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2020.11.26 NEW

【解説】世界から病気が消える日。製薬、先進医療の最先端

【解説】世界から病気が消える日。製薬、先進医療の最先端のイメージ

世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスのパンデミックを宣言して以降、その動向に視線が集まる先進医療業界。

なかでも製薬会社やバイオテック企業への注目度が高く、コロナウイルスのワクチンや治療薬の開発をめぐるニュースを見ない日はないと言っても過言ではない。

これを機に、さらなるイノベーションが期待される先進医療。その最前線はどうなっているのか。AIを用いてがんやリウマチに対する医薬品の分子設計サービスを提供するバイオベンチャー「株式会社MOLCURE(モルキュア)」代表取締役CEO小川隆(おがわ りゅう)さんに聞いた。

世界に遅れた日本のバイオ技術

そもそも世界全体での医薬品市場は、コロナウイルスの感染拡大以前から約1兆2000億ドルもの規模を誇る巨大マーケットだ。

特にその中でも伸びているのが、バイオ医薬品(遺伝子組み換え技術やバイオテクノロジーを用いて製造された医薬品)。

厚生労働省が公開している資料をみると、その変化は明らかだ(図1)。世界における医薬品ごとの売上高を見ると、2001年の売上上位10製品において、バイオ医薬品は1つしかランクインしていない。

一方で、2016年では8つのバイオ医薬品がランクインしており、バイオ医薬品の圧倒的な普及具合がみてとれる。

図1:製薬動向の変化(世界売上上位10品目の推移)
図1:製薬動向の変化(世界売上上位10品目の推移)

出典:厚生労働省提出資料
(https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/000567934.pdf)をもとに編集部作成

実際、目下コロナワクチンの開発で話題になっている企業にも、バイオベンチャーが少なくない。なかでも2020年3月に新型コロナで初となるワクチン臨床試験を開始したアメリカのバイオベンチャーは、第1相臨床試験の直後に株価が急騰。その後も臨床段階が進むにつれじりじり株価を上げ、バイオテック業界でもっとも人気の高い銘柄のひとつとして広く認識されるようになった。

このように世界中の企業がバイオテック技術に取り組み、いまも日々新しい技術や手法が生まれている。しかし日本企業に限っていえば、こうした世界的な流れから後れをとっているといわざるをえない。

2020年6月に統合イノベーション戦略推進会議が発表した「バイオ戦略 2020(基盤的施策)」には、日本がこの分野において世界から大きく後れをとっている事実が明確に記されている。

世界のバイオ産業における我が国の存在感の低さは認めざるを得ない状況。バイオベンチャー支援も行われてきたがリーマンショックもあり、多くのスタートアップが消滅。事業化において科学的・国際的視点が不足しており、事業化、スタートアップ・エコシステムが十分に機能していない

出典:統合イノベーション戦略推進会議決定「バイオ戦略 2020(基盤的施策)」(2020年6月26日)

こうした欧米企業が大半を占める製薬業界において、日本のバイオベンチャーとして奮闘し、創薬と検査薬のコロナ関連プロジェクトも手がけているMOLCUREを例に、最新の技術がどんなものなのか見てみよう。

創薬の常識を覆すバイオベンチャー「MOLCURE」の技術

世の中には、有効な治療薬のない疾患が3万以上あるといわれている。それだけ新しい医薬品の開発が期待されているわけだが、通常、1つの医薬品が市場に出るまでにかかる歳月は10年から18年、さらに200億円以上の開発費が必要になる。それにもかかわらず、新薬の開発成功率は約25,000分の1ともいわれ、ほとんどが開発途中で断念されているのが現状だ。

その高いハードルを打ち砕くべく開発されたのが、MOLCUREが提供するAI技術とバイオテクノロジーを組み合わせた次世代のペプチド・抗体医薬品分子設計技術「AI-driven molecule design」である。

バイオテクノロジー実験により分子を探索する進化分子工学、遺伝子情報を高速で解読する次世代シーケンサー(DNAの配列を解読する装置)、AIを駆使することで、従来のペプチド・抗体医薬品開発手法に比べて約1/2の時間で、10倍以上の医薬品のもととなる候補分子を探索・設計することを可能にした。

小川さんによると、「AI-driven molecule design」は要するに、バイオ医薬品の候補分子を設計するサービスなのだという。

「下図(図2)の左はカフェインの分子構造です。カフェインは炭素、酸素、窒素、水素の4つの原子でできている。右の図はレナリドミドというがんの治療に用いられてきた薬剤の分子構造ですが、一見、カフェインとあまり変わらない構造に見えることでしょう。一方で同じ要素からできていても、わずかな構造の違いによって、物質の特性は大きく異なってきます」

