「行動ファイナンス」で疑問を解決!第5回「株価が暴落したらどうすればいい?」

野村證券金融工学研究センターの大庭昭彦が、皆さまの投資に関するお悩みを行動ファイナンスの観点から分析、解決法を探っていきます。第5回では、株価の暴落を受けてどうすればいいかわからないという方の疑問にお答えします。
大学の新卒で入社した会社で長く働いていて、40代で住宅ローンを完済しました。現在は余裕の出た資金を投資に回しているところです。NISA(少額投資非課税制度)は、2024年に制度が刷新されてすぐに始めました。
今年の7月までは調子も良く、特に悩みはありませんでした。ところが、8月になってからの相場の急落で資金が急減し、不安な気持ちが高まっています。特に、同様な投資をしていた会社の同期入社の友人から、「もうリスク資産は全部売ってしまったよ。E君はまだ持っているの?」という言葉を聞いて不安はさらに高まり、自分も全部売った方が良いのかなと思っています。いかがでしょうか。(Eさん、53歳、会社員)
回答:投げ売りは合理的ではない
株価が暴落すると、たくさんの方がEさんと似たお悩みを持たれます。また、不安から逃れるために、保有しているリスク資産を全て売ってしまうという方も多く見られます。この行動を「投げ売り」と言って、行動ファイナンスで強く戒められています。
「投げ売りは合理的ではない」ということが事前に十分認識できていれば、どんなに相場が動いたところで冷静にふるまえるはずです。
Eさんにとって良いことは、「まだ売っていない」ということです。「投げ売り」しないための技術としての行動ファイナンスの考え方は、「基礎から学べる行動ファイナンス」の 第2回「直感システムと熟慮システム」、 第3回「人の行く裏に道あり花の山」、第9回 「自分の未来にも約束させる」などで説明しています。3回分を要約すると、
投げ売りをしたがる「直感脳」は群集心理に流されやすい。コントロールするために事前の「コミットメント」を工夫することが重要だ
ということになるでしょうか。ここで、「売ってしまった」ご友人は、認知的な不協和(基礎から学べる行動ファイナンス 第5回「すっぱいブドウのバイアス」参照)を避けるために「売って良かった」と思いたがっているかもしれません。ご友人のご意見を今後の行動の参考にするためには、改めて注意が必要でしょう。
さて、米国の投資アドバイザーの間で多くの実例をもとにして「相場下落時に顧客に言ってはいけない」とされていることがあります。投資家も知っておくと良いと思いますので、いくつか紹介します。
•「我々はこれから市場がどうなるかわかっています。ご安心ください。」
暴落時に様々な市場予測が出る中で、簡単に断定されると聞き手は逆に不安になるかもしれません。
•「今が底です。」
上と同じですね。今は買い時かもしれませんが、もっと先があるかもしれません。
•「我々にはこれから市場がどうなるか全くわかりません。」
このアドバイザーは正直な人なのかもしれませんが、あえて不安をあおるのは良くありません。
•「売りましょう。」
暴落の時の投げ売りが良くないのは、長期のパフォーマンスが悪化することや、その後の意思決定がマヒすることなどたくさんの理由があります。代わりに「株式のウエートが下がりすぎているのでリバランスしましょう。」などと買いを勧める方が合理的な場合が多いようです。
こうした「アドバイザーが言わない方が良いことのリスト」は「アドバイザーがつい言ってしまうことのリスト」でもあります。このリストは、アドバイザーにとってはもちろん、アドバイスを受ける投資家にとっても参考になるのではないでしょうか。
本シリーズでは、読者の方から投資家心理に関するお悩みやご相談を募集しています。こちらのサイトからお送りください。
本稿は、野村證券株式会社社員の研究結果をまとめたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではございません。2024年9月現在の情報に基づいております。
野村證券株式会社金融工学研究センター エグゼクティブディレクター、CMA、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。大学卒業後、1991年に株式会社野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券株式会社金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。