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2023.07.13 NEW

海藻で地球温暖化にブレーキ。ブルーカーボンは日本の脱炭素の切り札になるか

海藻で地球温暖化にブレーキ。ブルーカーボンは日本の脱炭素の切り札になるかのイメージ

記録的な大雨や台風など、地球温暖化の影響とみられる異常気象が増えるなか、脱炭素(カーボンニュートラル)が世界的なテーマになっている。

日本政府は、2030年度までに二酸化炭素(以下、CO₂)をはじめとする温室効果ガス46%減(2013年度比)、2050年までの脱炭素社会実現を目標としている。

脱炭素は、エコカーの普及などによってCO₂などの排出量を減らす「低炭素」と、植林などによる「CO₂吸収量の増加」を組み合わせた考え方だ。その目指すべきゴールは、人間の活動による温室効果ガスの排出量を実質ゼロに近づけて地球全体の平均気温を下げることにある。

そこで注目されているのが、海藻(かいそう)などの海洋植物である。海洋植物の光合成など海洋生態系によって海中に吸収された炭素は「ブルーカーボン」と呼ばれ、政府も「海の森」の育成に着手している

森というと陸上のものを想像しやすいが、なぜ今、海洋植物が注目されるのか。脱炭素の切り札として期待されるブルーカーボンを深掘りしてみよう。

CO₂吸収量は森林の2倍以上!? 海洋国家・日本の脱炭素の鍵は海藻

ブルーカーボンが注目される最大の理由は、海洋におけるCO₂吸収量の多さにある。陸上の森林も海藻も同じように光合成を行うが、海藻などの海洋植物は陸上の森林に比べて単位面積あたりの吸収量が2倍以上という調査結果もある。

海洋植物の根元などには動植物の死骸など有機物が堆積して炭素が貯留されやすい。しかも、海洋植物が枯れても、それまでに吸収されたCO₂は放出されない。

海洋植物が集まる場所は「藻場(もば)」と呼ばれるが、その多くはブルーカーボンの巨大な貯留庫になっている。その代表例は、日本の食卓でおなじみのコンブやワカメなど、岩礁に自生する海藻の藻場だ。

ほかにも、砂地に自生する海草(うみくさ)が集まる藻場、大きな河川の河口付近にできる干潟・湿地(塩性湿地と呼ばれる)や、沖縄などにあるマングローブ林も、炭素を貯留することが分かっている。

海洋植物の貯留するブルーカーボンが注目されるもう1つの理由は、陸上の森林のCO₂吸収量が今後、限界を迎えると予想されていることだ。

日本では林業の停滞もあり、人工林のターンオーバーが進んでいない。その結果、人工林の成熟期のピークが過ぎ、そのCO₂吸収量は長期的に減少すると見込まれている。

一方、海洋植物の多くは沿岸から遠くない、水深の浅い海域に生息するため、海岸線の距離は海洋植物の多さにほぼ比例する。日本は島国であることに加えて、複雑で入り組んだ海岸が多いため、その海岸線は3万5,307kmにも上る。その距離は、国土面積で日本よりはるかに大きいオーストラリアやアメリカを上回り、世界第6位を誇る。

つまり、日本は他の国と比べても、脱炭素化を進めるうえでブルーカーボンの重要性が高まるといえる。国土交通省の試算によると、国内の森林のCO₂吸収量が大きく落ち込む一方で、CO₂吸収量全体に占めるブルーカーボンの割合(上限値)は相対的に大きくなり、2030年には最大12%に上るとみられている。

CO₂排出量削減の目標を達成するための新たな解決策

2030年までの国際目標である持続可能な開発目標(SDGs)でも気候変動や海洋保全がテーマになるなか、各国の企業などもブルーカーボンに注目した活動を展開している。

また、京都議定書に続く地球温暖化対策のための国際的な枠組みとして2015年に採択されたパリ協定では、各国に温室効果ガスの排出削減の目標値が設定されており、それに合わせて各国の企業も目標を設定している。ブルーカーボンに関する活動は、その一環でもあるのだ。

その代表的なものが、海洋植物の保護活動を支援することだ。例えば、米国の多国籍テクノロジー企業は、2018年から南米コロンビアで109km²規模のマングローブ林の保護・回復を現地の環境保護団体とともに行っている。

そして、このような直接的な活動のほかにも、各国企業の温室効果ガスの排出削減目標を達成する手段として、カーボン・オフセット取引がある

地球温暖化対策では、1997年に開かれた国連気候変動枠組条約第3回締約国会議で採択された京都議定書以来、温室効果ガスの排出削減目標を達成できない場合に、他国で余っている排出枠を購入することで、トータルの排出量を抑えるという考え方が定着している。

このうち、ブルーカーボンに特化した仕組みが「ブルーカーボン・オフセット取引」だ。

ブルーカーボン・オフセット取引とは、NPOや市民団体が藻場の保護などで減らしたCO₂排出量をクレジット化し、企業がこれを購入することで、自社の活動によるCO₂排出量を相殺し、埋め合わせるための仕組みを指す。

日本での代表的な例として、「Jブルークレジット®」の仕組みを見ていこう(図1)。

図1:ブルーカーボン・オフセット取引の仕組み(Jブルークレジット®の例)

図1:ブルーカーボン・オフセット取引の仕組み

出典:JBE「ブルーカーボン・クレジット制度(Jブルークレジット®)の状況」をもとに編集部作成
※「Jブルークレジット®」は、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE) が、独立した第三者委員会による審査・意見を経て、認証・発行・管理する独自のクレジット。「Jブルークレジット®」は、JBEの登録商標です。

