2025.07.16 NEW
参院選直前解説 与党過半数割れの場合に日米交渉、財政政策、金融政策はどうなるか 野村證券・岡崎康平
写真/タナカヨシトモ(人物)
参議院選挙戦は終盤に突入しています。時間の経過とともに、与党が獲得する議席数の予測値には、低いものも見られるようになってきました。各メディアが異なる方法で議席予測を行っているため、単純に比較することはできませんが、与党が過半数を割るというシナリオも無視できなくなってきたと言えるでしょう。野村證券チーフ・マーケット・エコノミストの岡崎康平が、選挙後のシナリオについて整理します。なお、野村では選挙結果そのものについての予想は一切行っていません。
与党が過半数を維持する場合:日銀利上げ期待の上昇と円高には要注意
参院選の行方は、日本株マクロの観点からも重要です。与党が過半数割れとなった場合には、(A)日米関税交渉の行方、(B)次期政権の確定までの日程、(C)次期政権の政策、(D)日本銀行の金融政策への影響など、金融市場でさまざまな点が注目されることになります。複数の不確定要素が絡み合いますが、ここでは今後の考え方を整理します。
衆議院 | 参議院 | 候補者数 | |||
---|---|---|---|---|---|
非改選 | 改選 | ||||
(議席) | (議席) | (議席) | (議席) | (人) | |
自民 | 196 | 113 | 61 | 52 | 79 |
公明 | 24 | 27 | 13 | 14 | 24 |
立憲 | 148 | 41 | 18 | 23 | 51 |
維新 | 38 | 18 | 12 | 6 | 28 |
国民 | 27 | 12 | 7 | 5 | 41 |
共産 | 8 | 11 | 4 | 7 | 47 |
れいわ | 9 | 5 | 3 | 2 | 24 |
沖縄 | - | 2 | 1 | 1 | 不詳 |
NHK | - | 2 | 1 | 1 | 48 |
有志 | 4 | - | - | - | 不詳 |
参政 | 3 | - | - | - | 55 |
保守 | 3 | - | - | - | 9 |
再生 | - | - | - | - | 10 |
みらい | - | - | - | - | 15 |
無所属 | 5 | 9 | 3 | 6 | 36 |
欠員 | - | 8 | 1 | 7 | - |
合計 | 465 | 248 | 124 | 124 | 522 |
与党勢力 | 220 | 140 | 74 | 66 | 103 |
過半数 | 233 | 125 | 63 | 63 | - |
安定多数 | 244 | 131 | - | - | - |
絶対安定多数 | 261 | 140 | - | - | - |
3分の2 | 310 | 166 | - | - | - |
(注)青い線で囲った部分が、2025年7月20日投開票の参院選で争われる議席。参議院は2025年7月15日現在、衆議院は同7月1日現在の計数。会派名は略称を用いた。
(出所)参議院、衆議院、総務省、各党資料より野村證券市場戦略リサーチ部作成
与党が50議席以上を獲得し、参議院で過半数を維持した場合、石破茂政権の継続が見込まれます。この場合、日米関税交渉はこれまで通り8月1日の期限に向けて交渉が続くでしょう。期限前の交渉妥結に希望が残される点は日本株にとってポジティブな材料ですが、日銀の追加利上げが警戒されやすく、円高・ドル安となれば株式市場には重石となり得ます。国会運営もこれまでと変わらず、与党が政策ごとに主要野党と連携することが予想されます。その際は、ガソリンの暫定税率廃止時期などが交渉材料となるでしょう。連立の枠組みが拡大する可能性もありますが、過激な財政拡張策を主張する政党との連立の可能性は低いと考えられます。
総じて、与党が過半数を維持する場合の政策決定は「現状維持」に近い姿が想定されます。より複雑なシミュレーションが必要になるという観点から、以下ではあえて、過半数割れとなった場合の影響に焦点を絞ります。
与党が過半数を維持できなかった場合:関税交渉は難易度が高まる
与党の獲得議席数が50議席を下回り、参議院で過半数を維持できなかった場合、石破政権は退陣する可能性が取り沙汰されています。仮に早期に退陣意向が示された場合、国の重要事項である日米関税交渉は一時停止せざるを得ず、8月1日の期限までに交渉妥結することは事実上困難となります。これにより、相互関税率の引き上げ(10%→25%)への警戒が株式市場ではマイナス材料となるでしょう。
しかしながら、この場合は次期政権への期待感や、次回利上げ時期が後ろ倒しとなることで円安・ドル高が進み、その面からは株式市場が支えられる可能性もあります。2024年10月の衆院選でも与党過半数割れとなりましたが、財政拡張期待の高まりによって、むしろ直後の株価が上昇したことは記憶に新しいですね。
過半数割れ後の見通し
