2021.07.01 NEW
30秒で伝え、相手の心を掴む。シリコンバレー流「エレベーターピッチ」から学ぶ
初回のプレゼンや交渉時に、相手に伝えたいことを端的に話し、興味を引き付けることができなければ、それ以降の機会であなたの言葉に耳を傾けてもらうことは難しいだろう。
シリコンバレーが発祥と言われる「ピッチ」は、起業家が投資家に向けて行う、短い時間のプレゼンのこと。その中でも「エレベーターピッチ」は、さらに短い時間で、端的に伝え、一瞬で相手の心を掴むための、究極の提案メソッドだ。
スタートアップ支援を行うユニコーンファームのCEO・田所雅之(たどころ まさゆき)さんは、「エレベーターピッチは効果的なプレゼンの基本的な型であり、あらゆる交渉事やコミュニケーションでも有効」だと言う。エレベーターピッチのナレッジや、相手に物事をわかりやすく伝えるだけではない、その魅力や重要性を、田所さんに教えていただいた。
相手の興味・関心を引く「エレベーターピッチ」
数多くのベンチャーやスタートアップ企業が立ち上がるシリコンバレーで、ピッチイベントに数多く参加した経験を持つ田所さんは、数あるピッチの種類の中でも、特にエレベーターピッチは相手の興味・関心を引き付けることができるため、重要だと言う。
「エレベーターピッチの由来は、起業家が投資家と一緒にエレベーターに乗るわずか数十秒の間で、自分のビジネスアイデアを売り込むところからきています。ごく短時間で『もっと話を聞きたい』と思わせ、多忙な投資家たちから、30分~1時間の正式にプレゼンをする時間を取りに行く機会だと捉えられています」
話をした相手に「もっと話を聞きたい」と興味を持ってもらうエレベーターピッチのスキルを、田所さんは「決して、起業家など限られた人たちだけに求められる能力ではなく、自分の伝えたいことを簡潔に、的確に伝えられる能力にもつながる」と言う。
30秒で心を掴むために、伝えること・伝え方
エレベーターピッチの目安は、時間にして約30秒、文字にするとわずか250文字程度だ。この短い時間で「もっと話を聞きたい」と思わせるためには、どういった内容を、どう伝えれば良いのか。
「ピッチで伝える内容の基本になるのが、『AIDMAの法則』です。この法則は、マーケティングでは消費者の購買決定プロセスを説明するフレームワークですが、実はピッチやプレゼンを組み立てる上でも有効です。
次に話す機会を得ることが目標のエレベーターピッチの場合、まず相手の注意(Attention)を引き、興味・関心(Interest)を捉えることが重要です。それができた上で、相手のニーズに刺さる要素(Desire)も伝えることができれば完璧だと思います。そして、相手の記憶に残るキーワードを挿入する(Memory)。最終的なアクション(Action)としては、正式なミーティングを取り付ける・連絡先を聞く・名刺をもらう、などが考えられるでしょう」
伝え方のポイントは、結論から話すこと。これはさまざまなシーンで言われるテクニックだが、実は多くの日本人が苦手にするところで、思考の訓練が必要だと言う。
「まず先に結論を言い、その後で『なぜその結論に至ったのかの理由』や『その理由の説得性を増すための具体例』を伝えていくと、話がわかりやすく、伝わりやすいことを実感するでしょう。
英語の文法は、最初に結論を言って、その後にBecause(理由)が続く文章の組み立てが一般的です。一方で、日本語は根拠をずらずらと述べてから結論へと落とし込んでいくケースが多い。こうした文法的な構造の違いや、文化的な背景もあるのかもしれませんが、ぜひそこは場数を踏んで克服してほしいと思います」
伝える言葉の精度を、ぐんと高めるトレーニング方法
田所さんは、「ピッチには、それまで行なってきた思考の深さと広さが現れます。質を高めるためには、仮説構築し、実行を通じた仮説検証を繰り返すことが重要。日々の思考の訓練により、痒い所に手が届くような言語化ができるようになっていきます」と言う。ビギナーがピッチの質を高めるためのトレーニング方法を聞いた。
(1)3~5分のピッチを作り、それをベースに30秒ピッチを作る
