2020.08.27 NEW
『科学的な適職』著者が語る「正解に最も近い答え」を出す方法
新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちは想像もし得なかった新しい時代を迎えようとしている。そんななか、今後の生き方、働き方に悩み、キャリアついて考える人も多いだろう。
そこで、1日限定のビジネスサバイバル講座「100年時代に後悔しない、科学が導き出す『自分の適職』」をEL BORDEとNewsPicksが共同開催。講師には、『科学的な適職』などのベストセラーを持つ、サイエンスライターの鈴木祐氏をお招きした。キャリア選択において、バイアス=人間がいかに間違いやすいか、いかに運の力が強いかを学び、「できるだけ正解に近い答えを出す」意思決定の技術を身につけよう。
【法則1】辛い仕事を我慢して続けても幸せにはなれない
2005年に故スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチは非常に有名です。そのなかで彼は「偉大な仕事をする唯一の方法は、自分の仕事を愛することです。もし好きなことがないなら、探し続けてください」と述べました。
しかし現実には、「好きなことが見つからない」という人が大勢います。そういう人は自分の仕事を愛せず、偉大な仕事もできないまま一生を終えるのでしょうか。
そんなことはありません。むしろ、科学的な研究では「好きを仕事にしてはいけない」ということがわかっています。
では、どんな仕事がいいのか。僕が考える自分に合った仕事=「適職」とは、幸福を最大化してくれる仕事のこと。日々の仕事を通して喜びを感じ、満足感を得られて、逆にネガティブな感情を減らしてくれるような仕事です。
業務内容が好き、給料がいい、生産性高く働けるなど、その仕事に向いているかどうかの評価軸はさまざまですが、それらを突き詰めると「自分の幸福につながるか」ということになります。
実は最近の研究で、幸福度の高い人ほど生産性が高く、お金も稼ぐ傾向にあることがわかっています。つまり、「儲かるから幸せ」ではなく、「幸福だからこそ儲かるし、生産性も高まる」のです。
では、天職に就いた人は、どうやって天職を見つけ出したのか。ロンドン大学の研究では、多くの人が天職までに紆余曲折を経ていることがわかっています。
医学の勉強をしていたけど、IT企業に入った。友人に誘われて転職した。副業を本業にした、など。そこに至る道はさまざまですが、キャリアを重ねた結果、天職にめぐりあう確率が上がるようです。
そうした人に共通するのは、経験を積んでいる、ということ。経験を積めば、思考の幅が広がります。あらゆる問題が複雑化している現代では、思考の幅が広い人ほど問題を突破できる可能性が高まる。他の人が悩んでいるなかで突破口を見つけられれば、モチベーションが上がる。結果、自分の仕事が好きになる。
それと真逆なのが、思考の枠組みが狭まって、ほかの可能性を考えられなくなる「視野狭窄(しやきょうさく)」の状態です。ハーバードビジネススクールが行った調査では、就職・転職で失敗したと感じる人のうち7割が、下調べをきちんとしなかったり、待遇に釣られてしまったり、選択時に「視野狭窄」に陥っていたことがわかっています。
恐ろしいのは、どんな優秀な人でも「視野狭窄」になるということ。新型コロナウイルス感染症により、社会全体が不安な状況ですが、不安や怒り、悲しみなど、ネガティブな感情に捕らわれているとなおさら「視野狭窄」が起こります。
「視野狭窄」に陥らず、自分の「適職」を見つけ出すために、まずは多くの人が陥りがちな落とし穴や思い込みを知っておきましょう。
【法則2】「好き」を仕事にしてはいけない
冒頭でお話しした「好きを仕事にする」をはじめ、職業選択にありがちなミスを僕は「7つの大罪(下図)」と呼んでいます。
どれもこれも、一般的には仕事選びの指標とされているもので、納得できない人は多いでしょう。
では、ひとつ質問です。
僕の場合は、好きを仕事にしようと思ったことはまったくなくて、極端な話、人から言われることをやってきただけです(笑)。でも、誰かの期待にこたえると道が拓けるケースもあるし、結局、運もあってユニークなキャリアを歩むことができています。
