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2019.08.08 NEW

シリコンバレーで感じた「UI/UX」の可能性―グッドパッチCEO土屋尚史

シリコンバレーで感じた「UI/UX」の可能性―グッドパッチCEO土屋尚史のイメージ

ユーザー目線に立ったデザイン設計で、注目を浴びる株式会社グッドパッチCEOの土屋尚史(つちや なおふみ)。ニュースアプリ「グノシー」の大ヒットに一役買い、モバイルサイトやアプリを開発するプロトタイピングツール「Prott」を提供するなど、スマホの普及とともに重要視されてきた「UI/UX※」という概念を広めた彼が目指すビジョンとは?

※ UI:ユーザーインターフェース(User Interface)。ユーザーとデバイスをつなぐ窓口。
※ UX:ユーザーエクスペリエンス(User Experience)。ユーザーがモノやサービスから得られる経験。

まずは、グッドパッチを立ち上げた経緯から教えていただけますか?
28歳でアメリカのシリコンバレーに渡って、エクスペリエンスデザイン会社に勤務したことがきっかけでした。学生時代からIT分野で起業したいという目標は持ってはいたものの、事業の具体的なアイデアは特になく、「シリコンバレーで一番衝撃を受けたことを事業にしよう」と思っていたんです。
シリコンバレーで出会い、衝撃を受けたのがUIでありUXだったわけですね。どのような点に衝撃を受けたのでしょう?
土屋 尚史のイメージ

実は僕、ほぼ英語がしゃべれない状態で渡米しているんですが、面接を受けた会社の社長が日米のハーフだったので、日本語で面接が進み、何とか採用になったんです。あとで聞いたら、「アメリカの会社に、英語をしゃべれないやつがくるわけがない」と思っていたらしく、英語を話せないと知られると、ものすごく怒られました。採用されてからも大変でした(笑)。

でも、英語がわからなかったからこそ、UI/UXに優れたアプリがとても印象に残ったんです。“言語”ではなく“感覚”で使いこなせるじゃないですか。当時のシリコンバレーは、Uberが出てまだ1年弱、Instagramが出てきて半年、Airbnbがまだ30人規模と、後に世界的に認知されることになるスタートアップ企業が数多く立ち上がったころでした。そうした企業のアプリは、ベータ版でもUIがめちゃくちゃきれいで使いやすかったんですよね。一方で、日本のアプリは、機能を詰め込むばかりでデザインや使いやすさを考えたものは少なかった。そうした経験から「日本でもUI/UXはすごく重要になるはず」と考えて、帰国後にグッドパッチを立ち上げました。

UI/UXデザインの会社といっても、当時の日本には指針がなかった。どうやって、感覚やスキルを磨いていったのでしょう?
「これはイケてる」と思ったアプリを片っ端からダウンロードして、使いまくって、どんなデザインのものが使いやすいのかを自分の頭に蓄積することからはじめました。今はずいぶん減りましたけれど、それでも僕のスマホには1,000個以上のアプリが入っています。UI/UXデザインに限った話ではありませんが、世の中で結果を出しているサービスを分解したり、世界的なトレンドを追い続けたりすることはとても大事なことだと思います。
会社を立ち上げた当初は、経営面でもご苦労があったのでは?
立ち上げから間もないタイミングで共同創業者が去って1人になり、運転資金が向こう3カ月で底をつきそうになり……。という状態でした。でも、「あと1カ月でつぶれるかも」というタイミングで、デザインのリニューアルを手掛けたグノシーがヒットし、そこから仕事が増えていきました。
どのような経緯でニュースアプリのデザインを手掛けることになったのですか?
グノシーの創業メンバーとは、起業前にシリコンバレーでたまたま出会って、一緒にGoogleやAppleなどのオフィスを見て回った仲なんです。グッドパッチを立ち上げたものの仕事がなかったときに、「こういうサービスを作りました」と連絡をもらって、すぐにサービスの面白さに気づきました。しかし、当時グノシーを開発していたメンバーの中に、UIデザインに精通しているメンバーがいなかったんです。彼らは当時、東京大学の大学院生だったので、グッドパッチが無償でデザインのリニューアルを担当することになりました。もともと魅力的なサービスだったこともあり、リニューアル後のグノシーは多くのメディアに取り上げられました。そして、アプリのフッターに当時記載されていた「Designed by Goodpatch」を見たアーリーアダプターから、仕事の依頼がくるようになりました。
偶然、そして無償で手掛けたデザインが、起死回生の満塁ホームランになったわけですね。
本当にそうです。反響がすごかったですから。いまだに、「あのときグノシーが当たらなかったら、どうなっていたんだろう」と思います。
組織を強くするために、会社のトップとしてどのようなことを心掛けていましたか?
土屋 尚史のイメージ