「ピッチの時間は短ければ短いほど、精度が求められます。逆に、ピッチの時間は長ければ長いほど難易度が下がるため、最初は3~5分程度のピッチにチャレンジしてみてください。起業家や新規事業担当の方向けの3分ピッチフォーマットは著書の『起業の科学』『起業大全』で紹介しています。
自分たちの事業内容や課題、提供できるソリューション、マーケットの範囲などを、AIDMAの法則を意識しながら、3分~5分くらいでしっかり伝えられるようにしましょう」
※ 田所雅之さん著書より編集部作成
(2)ロジカルシンキング力を鍛える
3~5分のピッチを、30秒のエレベーターピッチの長さに削ぎ落とすためには、自分の考えを構造化・整理していく必要があり、「そのためには“ロジカルシンキング力”が重要だ」と田所さんは言う。
「日常生活でも、物事を論理的に考える訓練をするために私が意識しているのは、あらゆるものごとを一旦抽象化して考える癖をつけることです。一見すると複雑だと感じたものを因数分解し、できる限りスッキリするまで自分の中で落とし込むプロセスを習慣づけると、ロジカルシンキング力は強化されます」
(3)アウトプットを意識する
アウトプットは、インプットしたものを自分の中で論理化し、自分の言葉に変換するプロセスを経ないとできないため、自分の考えを言語化する訓練になる。
「私も色々な分野の本を読んだり、人と会ったりするなど、積極的にインプットを行っていますが、多くの人はインプットが最終地点になっているのではないかと思います。ですが、インプットは本来アウトプットの質を高めるためのものなので、私自身、アウトプットをすることもとても意識しています。
日常の中でできる手軽なトレーニングとしては、会議の議事録をロジックツリーにまとめてみるのもいいでしょう。またTwitterで注目されている投稿には、最大140文字という短い言葉の中に、人を惹きつける魅力のヒントがあります。こうしたものを参考にしながら、短い言葉で簡潔に伝える力を高めてください」
自分のWILLが明確になるまで言語化を
田所さんは、「エレベーターピッチのスキルを身につけることの魅力は、相手にものごとを短く、わかりやすく伝えられることだけではない」と説く。「誰のために、何を、なぜやるのか」が明確になることで、それが話す相手と論理的に議論できるスキルのベースになり、結果的に「本当に自分たちにWILL(意思)があるかどうか」という“軸”が洗練されていく。
特に、「誰のために」の部分が抜けがちになるので、プレゼンをして動かしたい相手(Actionしてほしい相手)をリアルなペルソナとして描写するのも有効だ、と言う。
「私は人生を振り返り、自分の感じる違和感や、おかしいと思うことを追求していくことで、自分なりの価値を出せる方向性が見出せるようになりました」と田所さんは語る。
自分の価値観を棚卸しした上で、「自分が誰に対して、どんな価値を提供することができるのか」を改めて言語化することは、今後のキャリアプランを練るためにも大切だ。また、いまの時代はあらゆるものがゼロコスト化していて、ネットやSNSを活用すれば情報発信も誰もが自由にでき、何もしないと自分の居場所はなくなってしまう。そんな社会で生き延びるためには、常に自身の市場価値を高めていくための情報発信も重要になってくる。エレベーターピッチのトレーニングを参考に、考えを端的に伝え、相手の関心を引き出す力を養っていきたい。
- 【お話をお伺いした方】
- 田所 雅之(たどころ まさゆき)
1978年生まれ。日本と米国シリコンバレーで合計5社を起業してきたシリアルアントレプレナー。シリコンバレーではベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。2017年にスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立。現在は国内外のスタートアップの戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、大企業の新規事業のコンサルティングも行う。スライド“Startup Science”は世界で累計5万シェアされた。著書には『起業の科学』(日経BP)『起業大全』(ダイヤモンド社)などがある。