さて、先ほどの質問ですが、「好きなことを仕事にする人は本当に幸せか」というテーマでミシガン大学が2015年に行った大規模な調査から引用しています。それによれば、「適合派」の幸福度が高いのは最初だけ。1~5年のスパンで見た場合、幸福度・年収・スキルなどのレベルは「成長派」のほうが高いという結果が出ました。
社会人であれば誰もが知るところですが、実際の仕事は地味なことの積み重ねです。つまらない会議もあれば、経費精算もしなくてはいけないし、思わぬトラブルに巻き込まれることもある。
すると、適合派の場合、仕事に対する理想が高いために心が折れてしまう。モチベーションが下がれば、スキルも伸びません。対して、成長派は思い入れがないからこそ「仕事とはこういうものだ」と割り切って乗り切れる。
結果、離職率が低く、コツコツ仕事をこなせて、スキルが伸びる。人間はスキルが伸びると楽しくなってくるものなので、モチベーションが上がり、最終的には仕事が好きになります。
つまり、データは「好きだから仕事にする」よりも、「やっているうちに好きになる」ほうが、幸福度が高くなることを示しているのです。
スティーブ・ジョブズだって、本当に好きだったのはスピリチュアル。テクノロジーの世界に入ったのはたまたまであり、仕事に打ち込むうちに自分の仕事を好きになっていった過程があるはずです。その過程をすっ飛ばして、「ジョブズが言っているから」と、好きを仕事にしてはいけません。
【法則3】性格診断テスト、適性テストを信じてはいけない
「好きを仕事にしろ」だけでなく、「熱狂できることを見つけろ」「人生でやりたいことを見つけろ」というのもよく言われることです。ですが、僕に言わせれば「やりたいこと」も見つからないのが普通です。
原始時代を想像してください。子どもを作り、育て、死ぬ。その間はひたすら食べ物を探す。余暇はなく、コミュニティから出ていく選択肢もない。そこには「やりたいこと」ではなく、子孫を残すという「やるべきこと」があるだけでした。
人類の直接の祖先とされる猿人が出現した600万年前から、僕たちはずっとそのサイクルを繰り返してきたのに、急に「内なるやりたいことは何だ?」と言われても困ります。そもそも、そんなシステムは内蔵されていないんです。
一方で、原始的な欲求はいまだに僕たちを支配しています。たとえば「世の中のためになることがしたい=コミュニティのために尽くしたい」という欲求は、はるか昔から人類に備わっていることがわかっています。しかも前向きな欲求で持続しやすい。
ですから、「強みや適正を仕事に生かす」のは「好きを仕事に」よりはマシでしょう。ただし、自分が「これが得意だ」と感じるかどうかは、環境に依存しています。自分が得意だと思って飛び込んだ世界が、もっと得意な人たちであふれていれば活躍することができません。
同じように、本当は環境に依存しているのに仕事選びの指標とされているのが「性格」。
就職・転職サイトでは、「自分の性格を知って、強みと弱みを把握しよう」と、たくさんの性格診断テストが掲載されています。では、それらは適職選びに役立つか。答えはノーです。
神秘思想家に発明されたタロット占い同様のものもあれば、5週間後には半数が違うタイプに診断されるもの、「なんとなく性格と職業に関連性がある気がする」という思いつきから生まれ、すでに効果がないと調査結果が出たものまで。それらのほとんどは精度が悪く、実用に耐えません。
科学的に最も信憑性が高いとされる性格分析に「Big Five」というものがありますが、そこで「外向性が高い」「誠実性が高い」とされる人は、どんな仕事でも成功する傾向にあります。それでは、やはり適職探しには使えません。
そもそも当たらないか、当たったところで職業選択には役に立たない性格テスト。なぜいまだに使われ続けているのか、僕には理解不能です。
【法則4】自分は「攻撃型」か「防御型」を把握して事に当たるべし
次に、具体的に仕事の幸福度を決めるものを見ていきましょう。
心理学の文献を調べた結果、仕事の幸福度に関連する要素は老若男女、文化圏を越えて共通しています。僕はこれを「7つの徳目」としてまとめました。