僕は自分を「社長」ではなく「ファウンダー(創業者)」だと考えているんです。この会社を作った人間であり、会社の魂のような存在だと。経営者としての経験が不足しているせいで社員にはいろいろ心配をかけましたけど、とにかく自分自身が折れずに、常に前に進み続けようということだけは決めていましたね。

心が折れそうになることがあっても、「もうやめよう」という考えはなかった。
「デザインの力を証明する」をミッションとして掲げて事業を展開している会社って、グローバルで見ても珍しいですよね。だから、僕が諦めたら「デザインの力を証明する」ことはできないかもしれないと思って、やり続けてきました。
「体当たり」のような感じでシリコンバレーに渡って、半年後には日本で起業。そこから強い信念を持って組織を育ててこられたわけですが、土屋さんを突き動かしてきた原動力は何ですか?

大学3年生のときに体験した、生死に関わる病気の影響が大きいと思います。何の目的もなく大学に入学したのですが、結局は通う意味が見いだせなくなって休学。そのころは、バイトをしていたカラオケ屋で社員になろうと思って生きていました。でも、その後病気にかかり、自分があと何年生きられるかわからない身になったことで、人生を一から考え直さなければならなくなった。それで、夜遅くまで働くカラオケ屋の社員はあきらめて復学したんです。そこで、たまたま受けた起業家のケーススタディを学ぶ講義で考え方が変わったんです。

その講義で知ったのは、三木谷浩史さんは阪神・淡路大震災で被災し、親戚を亡くしたことをきっかけに「明日死んだとしても後悔しない人生を送りたい」という思いで楽天を立ち上げたこと。孫正義さんも26歳のときに当時不治の病とされていた病気にかかり、入退院を繰り返しながら社業にあたっていた時期があったこと。そうした生き方に共感して、「自分も長く生きられるかわからない身。だからこそ社会に生きた爪痕を残したい」と考えるようになりました。単なるエゴなんですが、そんな強いエゴを出発点に、「30歳までに起業しよう」と決意し、今に至ります。

グッドパッチは創業9年目。節目となる10年が見えてきました。今後の展開をどのように描いていますか?
土屋 尚史のイメージ

まずは、UI/UXのデザイン会社として、より大きな社会的インパクトを与えられるようになりたいですね。グッドパッチは一般的にそれほど知られている存在ではないので、もっとビジネス的な価値と結果を出して、「デザインって大切なんだ」という考え方を世の中に広めたい。そして、「デザイナーが上流からしっかり関わって、ユーザー視点を持ってプロダクトを作る」という流れを多くの企業にインストールしていきたいです。

デザインという言葉を聞いて、「装飾的なもの」というイメージを抱く人は、まだまだ多いと思いますが、決してそうではない?
「デザイナー=絵が描ける人」という価値観が、日本では比較的多いように思います。でもデザインとは、相手を思いやって、ちょっとした工夫を加えていこうという考え方のこと。そんな考え方が浸透していくだけで、もっと生きやすく、幸福度の高い世の中になるはずです。少なくとも、僕たちはそう信じてUI/UXの向上やデジタライズのお手伝いをし、顧客やユーザー、そして世界を幸せにしていきたいです。
最後に、「EL BORDE(エル・ボルデ)」読者が、市場価値を上げていくために一歩踏み出すきっかけになるようなメッセージをお願いいたします。

自分でやりたいこと、証明したいことがあればすぐ起業した方がいい。反対に、やりたいことが決まっていない人は、夢を持った人のサポートをできるように自分のスキルを積んだ方がいい。

日本はいま、お金が集まりやすく起業しやすい“夢とお金両方取れる時代”です。スタートアップに入るなら、年収を落とさないといけない、不安定だ、と考える人もいますけどそんなことないですからね。スタートアップにいっても給料が高いですし、大企業も不安定な時代ですから。自分がやりたいことをやるんだったら、大きいとか小さいとか障壁は考えない方がいいと思いますね。

土屋 尚史(つちや なおふみ)
株式会社グッドパッチ 代表取締役社長/CEO
btrax, Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。自社で開発しているプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。2017年には経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務める。2018年にデザイナーのキャリア支援サービス「ReDesigner」を発表。ピクサーの作品をこよなく愛している。

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