図2:カフェイン(左)とレナリドミド(右)の分子構造
図2:カフェイン(左)とレナリドミド(右)の分子構造

画像提供:株式会社MOLCURE

「そして、次の図がいわゆるバイオ医薬品の分子構造です。先ほどと同じく炭素、酸素、窒素、水素でできていますが、非常に大きくて複雑な構造をしていますね。こういった複雑で大きな分子を、AIを使って設計しましょう、というのがわれわれのやっていることです」

図3:バイオ医薬品の分子構造
図3:バイオ医薬品の分子構造

画像提供:株式会社MOLCURE

従来の手法では、白衣を着た人間が手作業によるペプチド・抗体のスクリーニングを繰り返し、数千パターンもの候補のなかからひとつの有用なペプチド・抗体を探り当てていた。

それに対し、「AI-driven molecule design」はロボットとAIが自動的に大量のスクリーニングと分子設計を遂行するので、時間を大幅に短縮できるだけでなく、これまでのやり方では発見できなかった医薬品分子を設計・探索できるようになった。

すでに国内外の複数の製薬会社が導入しており、これが製薬会社や大学の研究機関、プライベートラボに本格的に導入されるようになると、従来法では発明が困難だった優れたバイオ医薬品分子の設計・探索が可能になると同時に、効率とスピードが従来の数十倍~数百倍になることが期待できる

つまり、最終的にはわれわれ消費者がより良い医薬品を、より早く手に入れられるようになるというわけだ。

ITと医療の壁はなくなる

近年、創薬にはMOLCUREのようなバイオベンチャーの技術が欠かせなくなっており、世界中でメガ・ファーマによるバイオベンチャー買収や、バイオベンチャーとの事業提携が相次いでいる。「このトレンドは今後ますます進んでいくと考えられます」と小川さんは語る。

また、バイオベンチャーに熱い視線を送っているのは製薬会社だけではない。ビッグデータとAIで創薬の常識を覆すMOLCUREが好例だが、AIとICTがあらゆる分野で起こしているイノベーションの波は、IT業界などにも波及しているのだ。

実際ここ数年、膨大な顧客データと最新の技術をもつGAFAをはじめとした有名テック企業の先進医療業界への参入が進んでいる

図4:先進医療関連業界へのIT企業の進出
図4:先進医療関連業界へのIT企業の進出

出典:野村アセットマネジメント「野村ACI先進医療インパクト投資 ご参考資料」(2020年9月)をもとに編集部作成

このような状況を、小川さんはどう見ているのだろうか。

「分野横断も医療業界の大きなトレンドのひとつです。弊社の場合はバイオ×ロボット×AIの組み合わせですが、ほかにもさまざまな技術の適用が考えられる。たとえば量子コンピューターやナノテックといった新しい技術との組み合わせもありえるだろうし、その意味では可能性は無限だともいえます」

世界でみたとき、医療関連支出額は右肩上がりで増加している。

図5:世界の医療関連支出額とGDP成長率の推移
図5:世界の医療関連支出額とGDP成長率の推移

出典:野村アセットマネジメント「野村ACI先進医療インパクト投資 ご参考資料」(2020年9月)をもとに編集部作成

そこにさまざまな技術が掛け合わさることで、どのような変化が期待できるのか。小川さんが思い描く“未来の医療”とはどのようなものなのだろうか──?

理想は、そもそも人が病気にならない世界です。現状、強い効果のある医薬品は病気だと診断されてはじめて使うものですが、制度や技術が革新された未来においては、病気になる前から使えるという選択肢があってもおかしくはないと思います。

仮に10年後に僕の体内にがんの腫瘍が見つかるとしたら、現時点でX線では確認できないレベルの小さながん細胞が芽生えているはずです。僕としては、それが10年かけて腫瘍に育つまでに、自分の体内からがん細胞を取り除きたいわけです。

たとえば自己診断の検査キットのようなもので微小ながん細胞が検出されたら、それをターゲットにした医薬品を使ってがん細胞を消してしまう、とか。もちろん現在の技術や制度のもとではありえない話ですが、そんな未来を夢想してしまいます」

テクノロジーや先進技術が医療に変革をもたらした結果、人びとは病気にならず、病院は発病前の継続的な心身メンテナンスの中心的な存在になっている──もしかすると、そんな未来もありえるのかもしれない。先進医療業界の今後から、目が離せない。

小川 隆(おがわ りゅう)
慶應義塾大学政策・メディア研究科にて博士号取得。AIを用いて生命から新しい法則を発見する研究や、科学者向けソフトウェアの研究開発を行う。2011年4月より慶應大学先端生命科学研究所で「基礎分子生物学」や「ゲノム解析プログラミング」の講師を担当する傍ら、2009年4月に株式会社Synclogueを共同創業、2013年5月に株式会社Synclogue バイオ事業部をスピンアウトさせるかたちで、株式会社MOLCUREを共同創業。AI技術とバイオテクノロジーを組み合わせた次世代のペプチド・抗体医薬品分子設計技術の研究開発・実用化を行う。ビジネス創造コンテスト最優秀賞(2014)、The Venture 日本代表(2016)など多数受賞。

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