このなかで特に重要なのは、「自由(自分の労働をコントロールできている実感)」「達成(自分のスキルが向上している実感)」「仲間(組織内に助けてくれる人がいるか)」です。研究によって、この3要素が最も人間のモチベーションを駆動させることがわかっています。
しかし、これらは入社前に確認しにくいケースも多いので、今回は「仕事が自分のモチベーションタイプに合っているか」という徳目3「焦点」について、詳しく説明します。
「モチベーションタイプ」には「攻撃型」と「防御型」があり、多くの人はどちらかの焦点をより強く持ちます。実は、さっき役に立たないと言ったばかりの性格テストの一種なのですが、これについては適職との相関が出ているので安心してください(笑)。
僕自身はバリバリの防御型ですが、どちらが優秀ということはありません。自分がどちらのタイプかを知ることは、得意と苦手の把握につながります。
たとえば、攻撃型はリスクを恐れない傾向があります。それだけ聞けば交渉に強そうですが、分析が雑なことがあり、トラブルを起こしやすい傾向がある。防御型は細かいところまで気を配る傾向があるので、信頼感があるし、仕事が正確。しかし、変化を好まないので、チャンスを逃しやすい。
すると、防御型の人が交渉に臨むときは「交渉に失敗したら何を失うか」をリストアップして、「攻めなければ防衛ラインを守りきれないな」とスイッチを入れられるかもしれない。あるいは防衛ラインを考えるのではなく、「この交渉から何を得ればいいのか」に意識を向ける。
あくまで一時的ですが、本来のモチベーションタイプを切り替えて事に当たることができるのです。1~2分考えるだけでも、案外、効き目があるものです。
ただし、タイプによって得意・不得意があるのは明白なので、避けられるものなら避けるべきです。不得意なことをすると、幸福度が下がってしまいます。
【法則5】嫌いなこと、苦手なことを排除せよ
7つの徳目は自分が「視野狭窄」に陥っていないかのチェックにも使えます。というのも、「自分はこれで幸せになれるはず」という思い込みから誤った判断を下し、不幸になるケースが非常に多いからです。
具体的には、以下の3つの作業をやってみてください。
これらの作業を通じて、凝り固まった考えをほぐすことで、見えていなかった自分の可能性に気づくことができます。あるいは「意外と今の会社も悪くないな」と転職を踏みとどまることもあるでしょう。
先ほど、「不得意なことは幸福度を下げる」と言いましたが、人間はポジティブなことよりネガティブなことからより強いインパクトを受け、その強さは2倍とも10倍とも言われます。つまり、「嫌い」や「苦手」が幸福に与えるダメージは大きい。
ということは、身の回りからネガティブな要素を排除して、「特に好きじゃないけど、残ったもの」を選ぶ戦略も十分アリということです。
「最悪の職場に共通する8つの悪」は、データを分析した結果、あらゆる仕事に当てはまるネガティブな要素を、悪影響が大きい順に並べたものです。
今は会社の口コミサイトでも情報収集ができますし、現職の人に話を聞いておけばなお安心です。特に、その組織のリーダーがどのような人物かはチェックすべきです。というのも、「職場の8大悪」が猛威をふるうかは、多くの場合リーダー次第だからです。
好きな仕事に就いても、上司が悪かったら一発で終わり。上司とは、仕事だけでなく人生の幸福度まで左右する恐ろしい存在なのです。
ここまで説明したように、仕事(職業選択)には3つの重要な物差しがあります。
この物差しで測ったときにバランスが取れているのが、自分にとって幸福度が高い仕事になります。注意すべきは、「職場の8大悪」は比重が大きいということです。ネガティブを軽視してはいけません。
【法則6】自分を客観視してバイアスを取り除け
最近、「○○バイアス」という言葉が知られてきましたが、バイアスを一言で言うと「人間の脳のクセ」。
たとえば、「隣の芝生は青い」もバイアスを言い表したものですし、ルックスがいい人ほど性格がよく見え、知性も高いと思われ、仕事もできるとみなされる「ハロー効果」というものもあります。