海に囲まれた日本で進むブルーカーボン・オフセット取引の動き

Jブルークレジット®は2020年にスタートした日本初のブルーカーボン・クレジット制度だ。ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が運営事務局になり、その承認を受けたブルーカーボン保全の活動で削減されたCO₂排出量が炭素クレジット「Jブルークレジット®」になる。

CO₂排出量の多い企業などが、直接CO₂排出量を削減することが難しい場合、このJブルークレジット®を購入することで、間接的に排出量削減に貢献することができる

一方、藻場保全などを行うNPOや市民団体は、Jブルークレジット®の販売で活動資金を集めやすくなり、活動を活発化・持続化させやすくなる。

大分県佐伯市の名護屋湾ではウニの増殖によってアオサやマクサといった海藻の食害が進んでいたが、地元NPOと民間企業が共同でウニの捕獲を進めたことで、藻場が再生しただけでなく、駆除したウニを新たな特産品として販売する事業も始まっている。

また、Jブルークレジット®の対象になるのは、天然藻場の保全だけでなく、海洋植物の養殖や消波ブロックなど人工構造物に生育する海藻の育成なども含まれる。

北海道増毛町はボタンエビ、ホタテ、数の子など高級海産品の特産地として有名だが、ここでは増毛漁協と鉄鋼メーカーの共同で人工の藻場が造成された。鉄鋼メーカーが開発した鉄鋼スラグ施肥材を海岸線に埋設したところ、ホソメコンブなどの海藻が繁茂して藻場が拡大したのだ。

こうした活動は全国に広がり、Jブルークレジット®で認証されたプロジェクトは2020年のスタート段階で1件だけだったが、2022年には21件にまで増加した。

それに伴い、クレジット化されるCO₂排出量も急増している。Jブルークレジット®で認証されたCO₂は2020年に22.8tだったが、2022年には3,733.1tに上った。

Jブルークレジット®の主な公募状況を紹介しよう(図2)。

図2:Jブルークレジット®で購入可能なプロジェクトの例(2023年度第1回公募案件)
プロジェクト名 プロジェクトの概要
~魚庭(なにわ)の海・阪南(はんなん)の海の再生~「海のゆりかご再生活動」 大阪府阪南市で2006年から小学生によるアマモ場保全活動を行政、漁協、NPO、市民が支援。現在その面積は1ha以上に拡大。阪南市の自治体SDGsモデル事業とも連携
岩国市神東(しんとう)地先におけるリサイクル資材を活用した藻場・生態系の創出プロジェクト 山口県岩国市で神代漁業協同組合が中心となり、リサイクル資材を用いた藻場の造成を2013年にスタート。4年間でCO₂吸収量が79.6t増加、漁獲量も増加した
三重県熊野灘における藻場再生・維持活動 三重県熊野灘海域で特定非営利活動法人SEA藻などが2015年からウニ類の駆除と藻場の再生・維持に取り組んできた
尾道(おのみち)の海のゆりかご(干潟・藻場)再生による里海づくり 広島県尾道市で、航路整備によって発生した土砂を利用して約75haの人工干潟が造成され、その周辺で漁協と市による藻場・干潟の保全活動が行われてきた
五島市藻場を活用したカーボンニュートラル促進事業 長崎県五島市で、漁協、自治体や企業が参加する五島市ブルーカーボン促進協議会が2016年からウニ類の駆除や母藻の供給に取り組み、これまでに約18haの藻場を再生させた

出典:JBE「令和5年度(2023年度)第1回Jブルークレジット®購入申込者公募」をもとに編集部作成

ブルーカーボン・オフセット取引の拡大に向け、企業が技術開発を加速

ブルーカーボン・オフセット取引は急増しているものの、まだまだ発展途上といえる。日本の現状では、ブルーカーボンの定量的測定やデータが不足しているため、ブルーカーボン吸収量を「温室効果ガスを削減した」という判定には使えない。今はまだ、国土交通省がリードする試行的な取引という位置付けだ。

そのため、2050年までに脱炭素社会を実現させるという目標を達成するうえで、ブルーカーボン吸収量を増やすだけでなく、その吸収量の正確な測定手法を確立することが欠かせない

この問題をクリアするため、国内ではさまざまな企業がブルーカーボンの吸収量を測定する技術開発に着手している。

例えば、国内のシステムインテグレーター企業とその研究所は2022年、熊本県上天草市と共同し、ドローンで空撮したアマモ場の画像をもとにした実証事業を行った。この事業は、空撮でアマモ場の面積を正確に把握し、アマモのCO₂吸収量の精緻な測定を目指したものだ。

また、国内の電気通信企業は2022年、三重大学や三重県水産研究所などとともに、三重県の沿岸でブルーカーボン自動計測システム構築に向けたプロジェクトをスタートした。この取り組みでは、船舶搭載型の水中カメラセンサーデバイスで撮影した藻場などの水中画像の利用などにより、ブルーカーボン貯留量の測定が試みられている。

このほか、水産研究・教育機構は最先端のバイオテクノロジーの活用によって、海中のCO₂を効率よく吸収する海藻類の探査や増養殖を目指している。

こうした技術が実用化され、ブルーカーボンの測定手法の確立し、効率的にCO₂吸収量を増やせれば、脱炭素社会の実現に向け、ブルーカーボン・オフセット取引が活発化することが期待できる。ブルーカーボンへの取り組みは環境保護活動であると同時に、新たなビジネスチャンスになりそうだ。

今はまだ試行段階だが、ブルーカーボンをめぐる取り組みはこれから先、日増しに重要度を増していくことが予想される。ブルーカーボンや脱炭素など、ESGに関する業界の動向には注目しておくといいだろう。

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