に仕事ができることに大変な刺激を受けました。ネット戦略室の皆様とは今でも交流が続いており、私のバンダイ生活の基礎を作ってくれた、かけがえのないメンバーだと思っています。

それから3年後の2014年には、子どもの頃からの夢だったボーイズトイ事業部(現・ボーイズ事業部)に異動し、WEBユニットの責任者を務めております。大きく分けて、プレミアムバンダイの売上拡大、WEBプロモーション強化、日亜WEBプロモーション強化という3つのミッションに取り組んでいます。
当時の事業部長の「改革してくれ」という言葉に刺激されて、「まずはWEB限定品の売上を10倍にしてやろう」と思い、まずはチームごとにばらばらだった売り上げ管理のフォーマットを統一することからスタート。問題点を1つずつ潰していきました。

改革を進めていく中で、特に大変だったのはどのような点ですか?

おもちゃ屋などの実店舗で販売する商品の方がメインの事業部なので、WEB限定品のメリットがわかっていても、どうしてもリソース的に後回しになってしまうことが大変でしたね。その中でも、購買者データを分析したり、メンバーの負荷になっていることをシステム化したり、筋肉質な体制作りをしていくことで、2・3年かけてメリットが浸透してきました。

好きな会社であっても、仕事である以上、苦しさはつきまとう。どのようなやり方で理解を得ていったのでしょう?
大田原智康さんのイメージ

コミュニケーションをとることですね。僕は、ただ会話するだけでなく、相手が自分の言葉を聞いて、行動してくれて、はじめてコミュニケーションが成立すると考えているので、とにかくそれを実践しました。
たとえば…。企画開発の担当者たちに、いきなり全体指標のデータを見せてもなかなか動きにくいじゃないですか。だから、「皆さんの目標値を達成するためにはこういう商品があると良いのではないでしょうか」という感じで、相手が動きやすい土壌を作った上で、売り上げの説明をするように心掛けた。

そういうことを担当者の1人ひとりに向けて行ったおかげで、みんなが話に乗ってくれるようになりました。成果を出すには、僕一人では何もできませんからね。僕の話を聞いてくれるボーイズ事業部のメンバーには本当に感謝です。ビジネスを成功させるには、周りを巻き込んで、プロジェクトメンバーで同じ方向を向いて進んでいかないといけません。

関係するメンバー全員が力を合わせたことによって、僕が担当になった頃と比べると、現在のプレミアムバンダイの売り上げは6~7倍くらいになっています。時間がかかっても諦めなくてよかった。苦しさを乗り越えることを選択してよかったと思います。

そうした経験をもとに、チームに伝えていることはありますか?

ボーイズ事業部をはじめ、バンダイナムコグループの皆様は凄い人ばかりなので、むしろ教わる事の方が日々多いのですが、自分から伝えていることとすると、常々、自己投資が大切だと伝えています。めまぐるしいスピードで変わっていくこれからの社会で求められるのは、過去の延長線上にあるものではないと思うんです。

特に30代前後の働き盛りのビジネスパーソンには、未来を見据えた“深いものの見方”が必要になる。そのためには質の高いインプットと、それを自分なりに解釈して答えを導き出す力が不可欠。僕も毎月10冊以上本を読み、セミナーや交流会に積極的に参加することで、自己投資をしています。
ちなみに僕は趣味が77個あるんですが、その一つは会社四季報を定期購読して読むことです。定期的に色んな会社の情報を追うことで、世の中のビッグチェンジに気づけるんです。おすすめですよ(笑)。

「タダ・ネイティブ」という言葉があるように、近年は子どもを取り巻く環境や気質が10年前、20年前とは大きく異なっている印象があります。玩具の製作・販売を通して、子どもたちの変化を感じることはありますか?

すごく感じます。まず、情報のとり方が違いますよね。昔は家族みんなでテレビの前で同じ番組を見ていたのに、現在はインターネットの動画サイトが情報取得の第一手段になっている。ただ、デジタルにシフトしている現在をピンチでなくチャンスととらえているので、デジタルマーケティングの経験はこれからも活かせると思っています。
「世の中は常に変化するもの」というマインドを持ち続けていれば、時代や媒体がどうなっても対応できると思うんです。動画サイトだって、いずれは古くなるでしょうし、拡張現実のグラスをかけて子どもたちがヒーローになりきる時代もくるでしょう。そういう時代になったときに何ができるか、何をしなければいけないかについて常に思いを巡らせることが大事なんです。
そして、最も大事なことは、リアルであれ、デジタルであれ、向き合うべきは「お客様」です。お客様一人一人をしっかりと向き合い、お客様が求めるサービス、商品を提供し、いかにファンになっていただくのかということが大事なのではないでしょうか。

最後に、ご自身の今後の野望を教えてください。

変化が激しい未来で、バンダイを唯一無二の会社にすることです。AIだったり、ロボットだったり、自動運転だったり、ARやVRだったり、ブロックチェーンだったり…。テクノロジーの発展が我々の生活を絶対変えますよね。そういう変化についていけるように、しっかりと未来を予測して、自分が学んだ知識や経験を会社に還元して、お客様の期待に応えていきたい。そういう意味でも、質の高いインプットは大切だと思います。

そして、何をするにしても、皆にとって必要不可欠な存在になりたいです。その為には、どんなことにも自分から手を差し伸べて「大田原がいると助かるね」といわれる存在になりたい。お客様の幸せ、部下・同僚・上長の幸せ、お取引先様の幸せ、家族の幸せ、それらすべてが自分の幸せにつながる、と思って仕事に取り組んでいます。それが叶うような場つくりを、今後もしていきたいと思っています。

大田原 智康(おおたはら ともやす)
株式会社バンダイ ボーイズ事業部 MDチーム アシスタントマネージャー
1980年生まれ。上智大学理工学部機械工学科卒業。2011年にバンダイに入社。日本能率協会主催「日本のサラリーマン100選」に選出。3歳と1歳の男児の父。おもちゃ屋に行くたびにバンダイ製品を買い与え、長男は3歳にしてウルトラマンと怪獣の名前をほとんど暗唱できるそう。家族と過ごす時間が、何よりの癒しになっている。

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