なぜ、そんなことが起こるのか。これも原始時代からの名残りです。かつてはイケメンや美女が生殖に有利で、彼らについていけばそれだけでよかった時代があった。もちろん、現代ではそうはいきません。
つまり、バイアスは人類が長い時間をかけて最適化してきたシステムでありながら、現代の環境には適応していないために、意思決定を誤らせたり、記憶を歪めたり、人間関係を乱したりと、バグのような挙動を起こすのです。もともと本能として備わっているものなので、そこから解放されるのは困難。
ただし、対処法がないわけではありません。バイアスは「一定のルールに従って間違えてしまう」ものなので、どんなバイアスがあり、どんな誤りを導くのかを知ることで、ある程度は回避できます。たとえば、経済学部で「サンクコスト」について学んだ学生は、サンクコストバイアスに陥りにくいことがわかっています。
とはいえ、わかっているだけで170種類以上のバイアスが存在し、一旦注意を払っても、2週間ほどでまたバイアスに引っかかるという研究結果もあります。常にあらゆるバイアスに注意を払うのではなく、就職や転職、あるいは結婚など、重大なライフイベントの際に、じっくりバイアスチェックをするといいでしょう。
では、バイアスを取り除くために、具体的にはどんなチェックをすればいいのか。キーワードは「客観視」です。
たとえば「10/10/10テスト」は「この選択をしたら、10分後、10ヶ月後、10年後にはどう感じるか」を自問自答するものです。
このテストが効果を発揮するのは、時間軸のバイアスが強力なためです。「1ヶ月後に1万5000円を渡すよ」と言われても、今、目の前にある1万円を取ってしまうのが人間です。目の前の選択は重要に思えて、未来の選択は大したことがないように思える。だから、時間軸を操作して、そのときどう感じるだろうかと想像してみる。
これは適職探しだけでなく、何にでも応用が可能です。
「10/10/10テスト」に限らず、バイアスを取り除く技法は、時間軸や視点を操作することで、自分を客観視することを助けてくれます。「友人に意見を聞く」のも手っ取り早い手段です。
【法則7】「良いキャリア」に偶然は欠かせない
最後に、運の話をします。「いきなりオカルトか」と警戒されるかもしれませんが、科学的な裏付けのある「運気の上げ方」があるのです。
たとえば、「仕事が終わったらすぐに家に帰ってずっとひとり。趣味もなく、休日も基本的に誰とも連絡を取らない」という生活では、新しい人やものに出会う機会はほとんどありません。
しかし、キャリア選択はたまたま引き受けた仕事や友人の紹介がきっかけになったりと「偶然」の連続です。もともと、スタンフォード大学が「キャリアの8割は偶然で決まる」という理論を90年代に出しています。実際、「キャリアデザイン」のとおりに生きられる人のほうが稀でしょう。
そこで「いい偶然に遭遇する確率を上げよう」という観点で、南山大学の先生たちがまとめたのが「偶然活用スキル」です。
診断して、自分がどのスキルが苦手か把握できたら、次は苦手を克服してください。
あまり高いハードルを設けるとめげてしまうし、人間が「苦手」に弱いのはすでに話したとおり。「ちょっと不快だけど、頑張ればできる」ラインが狙い目です。僕の場合、最も苦手なのが接合スキルなので、「毎日1人、知らない人に話しかけよう」くらいがいいですね。
日々、小さな負荷をかけ続けて幸運が舞い込む体質を作り、バイアスを取り除いて、客観的な判断を下せるようにする。まるで修行のようですが、それが「科学的な」適職の探し方なのです。
- 過去のNewsPicksアカデミア×EL BORDE「ビジネスサバイバル講座」の記事はこちら
- 鈴木 祐(すずき ゆう)
- サイエンスライター
1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。「科学的な適職」「ヤバい集中力」「最高の体調」などベストセラー多数。健康、心理、科学に関する最新の知見を紹介するブログ「パレオな男」は月間250万PV超。
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