参院で与党が過半数割れとなった場合でも、自民党・公明党による政権は継続すると考えられます。総理大臣は両院で指名されますが、指名において優越する衆議院で、自民党・公明党が最多議席勢力であり続けるからです。つまり、次期政権の注目点は、(A)自民党の次期総裁が誰になるか、(B)次期総裁のもとで連立枠組みの拡大があるかどうか、の2点となります。
このうち、自民党の次期総裁が誰になるかは予断を許しません。ただ、ヒントになる論点として、総裁選がフルセットで行われるか、短縮版で行われるかには注目の価値があります。通常の規定に則ったフルセットの場合は、2024年に岸田文雄首相(当時)が辞任した際のスケジュールが参考になります。岸田氏が8月14日に辞意を表明したのち、9月12日に告示・候補者推薦の届出が行われ、同月27日に投開票が行われました。辞意表明から次期総裁決定までに約6週間という日程です。フルセットの総裁選の場合は、投票資格が一般党員にも与えられるため、地方での民意が反映されやすくなります。
一方、短縮版の場合は、2020年に安倍晋三首相(当時)が辞任した際のスケジュールが参考になります。安倍氏が8月28日に辞意を表明した後、告示・候補者推薦の届出は9月8日、投開票は同月14日に行われました。辞意表明から約2週間で次期総裁が決まる日程感です。自民党総裁公選規程にある通り、「特に緊急を要するとき」には短縮版での総裁選出が可能となります。
米国による相互関税を「国難」と石破内閣が表現していたことや、日米関税交渉が重要な局面にあることなどを考えると、総裁選が短縮版で実施される可能性は相応に高いといえます。短縮版の場合、総裁選の投票資格を持つのは「自民党所属の国会議員および都道府県連代表3名」であり、一般党員には投票資格がありません。そのため、自民党所属議員の意思がよりストレートに反映されやすくなります。
日米関税交渉への影響
上述のとおり、仮に石破政権が早期に退陣した場合、日米関税交渉は一時的に停止されると考えられます。総裁選がフルセットで実施される場合は6~7週間後、短縮版で行われる場合は2~3週間後には交渉が再開される可能性があります。辞意表明の時期によっても異なりますが、前者の場合は交渉再開が9月半ば、後者の場合は8月前半になる見込みです。
財政政策への影響
次期政権の財政政策も、次期総裁によって大きく左右される面があります。ただし、2024年の自民党総裁選に出馬した候補者たちは、総じて「経済あっての財政」というスタンスを有しており、財政政策はハト派寄りになると考えられます。ガソリンの暫定税率廃止に加え、給付金の増加や社会保険料の軽減などにより、家計の可処分所得が増加する可能性があります。ただし、財政規律を軽視するような過激な主張はほとんど見られません。日本の財政状況は税収増に支えられて改善基調にあり、次期政権でもこの流れに大きな変化はないと見込まれます。
とはいえ、海外投資家とのディスカッションにおいて、積極財政に対する懸念が話題に上ることがある点には注意が必要です。海外投資家の間では、「日本の財政状況は悪化の一途をたどっている」という固定観念が根強く、積極財政路線が短期的な市場変動につながる可能性は否定できません。自民党の次期総裁候補に広く共有されている「経済あっての財政」というスタンスは、総じて株式市場にとって安心材料と言えます。しかし、それは海外投資家の固定観念が過剰反応(円売り・金利上昇・株安)を招かない限り、という条件が付くことには注意が必要です。
金融政策への影響
仮に与党が過半数割れとなった場合、日米関税交渉の妥結時期や内容が見通しづらくなるため、日銀の次回利上げ時期は後ろ倒しを意識せざるを得ません。金融セクターの株価にとっては相対的にマイナス要因ですが、円安・ドル高が進めば外需関連セクターには追い風となり得ます。
なお、円安・ドル高が進むことで輸入物価を通じて基調的な物価上昇率が押し上げられる可能性もあります。この場合、日銀による追加利上げの理由が一つ増えることになりますが、関税政策による景気への下押し圧力もあり、追加利上げに踏み切れるかは疑問が残ります。全体としてみれば、やはり上記の見方(相対的に金融セクターには不利、外需関連セクターには有利)が妥当と言えるのではないでしょうか。

- チーフ・マーケット・エコノミスト
岡崎康平 - 2009年に野村證券入社。シカゴ大学ハリス公共政策大学院に留学し、Master of Public Policyの学位を取得(2016年)。日本経済担当エコノミスト、内閣府出向、日本経済調査グループ・グループリーダーなどを経て、2024年8月から、市場戦略リサーチ部マクロ・ストラテジーグループにて、チーフ・マーケット・エコノミスト(現職)を務める。日本株投資への含意を念頭に置きながら、日本経済・世界経済の分析を幅広く担当。共著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(日本経済新聞社)がある。
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